※この日記は18日に書かれていますが気にしてはいけない。刻が未来に進むと誰が決めたんだ。ターンAターン。
新作映画見逃しの民の希望の地である塚口サンサン劇場にて上映されることがすでにアナウンスサれていますが、我慢できずに見てきてしまった。
というわけで、今日見てきたのはこれ!
本作は「1970年代に放送された特撮ヒーロー番組」という体裁で作られたでたらめな総天然色長編特撮娯楽大作。スクリーンいっぱいに岡本太郎の芸術が爆発だ!
わたくし人形使いはNHKでの5分枠で放送されていたのは見てなかったので、実質的に今回がタローマン初体験となります。
それで感想なんですが……なにこの……なに? なんだこれは。
なんというか本作、濃縮還元岡本太郎汁といった感じでもはや「映画」というジャンルに分類できるのかどうかも怪しいでたらめな作品でした。
時は1970年。これから記念すべき大阪万博が始まるというときに、2025年の未来からやってきた謎の怪物・奇獣が襲いかかる!
そんな万博のピンチに芸術の巨人・タローマンが駆けつける……が、タローマンは別に正義のヒーローではないのでひたすらマイペースにでたらめな行動をしているだけ。
混乱の中、みんなの平和を守る地球防衛軍(CBG)の面々の前に、2025年、つまり昭和100年の未来からやってきた未来サイボーグ・エランがやってきます。
エランが言うには、昭和100年の万博に現れた奇獣によって未来世界は鬼滅的な打撃を受けるとのこと。2025年の世界が壊滅してしまうと、逆因果律によって過去の1970年の世界も連動して壊滅してしまうのです。
CBGの面々はこの事態を解決するために、2025年の未来世界を目指します。未来世界は救われるのか! タローマンは駆けつけてくれるのか! そしていきなり劇場版から見始めたわたくし人形使いの脳は大丈夫なのか!
まず本作、前述の通り「70年代に制作された作品」という体裁をとっているので映像や音声もそれに合わせたものになっています。
どういうことかというと、
・音声には常時ブツブツノイズが入ってる
・映像には常時フィルムグレインが入ってる
・映像に頻繁にゴミやら髪の毛やらの影が写ってる
・フィルムのパンチ穴も見える
・登場人物の口の動きとセリフが合ってない
・戦闘機を吊るしてるピアノ線が丸見え
・特殊効果が懐かしのオプチカル合成
といった感じで、逆オーパーツと言うか、この令和の世にリバイバル上映でもないのにどうやってここまで古臭いどうやって作ったの……?と唖然となってしまいました。
透明なパイプの中を走る未来カーやら全身タイツの未来人やら
こういう「あえて古いテイストを出す」というコンセプトの作品はいくつかありますが、本作はその中でもあまりにも古いテイストの出し方がうますぎてもはやテイストでは済んでおらず、「あれ……? そういえばこれ小さい頃田舎のばーちゃんちで見たような……?」と記憶がメリメリと改ざんされていくのを感じました。
本編の映像はもとより、間に挟まるアイキャッチやCM、そして本編の前後に配されたサカナクションの山口一郎氏によるコメントパートによって、本作はその実在感をでたらめに高めています。というかこの手法、なんか覚えがあると思ってたらアレだ、「ゲッP-X」だ。
個人的にこういう「なんらかのジャンルやコンセプトをことさらにデフォルメした作品」というのは、少しでも手抜きやかわざとらしさ、認識や理解の不足が感じられると「上っ面なぞっただけじゃねーか」と途端に白けてしまうもの。
しかし本作はあまりにも本気。やりすぎなほど本気。全力で視聴者に「この作品は1970年代に実在した」という記憶を刷り込もうとするかのように本気。Twitter(頑なにXとは呼ばない)では、本気でこの作品が70年代に実在していたと信じ込んでしまった人もいるとか。
フィクションにおけるリアリティとは「現実と同じかどうか」などではなく「説得力」なわけですが、本作におけるこの説得力はなんかもう物理的暴力の域まで達しています。あまりにも本気すぎて怖い。
そもフィクションの楽しみ方には「疑似体験」という側面があります。しかし本作のこのでたらめなまでの説得力は、もはや疑似体験を通り越して「ないはずの経験を脳に植え付けられる」というレベルに達しており恐怖すら覚えます。怖いよほんとに。
