「見事に縁無しだね!」
頭に天使のような光輪をつけ、後ろ手に白い羽が生えた白髪の眉目秀麗な男性が路地で猫を撫でていた俺に向かってそう告げた。
「...は?」
「だからぁ、縁無し!」
「いや、そうじゃなくて...お前、誰だよ?」
「ん?ああ、僕?僕はね...イシュタル・イナンナだよ。その、縁無しの君の名前は?」
「縁無し、縁無しってなんのことだよ...俺は八雲馨だけど...」
「馨君ね!僕はイシュでいいよ!」
「イシュ?...ああ、分かった。何かの番組の企画なんだろ、どこの企画だ、言ってみろ」
「企画なんかじゃないよ、僕は_」
その男性が次に口にした「天使」という言葉に納得してしまった。確かに後ろの羽や頭の光輪を説明づけるには天使というのは非常に便利だ。
だからといって、このイシュタル・イナンナという男が何者であるかは曖昧なところである。
「天使?......あー、そう...じゃ、縁無しってどういうことだよ?」
「それはね、君が女性にも男性にも運命的に繋がれないってこと!」
「...は?」
「運命の赤い糸って、知ってる?」
「そりゃ、まぁ、もちろん...運命の人とは、赤い糸でお互いに結ばれてるってやつだろ?」
「そう、それ!それが君にはないってこと!」
突然、何を言い出すのか、この男は。
これは単なる変質者の類いだと話の腰を折って、逃げようとした瞬間に例の男に強く腕を掴まれる。
「なんだよ、放せよ!」
「まぁ、まぁ...その縁無しの君に少し頼みがあるんだよ」
「縁無しに頼みってなんだよ?!」
「君の家のWi-Fiのパスワード、教えてくれない?」
区切り予定
「それで、何の用だよ?」
人外めいた部分を隠したイシュタルが人の携帯を嬉しそうに弄っている。
画面をよく見ると、書籍の販売ページのようだ。
先程、色々と教えたせいか既に使いこなしていた。
しかし、ずっと弄っていてこちらの声は聞こえていそうにない。携帯を触る手を掴んで、顎ごと顔をこちらに向かせた。
その嬉しそうにしていた顔が更に楽しげで、にやついた顔になる。
その顔について呆れるように口を開いた。
「...なんだよ、何笑ってんだよ」
「いや、別に?...有りだなと思って」
不意に携帯の画面を見た。
何やら、二人の男性が映る表紙だが、それはどこか恋愛漫画のようで重々しい雰囲気があり、わざと崩されたタイトルには、
「ヤン......デレ、な恋人...と...?」
「〖ヤンデレな恋人と僕のxxxx監禁日記〗だね。読む?」
「読まねぇよ、なんだその同人誌。癖が穿ってるだろ」
「えぇ?例の恋人が『僕』を監禁する独占的な愛なのに?」
「...知らねぇよ。んなことより、人の携帯で同人誌なんか買ってる暇があるならさっきの話_」
「ああ、それはもう終わったよ。回線が悪かったからWi-Fiのパスワードを教えて貰おうと思ってさ。それに...」
「それに?」
「縁無しの君なら、中々相手が見つからないだろうなと思ってね」
「.........余計なお世話だ。というか、お前、天使なんだろ?キューピッドの矢とかそういうので...相手を探したりできないのか?」
そう俺が言うとイシュタルは目を丸くした後にすぐに笑った。
「無理だね。キューピッドの矢って言っても、お互いが運命的な相手じゃないとハートは射抜くことはできない。
運命的ではない...そうだね、赤い糸では絶対につながらない相手と射抜かれても、すぐにその糸は切れちゃうんだよ。
つまり、君の周りにはその糸がすぐに切れる人しかいない。
だから縁無しなんだよ」
「......それは......」
「でも、男性なら君、うっすらとあるよ!本当にうっすらとだけど!」
「それ、誉めてないだろ。つか...男に興味ないし...」
「それだったら、君...一緒、独身だよ?男性とくっつくか独身になるかの二択しかないよ?」
「...女性とくっつくっていう選択肢を作るのは...?」
「無理!絶対に無理!あり得ない!地球が今すぐに滅亡するっていう可能性くらいにはない!」
何もそこまで言わなくてもと思ってしまう。
「それに、僕...男性と男性のカップルしか、作らない主義だから!」
その言葉に自分の抱いていた女性の恋人というところが見事に打ち砕かれたような気がした。
区切り予定
「へへ...良いね、ここ。たっくさん人がいる!」
イシュタルが嬉しげにそう言って、花が咲いたように笑う。
右手は腕に宿した弓を持ち、左手は先がハートになっている弓矢を添えている。
何をする気なのだろうと黙っていると、突如としてその弓矢が放たれ、注文を取ろうとしていた店員と近くで珈琲を飲む客の胸を貫いた。
「おまっ...!なにして...?!」
「まぁ、まぁ。見ててよ」
矢を放った張本人を問い詰めようとして、制止され促されるままに先ほど貫かれた二人を見る。
互いに目を合わせ、顔を近づける二人。
何をするでもなく、じっと互いを見続け、やがて_。
「「...好きです」」
お互いに声を合わせるようにして、そう呟いた。
そのまま客の手が店員の顔に伸びて、近づかんとした瞬間に俺はそれを見ていた目を一気に逸らした。
「おい!なんだよ、あれ?!」
そして、小声で怒鳴り散らすようにしてイシュタルへ問いを投げる。
「なにって...カップル成立?」
「両方、男だぞ!」
「うん。素敵なカップルじゃん。どっちがタチで、どっちがネコなんだろうね、あれ」
「タチ?ネコ?...んなもん、どうでもいい!なんなんだよ、その弓矢!」
「え?キューピッドの矢だけど。君が望んでたやつだよ」
「そんなキューピッドの矢は望んでない!」
そろそろ切ります、では