三年間付き合った彼女と、結婚することになった。
社会の荒波に揉まれ、学生時代の部活がいやに恋しくなって訪れたボードゲームカフェで出会った彼女は無類のボドゲ好きで、プログラマというある意味特殊な職業にも理解のある、小柄でくるくるよく表情の変わる、えくぼが印象的な可愛らしい女性だった。社会に出るまで女性と縁のなかった俺には勿体無いくらいの素敵な女性で、それなのに、彼女は俺を選んでくれた。
そんな彼女と結婚することになったと伝えたかつての部活仲間は、「ようやくうちの部から二人目の既婚者が現れたか」「一人目カウントに入れんのやめない?」「三人目って出るの?」「無理で草」と懐かしいノリで大騒ぎをしたあとで、それじゃあ久しぶりに集まるか、と、そういうことになったのだった。
何年ぶりかに顔を合わせた部活仲間たちは、各々大人っぽく落ち着きを手に入れたように見えたけれど、懐かしい話題やオタ活の話になるとオタクらしいクソキモ早口は誰もが健在だったので、オタクって一生オタクなんだな、としみじみ思ったりもした。
「いいなあボドゲ好きの彼女……もう同棲してんでしょ? 家でもボドゲすんの?」
「おー、するよ。タイマンでやるときもあるし、仲間集めてオンラインでやったりもする」
「同じ家にいんのに?」
「TRPGだと大人数ならオンの方が豪華にできるし楽しいじゃん」
「俺最近TRPGやってねえ〜〜」
「シュラウドは? たまにアーシェングロットとやる? TRPG。あいつファンブルの神だからタイマンでも大変そうだけど」
部活仲間の中でも、既婚者一人目は意外なことにというべきか、あるいは当然ながらというべきか、元イグニハイド寮寮長であったイデア・シュラウドだった。ひどい人嫌いで、授業にすら生身で出席しないこの男は、けれど部活にはいつも生身で出席していて、今のパートナーと延々イチャついていたのだった。そういう意味で、俺たちにとってはこいつの結婚は「当然ながら」という扱いになっている。あれだけ公衆の面前でイチャついておいて結婚もせずに別れたなんて言われたら、一生擦ってイジり散らかしてやるところであるので。
「ん? あ〜……うん。たまに」
「やっぱり? 最近何やった?」
「ん〜……何だったかな」
随分と歯切れの悪い返事だった。一人が数年前にものすごく流行ったシナリオ名を上げ、いやそれいつのだよ、と突っ込まれるのにも、「ああ、それはやった。楽しかったよ」と答えるだけだった。
「他には?」
「ああ……うん。自作とか? 部屋作るならシナリオまで作ったほうが早いし」
「出た〜〜シュラウドの自作シナリオ」
「アホシナリオから超大作までよく作ってたよな学生時代……」
「あの頃は暇でしたからな〜」
「自室の君だからな」
「あのシナリオ群部室に残してきたんだっけ?」
「卒業する時はなんか感極まって残したけど後から恥ずかしすぎて悶絶したからオルトに消滅してきてもらった」
「魔導ビームを黒歴史抹殺すんのに使うなよ」
「消し炭も残らんのは安心するけども」
いい具合に酒も入り、まるで学生時代に戻ったみたいだ。アーシェングロットが参加できなかったのは少しだけ残念だが、生憎今は繁忙期らしい。結婚式には出るって意気込んでるから、とシュラウドが苦笑するのに、人嫌いのこいつも一緒に出席するというのだから人っていうのは変わるもんだな、と感慨深くなってしまった。結局その日は夜まで話は尽きぬまま、学生時代には考えられなかった気の遣いようで持ち寄られた結婚祝いの品を各々から手渡され、じゃあまた結婚式で、という、まるで陽キャみたいな約束を交わして皆と別れたのだった。
その、帰り道。電車に揺られながら彼女に帰宅の連絡を入れていると、個人メッセージの通知が一通。差出人は、イデア・シュラウド。
