キツネの質問にルビはしばらく考えていたが、ややあって首を横に振る。
「ここを訪れる方の中には、心因性の症状をバロックだと誤解するケースも多い。あなたも、一時的なショックによる一時的な記憶喪失の可能性はある」
「わ、わたしはそんなんじゃ――」
 反論しようとするルビを押し留め、キツネは話を続ける。
「先ほども言った通り、あなたの背中の傷は自分でつけられるようなものではない。かといって、事故などでつけられたものだとも思いにくい。それに――」
「それに?」
「あなたのバロックは、多くの傷跡に関するバロックの通例とは大きく異なっている。それに、現在データベースを検索したところ、あなたのバロックに該当、あるいは類似するデータは見つからない」
「それじゃ……お手上げってこと?」
「まさか」
 キツネは意味ありげに笑ってみせる。その笑みの意味を測りかねるルビに、キツネはモニターを回して、液晶画面をルビに示した。
「……?」
 液晶画面に表示されているのは、不鮮明な画像だった。ぶれた画像の背景は、かろうじて病院かなにかの施設に見える。そして、画面の大部分を覆い隠すように写っているのは――わからない。巨大ななにかの影としか見えないそれに、ルビは得体のしれない恐怖を覚えた。
「『異形』というものを聞いたことは?」
「あ、あんなのただの都市伝説でしょ……? 行方不明になってる人のうちの何人かは、怪物に食べられちゃったとかいう……」
「そう、都市伝説です。だからこそ調べる必要がある」
「わ、わたしの背中の傷は、異形に関係があるってこと……!?」
「それも調査のうちです。バロックが特定できない以上、あなたの周辺環境や関連する場所を調べていく必要がある」
「……わかった」
 手がかりがない以上、この妄想解体センターに任せるしかない。そもそもバロックの解体を求めてここへやってきたのは自分だ。しかし、なにか面白くない。何もかもセンターに任せて、ただ調査結果を待っているだけでいいのだろうか。
「わたしも行く」
「――は?」
「だから、わたしもついてく! だいたい、調査するなら本人がいた方がいいに決まってるでしょ?」
「あのですね……」
 キツネは言い募ろうと椅子から腰を上げかけたが、中途半端な姿勢のままため息をつき、椅子に腰を落とした。
「仕方ない……。たしかに、本人がいたほうが確認の手間は省けるか。……わかりました。同行に同意しましょう。でも、危険は承知の上、ですよね?」
 ルビはわずかにたじろいだが、頷いた。
 キツネはもう一度ため息をついて端末の電源を落とし、壁にかけてあったコートを取る。そのコートの裾から拳銃がちらりと覗いたのを見て、ルビは思わずつばを飲んだ。
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