その図書館には、奇妙なうわさがあった。
 うわさにどの程度の信憑性があるかを判断するのは俺たちの仕事ではない。
 俺たちの仕事は、ヤツらと……「[[rb:虫 > ワーム]]」どもと戦うことだけだ。
 なにが始まりだったのかは、誰も知らない。なぜなら、誰も過去の出来事を書き残すことができなくなっているからだ。
 我々が「[[rb:虫 > ワーム]]」と読んでいるそいつらは、あらゆる文字情報を食い荒らす。手で書かれたもの、印刷されたもの、電子情報問わず、「[[rb:虫 > ワーム]]」どもは文字なら何でも食う。
 「[[rb:虫 > ワーム]]」どもがこの世に現れてから今に至るまで、あらゆる文字情報が寸断され、歯抜け状態となっていった。我々の中でも高い知能と知識量を持つ[[rb: 読み手> リーダー]]が欠損した文字情報を読み取り、[[rb:書き手 > ライター]]が補完するかたわら、我々[[rb:狩り手 > イレイザー]]が「[[rb:虫 > ワーム]]」どもを駆除するという作業をもう長い間続けているが、やつらの侵攻を押し返すまでには至っていない。我々は不完全な情報のやり取りを口伝で行いながら、失われた情報の回復を図っているのだ。
 当然だが、「[[rb:虫 > ワーム]]」どもはより多くの文字情報が集積された場所を優先的に狙う。図書館は「虫」どもの格好の標的であり、最初期に多くの情報が失われた場所でもあった。
 多くの図書館は「[[rb:虫 > ワーム]]」どもの侵攻によってほとんどの文字情報を食われてしまったと聞く。もうこの世界に生きている図書館がどれほど残っているかもわからない。
 そんな図書館について、あるうわさがあった。まだ生きており、なおかつ「[[rb:虫 > ワーム]]」どもの侵攻が集中している図書館があるというのだ。
 生きている図書館があるというのなら、最優先で保護しなくてはならない。「[[rb:虫 > ワーム]]」どもの侵攻が集中しているというのならなおさらだ。どうやって侵攻を食い止めているのかはわからないが、持ちこたえられているうちにどうにかしなければならない。
 人員と車両、そして武装を整え、我々はうわさのもとである、生き残っている図書館へと出発した。
「うわあああ……ッ!」
「カシワギッ!」
 部下の悲鳴に、俺は歯を食いしばる。
 句除銃から放たれた修正弾の火線をかいくぐるように宙を泳いで肉薄してきた「[[rb:虫 > ワーム]]」の長大な牙が、隣りにいた部下の顔面を刺し貫いた。
 鮮血の代わりに吹き上がるのは、無数の文字。彼の名前、年齢、身長、体重、家族構成、これまでの過去――彼を構成するあらゆる文字情報が顔面の傷から吐き出され、「[[rb:虫 > ワーム]]」の口の中に吸収されていく。「[[rb:虫 > ワーム]]」のムカデのような黒く扁平な胴体の中で、吸収された情報が助けを求めるように暴れまわるのがわかった。
 対して、部下の体は急激に力を失い、紙のように音もなく倒れた。そちらにちらりと視線をやったときには、もうその顔は誰でもなく、その人間は誰でもなくなっている。字我崩壊だ。
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初公開日: 2025年05月16日
最終更新日: 2025年05月16日
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