ゴールデンウィーク中は実はあんまり映画館には行ってなかったので連休明けからまた映画館通いを再会。サンサン劇場は今週からまた話題作が始まるのでもはや塚口に住むしかない。
 というわけで今回見てきたのはこの作品!
 追加シーンを加えたデラックス版の上映が今日までだったので滑り込みで見てきました。
 例によって例のごとく事前情報はなしで見に行って追加部分を確認してたんですが、追加されていたのは優子殿の空想シーンくらいで、作品の印象やストーリーが大きく変わるようなものではありませんでした。あとは「最後の侍」上映終了後のシーンくらいか?
 あとから調べてみたところ、追加シーンはあとは高坂がパイプに頭ぶつけて気絶するのを発見するところくらいだそうですね。
 正直なところ追加シーンは作劇的には別に重要なものではなく全体的に見るとノイズになりうるものだったので、一本の作品としてのすっきり感はノーマル版のほうがよかった感じです。
 しかし優子殿の袴姿がエクストリーム可愛かったことには言及しておきたいと思います。
 さて、我々同じ映画を何回も見る民は見るたびに視点を変えてみたり今まで注目していなかったところに注目してみたりして同じ作品を何回も楽しみます。
 今回考えてみたのが、「なぜ斬られ役なのか?」という点。本作の主人公である高坂のポジションである「斬られ役」という要素は、本作の中でどのように機能しているのか。
 まあまず本作における斬られ役には、「時代劇スターへのスタート地点」という意味があるでしょう。いきなりスターになれるわけでもないので、そこからスタートするというポイント。
 しかし今回、本作における斬られ役には、もう一つ重要な意味があると気づきました。
 そも映画に限らずフィクションには「疑似体験」という側面があります。初めてテレビを目にした高坂のように、作品の登場人物に自分を重ね合わせておかしさ、苦しさ、悲しさ、憎しみ、そして喜びを我がことのように「共」に「感」じる疑似体験による「共感」こそが、フィクションの大きな魅力であると言えます。
 しかし、疑似体験するのはなにも観客だけではありません。作品の中でさまざまな役を演じている俳優さんたちも、観客と同じかそれ以上にそれぞれの役を演じることで、さまざまな疑似体験をしていると言えます。
 では、斬られ役としての高坂は一体何を疑似体験しているのか? それは「死」です。
 斬られ役は、当然斬られれば死にます。しかしただぶっ倒れればいいというわけではなく、「死に際」の演技を求められます。読んで字のごとく「死」に「際」したときの己を表現する。
 しかるに高坂は、アクシデントで欠員が出た際に初めて斬られ役を演じたとき、まるで本当に自分が死に際したかのように過去のことを思い出して、満足して死んでいく。
 そして生と死は表裏一体。死に際することは生を見つめ直すことにほかなりません。そしてこの「虚構としての死」は現実の死ではないがゆえに繰り返される。
 高坂は斬られ役としてこの「虚構としての死」を繰り返してきたことで、必然的に「己の生」を見直し続けてきたと言えます。本作における「斬られ役」という要素は、現代にタイムスリップしたことで突然己の生きた時代を喪失してしまった高坂が、擬似的に死を経験することで逆説的に己の生を繰り返し繰り返し見つめ直すためのものだったと言えるんじゃないでしょうか。
 そしてこれは、もうひとりのタイムスリッパーである山形彦九郎こと風見恭一郎にとっても同じことだったでしょう。ただし、彼の場合はどちらかと言えば「斬られる側」ではなく「斬った側」なんですよね。だからこそ自分が斬った相手の死に際の顔にトラウマを発症し、そして「成仏しろ」とアドリブを発する。
 本作の感想では、繰り返し「現実と虚構の協働関係」について言及してきましたが、この「斬られ役」もまた、現実においてはありえない「死が繰り返される」という虚構の中でしか成立しない反則技をもって現実の生を見つめ直すための「現実と虚構の協働関係」だったと思います。
 次、放送されるたびに視聴者の脳が爆発しているこの作品!
 何回も同じ作品を見る理由はたくさんありますが、そのひとつが「違う劇場で見ることで異なる味わいがあるから」というのがあります。厳密に言えば、「他の劇場で見た作品を塚口の音響で見たい!」です。
 で、今回塚口で見た感想ですがとてもいいのでこのブログ読んでてまだ塚口でジークアクス見てない人は即刻見に行くこと。
 まず言わせていただきたいのは塚口の音響で聞く「Plazma」は骨に効く。鑑賞の際には背中全体をシートにしっかり着けておくことをおすすめします。
 そして本編が5話まで進んだこの時点でこの劇場版を見直すとまた色々考えられて考察がはかどります。
 まず先日の最新話後にtwitter(かたくなにXとは呼ばない)で書いたジークアクスの武装については、初陣時に普通にシールドとビームライフル装備してましたね……。単純に初戦で喪失しただけか。
・本放送を踏まえてのここが怪しい! 機動戦士ガンダムジークアクス
①冒頭の赤いガンダムvsジークアクス戦
 4話にてシイコ搭乗のゲルググのコックピットをためらいなく刺し貫いたシュウジの赤いガンダム。これは頭部を破壊しても止まらないからやむを得ず……ということなんでしょうが、冒頭のエグザベくん搭乗のジークアクス戦でも赤いガンダムは積極的に戦ってますよね。これがちょっと引っかかった。
 なぜなら、ガンダムへの妄念に取り憑かれて歯止めが効かなくなっていたシイコに対し、エグザベくんは精神的に安定しています。戦闘に入る前に停戦信号さえ撃っている。この時点で赤いガンダムに乗っているのがシュウジなら、そこまで積極的に戦う必要がない気がします。オメガサイコミュも発動していなかったし、作中の機動性で言えば赤いガンダムは簡単に逃げられそうなもの。あの時点でシュウジは赤いガンダムにのっておらず、フェネクス3号機みたいに無人状態で暴走してたとかないでしょうかね。
②赤いガンダムとジークアクス以外のサイコミュ・マシン
 現時点でジークアクスのオメガサイコミュを起動できたのはマチュとニャアンのふたりだけ。フラナガンスクール生え抜きのエリートであるはずのエグザべくんはオメガサイコミュを起動できていません。
 しかし、改めて本作を見直すと彼は「サイコミュ制御ならもっとマシに動けるのに」と言っています。これはすなわち彼はジークアクスに乗る以前にサイコミュ制御のMSもしくはMAに搭乗したことがあるってことでしょう。現時点で登場しているサイコミュ・マシンは赤いガンダムとジークアクス、そしてキケロガのみ。もちろんシミュレーターとかでの訓練経験のことかもしれませんが、作中に登場していないサイコミュ・マシンがまだあるのかも。「初陣」発言は「実戦はこれが初めて」ってことなのかそれとも「ジークアクスでの出撃が初めて」ってことなのか。
 などなど、まだまだたくさん疑問点がある本作、最終的にはどこに着地するのか楽しみです。
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塚口サンサン劇場「侍タイムスリッパーデラックス版」「機動戦士ガンダムジークアクス」見てきました!
初公開日: 2025年05月09日
最終更新日: 2025年05月09日
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