怖いといえばタローマンも怖いんだよな。作中で明言されているとおり、タローマンは正義の味方でもなければ人類を助けてくれるヒーローでもありません。その行動原理は「岡本太郎の思想に則って生きること」であり、奇獣と戦いはするものの人類を守っているわけでもありません。この辺の「人類の都合なんて知ったことではなく独自の行動原理で行動している」という点、まさに「荒ぶる神」。この点でタローマンは怪獣度の高い作品におけるゴジラと同質の存在だと言えるでしょう。ゴジラも怪獣と戦いはするものの明確な人間の守護者ではないし独自の行動原理を持ってるし。そう考えると本作はなんか「ゴジラ対キングギドラ」に近いような気がするし違うような気もする。あれも現在と未来を行ったり来たりする話だしな。
あとタローマンのあのクネクネした動きがあまりにも気持ち悪い。なまじ人間に近い形をしているからこそ不気味さが際立つというか理解不能度があがるというか。ほとんど妖怪かクトゥルフ系モンスターだろあれ。
モンスターと言えば本作に登場する奇獣のデザインがとても好き。どれも原案は岡本太郎の作品のようですが、なんかそれ以前に岡本太郎の作品がすでに怪獣っぽいよな……。
あと個人的に奇獣が登場するときのテロップがあからさまにウルトラセブンで好き。あとあのフォントも不気味で好き。追記しますがわたくし人形使いは「明日の神話」がどうしても使徒にしか見えませんでした。あの造形どう考えてもジオフロントのネルフ本部を襲ってきそう。
そして特撮作品……というかウルトラマンのお約束である兄弟参戦もあって笑えました。「タローマンでたらめ8兄弟」とかもうあからさますぎて清々しい。この辺になってくるとなんかタローマンの造形も妙にかっこよく見えてくるので洗脳されてる気分になりました。あまりにもでたらめ過ぎる。
CBGの面々も奇獣に負けず劣らずのコッテコテの70年代80年代特撮作品のキャラ造形といった感じで今がいつの時代なのかわからなくなりつつある。本作はサカナクションの山口一郎氏以外有名人の出演はなしというかたちで制作されたそうですが、だからこそ「あったかも知れない過去」感が出たんでしょうね。これで誰もが顔を知ってるような有名人が出たら「架空の70年代」感がなくなってしまう。
というかその縛りでよくもまああんな濃いメンツ集めてきたな。
登場人物では博士が大好き。あの抑揚のない早口喋りがいかにも科学者って感じで好き。終盤で溶かされたエランの手をポイ捨てするところは客席から笑いが漏れてました。
そして本作、さまざまなでたらめが横行するとんでもない怪作であることは間違いないんですが、こうして最後まで見てみるとストレートかつ王道なSFストーリーだと感じました。
そもそも本作は二項対立が徹底して描かれてるんですよね。
本作における二項対立構造は、過去と未来、動と静、活動と停止、不安と安定、混沌(カオス)と秩序(コスモス)。
1970年の大阪万博に沸き立つ熱狂と混沌に対し、昭和100年の未来世界は整然とした秩序に満ちています。しかしそれは同時に無味乾燥な社会であり、人間としての停止を意味している。そこに混沌の象徴たるタローマンが介入することで、「混沌と秩序は両立するべきもの」という結論に達する終盤の流れは腑に落ちるものがありました。
ほかにも、未来世界へ旅立つ隊長にCBGの未来を託された少年が、未来世界ではレジスタンスを率いるリーダーになっていたり、逆に隊長は未来世界では社会を過剰な秩序で制御しようとしているCBG(秩序防衛軍)のリーダーとなっていたりといったタイムトラベルものとしての面白さもありました。いやほんと、ストーリーは実はかなり王道な展開で逆に困惑してしまった。
いやーとんでもない作品を見てしまった。わたくし人形使いは岡本太郎に関しては太陽の塔の人、芸術は爆発だの人、くらいの認識しか持ってませんでしたが、作中で繰り返し引用される岡本太郎の言葉は、この「普通」を求められがちな令和の世にあってあえて混沌とリスクを志向するもので、いまこのタイミングを待って、かつて岡本太郎が撒いた種が芽吹いた感があります。
本作はただ単なるトンチキで終わらず(トンチキではありますが)、あえて令和のこの時代に作られた意味を考えさせられる作品だと感じました。
それはそれとしてタローマンの動きはやっぱり気持ち悪いよ。