小さいころ、僕はあんまり外で遊ぶのが好きじゃなかった。それはそうとしても、中で遊ぶのも好きじゃなかったもんで、僕はこれと言った好きが特に無かった。
鬼ごっこをしたらすぐに捕まるし、逆に鬼になったら「誰かが手伝ってあげよう!」と言われてしまうくらい、誰も捕まえることができない。
そうだろう、自分の体が気に食わない。もう少しだけ足が速かったら、あの腕を掴めたかもしれないのに、もう少しだけ臆病じゃなかったら平均台から落ちないで済んだかもしれないのにさあ。
どうしてどうしてこんなにダメなんだ。気付いたら服の袖がよだれで柔らかくなっていたのは、僕が必死に恥じらいを袖で噛みしめていたからだよ。僕の小さいころの癖だった気がする。
小学生になってちょっとだけ世界が広くなった。例えば掛け算。ここでも僕はやっぱり誰よりも覚えるのが遅かった。掛け算の合格を貰っていないのは僕だけで、気遣ったみんなが必死に僕に教えてくれたのを覚えている。またみんなに手伝わせてしまった。
またちょっとだけ大きくなったら、社会を知って、またちょっとだけ大きくなったら社会全体の問題を知るようになっていった。ただここでもやっぱり理解が追い付かなくて、ノートの空欄を埋めるだけの無駄な作業の時間が、僕にとっての授業になってた。
どのテストも点数がどんどん下がってくばかり、見栄えが悪いテストのフルセットが僕の机を埋め尽くした。
通常学級は僕にはついていけないレベルと、その時くらいだったかに判断された。それからは、僕は特別学級に通うようになった。人生の分岐点なんて、そんな簡単に決めつけてはいけないような年齢だが、とりあえず今のところはここが分岐点だったと思う。
馬鹿だったから僕はみんなと別の教室に通うことになった。純粋な馬鹿が意外と心に来た。けど、それなのに、なぜか両親は暗い顔をするどころか、むしろ喜んだ顔をしてたな。もしかしたら、僕に適切な環境下だと思ったのかもしれない。テストの点数が上がるのかもって、そう思ってくれてたのかも。
だけど、そんなに甘いものじゃなくてね。入ったはいいものの、少し経ったころには算数の点はついに5点という最低点まで落ちてしまってた。
成績表が世紀末の様相を描いたのはもうこれで何度目なのか。変わらないどころか変わる気配すら見せなかった。
卒業が近づいてきて、僕はどうしても何か変わるきっかけを作らないといけないと、焦るようになった。「無理かもしれないけど、もう一度みんなと授業を受けたい。」特別学級を抜ける。それしかないと思った。先生方に何度も相談すると、中学校では通常学級に戻ることが許された。
両親にも先生方にも止められて、あの時とは違い今度は僕だけが僕に期待を寄せているような状態だった。だけど、ここでもやっぱり僕は失敗した。テストの点数は最下位。やると言ったテスト勉強をサボったせいだ。
いつもそうだよ。体が気に食わないって昔は体のせいにしてたけど、今考えたらそれが自分だ。自分のせいで自分の体が弱いわけだし、頭が弱いわけだ。
自業自得なのに、見えない何かのせいにしてたんだよ。いっつもね。
腕を掴めなかったのも、平均台から落ちてしまうのも、結局自分がもっと速くなろうとしたり、臆病じゃなくなろうとしなかったからだ。どうしてこんな当たり前に自分は今、気付いたんだろう。
馬鹿だからか?
それも自分じゃん。
やると言ったバレーボール部もサボり、夏休みの終わりくらいには抜けた。練習には一回たりともまともに参加しなかった。お金を無駄にして、先輩に同級生、先生にも両親にも小学生の時よりずっと大きい迷惑をかけてしまったんだ。
僕は全部から逃げ出して、ついには不登校になった。
崖から落ちるみたいな、そんな感覚とはまったく違った。芋づる式みたいに、どんどん身に着けたと思ってたものが脆くて外れてくような絶望感。しらけたような感情。一個一個、着実にできない、やらない、を実感していった。
両親には毎日のように怒られて、それが怖くなって学校に行ったら、逆に担任の先生が前よりもかなり優しくなっていたりして、僕を見る目はきっと誰から見ても変わったんだなって思った。
だけど僕の目の前に、また大きな分岐点がその時偶然にも現れた。あの時の分岐点は自分の希望を選ぶことが出来なかった分岐点だったが、この時は先生が僕に選択をくださった。
別室登校という選択をとらないかと先生が僕におっしゃった。僕と似た状況の人がその場所に登校しているがそれでもいいかと深く確認をとられて、小学生の時の特別学級が頭にうかんだ。
正直この日の記憶は曖昧であまり覚えてないが、確か即答した。
「行きます。」
先生の目を見てそう言った。
別室登校は、その次の日からはじまった。別室は教室よりもかなり小さいスペースの部屋で、そこには折り紙だったりシールだったりが置いてあった。少しでも入ってくる生徒を落ち着かせるためのものだろうとその時は考えた。
実際に似たようなものは特別学級にも存在した。初めて見たときはすごく驚いたし、純粋になんで、通常学級でもこれと同じものを置かないのかと疑問にもなった。通常学級にけん玉は無い。でも特別学級と別室にはある。時にはこの違いのせいで、喧嘩になったり、なんだか馬鹿にされた事もあった。