──結婚祝いって言ったらアレだけど
──彼女サンとよかったら遊んで
添付されていたURLは、よく見慣れたTRPGシナリオの配布サイトのものだった。開いてみれば、全体公開はしていないらしい、粗筋すらろくに書かれていないシナリオがひとつ。作成者のイニシャルがシュラウドのものだから、さっき話していた自作シナリオの一つなのだろう。KP向けのデータをダウンロードする。中身を覗いて、秒で閉じた。
おい待てシュラウド。18禁ならちゃんと言え。その一瞬で目に焼き付いてしまったタイトルはこうだ。
『プレイの中身はサイコロで♡』
艶めかしいフォントも、その下につらつらと書かれた粗筋めいたプロローグも、明らかに18禁のものだった。グロではなく、エロの方の。
自宅に帰り、眠い目を擦りながら帰宅を待っていてくれた彼女に謝罪とおやすみのハグをして──俺がまさかこんなことをする大人になるとは夢にも思わなかった──風呂に入り、彼女も寝入った静かな部屋のソファで、恐る恐る、シュラウドの自作シナリオを開いてみる。ゆっくりと読み進め、唸りかけ、頭を抱え、危うくスマホを投げかけた。あいつ……あいつッ……!! 蘇ってきたのはひどく懐かしい、部室で人目を憚ることなくイチャつきまくっていたシュラウドとアーシェングロットの姿を見せつけられていた嫉妬と憎悪と呆れの入り混じったドロドロの感情だった。例えるなら、キーーーッ!!とハンカチを噛んで千切らんばかりに引っ張ってやりたくなるような。
ただ。ただ、である。シュラウドの自作シナリオは、どれもとんでもない完成度を誇っていることを、俺は充分良く知っている。
そして、シナリオをすべて読み込んだ俺は、ものすごく、ものすごく悔しいことに、めっ……………………ちゃくちゃにコレを彼女とプレイしたくなってしまったのだった。
だって、だってさあ、彼女が振るダイスの目で、次回のえっちに取り入れるプレイが決まるって、すげーえっちじゃん……。
それをあの二人がプレイしていたのだろうということからは全力で目を逸らすことにして──俺は明日にでも、彼女にお誘いをかけることを心に決めたのだった。
「そういえば、アレ。二人でよく遊んだ自作シナリオ。あれの一個目、結婚祝いであげちゃった」
「は、……それ、喜ばれるんですか?」
「彼女もボドゲ好きらしいし、いーんじゃない? どうせ恋愛系のシナリオとか二人で遊んだりしてるでしょ。それの延長みたいなもんだし」
「そんなもんですか……?」
「多分? ……ね、久しぶりにやる?アレ」
「……。……やりたいなら、別に、いいですけど」
「一個目の久しぶりに見返したらさ、ファンブった時のお仕置きプレイ、今じゃ全然お仕置きでもなんでもない、きみのお気に入りプレイになっちゃってて面白かったんだよね」
「う、っうるさいですよ、というかそのプレイ内容だけはちゃんと消してから渡したんでしょうね?!」
「ん〜? ウン。消した消した」
「それなら、まあ、いいですけど……!」
「じゃ、ほら、やろうよ。今夜はちょっと夜更かしできるんでしょ」
「……普通にシませんか」
「だーめ。今日決まったプレイやるのは来週。あの頃からずっとそういう決まりでしょ」
「……わかりましたよ」
結果として、彼女とプレイしたそのシュラウド作のシナリオは非常に盛り上がったし、ついでに次の夜も大盛り上がりした。
が、一つだけ苦情を申し立てておきたい。クリティカルが出た時の大好きなプレイ♡とファンブル用の嫌いじゃないけど恥ずかしいプレイ♡の内容を残したままシナリオ寄越してくるのはマジでやめろください。お前らのそういうの、知りたくなかったよ、今も昔も……。
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