なんか今日は妙に元気というか疲れがない気がします。いつもは食事や風呂の後はぐったりしてしまってそのまま寝て変な時間に起きて生活リズムが崩れるという流れが多いんですが。
考えてみると食事を少なめにしたのが良かったのかも。血糖値スパイクで眠気が来てたのかもしれません。もはやこの肉体もだいぶ古くなっているので、スターチャイルドにアセンションするまでは丁寧に使っていきたいと思います。
というわけで今日もペンギンSFアンソロジーの感想です。当分は日記のネタに困らなさそう。
・ペンギンマンニンゲンラン(鳥辺野九氏)
オタクはみんな読み終わったあとにタイトルの意味が分かる作品が大好き。
本作から感じるペンギンイメージは「次の支配者」。
SFと言えば終末、人間の世の終わり。本作では人知れず終わりつつある人間社会と、その次の支配者となるべき知性化したペンギンたちの軽妙な逃避行を描きます。
本作では、もう世代交代は決まっていると言わんばかりに人間は一人も登場しません。小説というビジュアルが存在しない媒体を利用してその正体を巧妙に隠していた主人公もまた一匹のコウテイペンギンでした。
SFにおける人間の滅亡原因はそれこそ枚挙にいとまがないほどありますが、「地表を暖めるはずの太陽光エネルギーをソーラーパネルで電力変換し続け、さらに洋上風力発電設備を設置しまくった結果、地表の熱エネルギーが奪われ続けて氷河期が来る」というのがそもそも新しいですし、その氷河期に適応する次の支配者がペンギンだというのも新しいです。
タイトルに関しては、ペンギンは次の人類=マンのポジションになり、人間の時代は去っていく=ランという意味に解釈しました。
・ペンギンは二足歩行者の夢を見るか(人形使い)
拙作です。
自分の作品の感想を自分で書いてもバチは当たるめえ。
というわけで人格分裂して他人のふりして感想を書いてみようと思います。俺は他人俺は他人(自己暗示)。
数ある古典SF作品の中でも、P・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」は特にパロディが多いタイトル。SF好きなら一度はこのタイトルのパロディ作品は書いておきたいもの。
本作から感じるペンギンイメージは「孤独なる散歩者」。
「ペンギンは南極大陸における唯一の二足歩行者」というイメージを逆用し、本作ではペンギンを「南極大陸における唯一の二足歩行者=文明が赤道以北に後退した人類による南極調査員」と定義しています。
本作におけるペンギンたちは孤独を志向する者たち。人間社会に馴染めず、南極大陸という極限の孤独の中へ喜びさえ伴って歩み行っていく姿には一種の狂気を感じます。主人公フクシマは突然の事故で身動きが取れなくなる中、自分以外にいるはずもない二足歩行者の幻影を見ますが、最期まで孤独を選んで死んでいきます。その姿にはある種の殉教を感じました。
今日はここまで。