とまあ、初日はその部屋にいた先生方とも一人の先輩ともまったく話さずに終わった。初日と書いたけど、本当は一週間くらいずっと黙りこくってしまってた。まるで親を初めて無視した息子みたいだ。今思えばかなり申し訳ない。
だけどこれは別に反抗期とかじゃなく、ただの人見知りなんだ。僕はただそう思うようにすることで、なかなか思うように会話が出来ない自分を心の中に閉じ込めていた。
ただ、人見知り。それを証明するようにいつしか僕は別室に馴染めるようになった。
別室に来る人も徐々に増えていって、先生方ともさらには先輩とも友達になれた。好きな動物の話、好きな音楽の話。好きな食べ物の話。勉強をしたり折り紙をする片手間、永遠と僕たちの話題は尽きなかった。
別室が、学校で僕にとっての一番大好きな場所になった。心を閉じ込める必要も無くて、むしろどんどん自分の思ってることを話したくなるような場所をみんなが作ってくれたからだ。僕はこのころから、「また一から頑張ればいいじゃん。」と思えるようになった。
周りの目を気にしすぎたせいだった。だから僕は常にみんなと同じを意識してた。それが原因で僕は無理をしすぎてたみたい。特別学級にいて、みんながもっと離れていくような恐怖感があった。でもそんなの、どうでもいい。
僕が僕だったら、誰が離れても大丈夫だ。
僕はまた特別学級で基礎から勉強を始めてみますと言った。中学校を入る前とはまったく言っていることが真逆になっていて、自分でもおかしいなと思った。でも、それでも僕は少しずつ前進していこうと考えた。
中学校の特別学級は小学校よりもさらに人数が多くて色々戸惑ったこともあったけど、別室でもすぐに馴染めたことを考えてなんとか毎日通った。
すると特別学級のみんなも別室と同じように僕に積極的に話しかけてくれて、どんどん友達になってくれた。
夢を語ってくれた友達もいたし、僕を笑顔にしてくれる友達もいた。
別室、特別学級、この流れが当たり前になってくると、いつのまにか僕は三年生になっていた。
カップラーメンの3分間よりかは長いけど、3分30秒くらい。たった30秒の付けたしに人生に欠かせないステップがあった。
3年生になると僕のことを慕ってくれる大好きな後輩ができた。こんな僕のことをみんなが大好きだって言ってくれた。
先生にも、「ほんとに○○君がいてくれて助かるよ。」なんて言われてちょっとだけ調子を乗ってしまいそうになった。
あの時夢を語ってくれた友達の体はどんどんでかくなってった。心も見えないけどさ、ぐんと大きくなっていた気がしたんだ。友達は、僕に夢を教えてくれた。
初めての面接練習で先生に将来の夢を聞かれて、何も答えられなかったので、とってつけたような適当な夢で誤魔化そうと最初は考えていた。ただ、友達は自信満々に僕に一年生の時から夢を語ってた。その目は本気だった。
「あなたの夢を教えてください。」
もうはっきり覚えている。
即答した。
「小説家になりたいと考えています。」
平均台から落ちても、あの腕を掴めなくても、僕には文章がある。誰よりも上手ではなくても誰よりも頑張ればいい。当たり前が僕には全く見えてなかったんだ。見失いそうになったものを、またこの時、見つけることができた。
高校に合格した。と言っても世間一般では立派な学校とは言えないかもしれない場所に進学した。現に僕の入学した学校を目指す人はほとんどいなかった。
けん玉も折り紙もシールもない、またあの通常学級と同じ、広い教室に30人くらいが詰められた地獄の空間に入った。
初日は、クラスにいかにもな陽キャの人たちがいたのを見て、帰りの車の中で一人、大号泣してしまった。これからあの教室の中で過ごさないといけないと考えると、本当に辛かった。怖かった。
しかし、1年生が終わった今。こうやって書いている今は、あの陽キャの人たちみたいにはいかなくても多くはなくとも、友達がいる。今まで見えなかった自分の姿も見えるようになった。これが今まで見れなかった新しい景色なのかもしれない。
こないだの先生との個人面談では、またあのころと同じことを言われた。いや、それ以上だろうか。
「○○君はいないと困る存在だね。みんなにとってプラスな存在だよ。ありがとう」
あの時は調子に乗りそうになったくらい嬉しかったが、今言われるとなんだか涙が出てきそうな思いになった。
誰かに手伝ってもらうということが、恥ずかしいと思っていた。誰かと違うということが、恥ずかしいと思っていた。だから誰にも手伝われず、助けられず、誰にもズレないような「生きる」を貫こうとしていた。
ただ、それではまったくもって自分らしくない。
失敗して泣いてもいいし、バカにされたなら怒ればいい。嫌だと思ったら嫌って言えばいいのに、なんでそれが出来ないんだろう。平均台から落ちたからって、なにもそれで終わりじゃない。そこで終わりじゃない。
落ちたなら、もう一回やればいいじゃん。
僕の人生は平均台みたいでした。なんて、格好つかないし言わないけどね。
まあともかく、好きなように何回でも落ちてみればいいんじゃないかって、今は思う。
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初公開日: 2025年03月17日
最終更新日: 2025年03月17日
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