二階席に入る厚い扉を腕で精一杯押して中に入ると、すぐ近くの席にディホールさんたちが座っていた。
「あ!アントワーヌ君!今日はよろしくねー。」
「はい!ディホールさん!皆さんもゆっくりご覧ください。・・・・・・ところで、監督!!」
「あ。」
「あじゃないですよ。なにやってたんですか?みんな待ってます。」
思った通りだった。思った通り過ぎて逆に驚いたし、この二人の関係が無事に続いていたことにほっとする気持ちもあった。あの時はなんでわざと関係が崩れたみたいな、濁らした言い方をしたのかはわからないけど、とりあえず今はそれどころじゃないだろう。
「ごめん。今すぐ行くよ。それじゃあね。」
「精々がんばれよー、体がしぼじゃわないようになあ。」
「うるせえよ!」
「あの!ほんとに!!」
「すまん。」
再び重い扉を開いて外に出ると、階段の前ですぐさまウィートンさんが今度は、口を開いた。
「ついつい雑談が弾んでしまってね、本当に申し訳ない。監督としてあってはならないことだ。」
「いや別にそこまで謝らなくても大丈夫です。まだそこまで開演時間ギリギリでは無いですから。でも、今頃裏でスタッフが大騒ぎですよ。だから、謝るならスタッフのみなさんにだと思います。」
「そうだよね・・・・・・。情けない。」
「ですが。ちょっとだけ、いや、かなり嬉しいです。」
「私が何かしたか?」
「てっきりお二人はもう縁を切られたのかと思ってましたので。何かの間違いだとそう思い込んでたんです、それくらい、僕にとってはすごく悲しいことなんです。」
「お二人?お二人って誰のこと?」
「え?あの、お二人はお二人ですよ。ディホールさんとウィートンさんのことです。」
「そうか。アントワーヌ君は私たちの関係をあんまり知らないのか。」
「はい。ディホールさんがこの間、ウィートンさんのことをどうでもいいっておっしゃっていたので、、」
伝えてよかったのかなこれ。
「はは。相変わらず毒舌というかなんというか。どうでもいいとか言いつつ今日のステージも楽しみにしていたくせにね。あいつはそういうやつなんだ。結構、若いころから面倒で。」
俺からすれば、二人とも正直面倒くさいんだけど・・・・・・。扱いづらいというか、なんというか。いや、尊敬はしてる、尊敬はしてるんだけど。
「でも分かりました。これですごく安心できました。なんか、少しだけ気持ちが軽くなったように思います。」
「私とディホールのことがそんなに心配だったのか?」
「ほんとに未だに信じられないんです。ディホールさんにもウィートンさんにもこうして会えていることが。話してるだけで手というか人差し指あたりが震えます。本気で本気で憧れで、大好きで、だから、そんなお二人の関係が破綻してたらとか考えたくもなかったんです。」
階段を降りて、踊り場からまた折り返して階段を降りていく。
「・・・・・・まさか、そんなに尊敬してくれてるとは思ってもみなかったよ。私も、主人公が君でよかったと心から思ってる。アントワーヌ君は本当によく頑張ってくれてるんだ。だから、最後の最後まで胸を張ってくれ。自分を信じてくれ。」
劇場のすぐそばの赤いカーペットの道を通り抜けると、ついにそこからは劇場の裏側だ。灰色のコンクリートだらけの世界に入り込み、みんなの台本を読む声とスタッフの声にどんどん近づいていった。
ウィートンさんが最後に俺の目を見て、言い放った。
「君はもうパリのスターになる準備は出来ている。」
「監督!」
「みなさん、本当に申し訳ありませんでした。スタッフの方々も、演者の方々も、本当に迷惑をかけてしまったと思います。ですが、このミスを取り返すくらい私も皆さんのステージが成功するよう、頑張っていきますので、最後までついてきてください!お願いします。」
ウィートンさんが、あんまり申し訳なさそうにしながら深々と頭を下げるので、俺たちの混乱はさらにヒートアップするばかりだった。混乱が大混乱になり、「頭を上げてください」なんて大騒ぎ。
監督はそのまま誰の声にも反応しようとせず、数十秒間の沈黙をじっくりと守り続けた。それが終わると監督は頭をあげて、ようやく深く息を吐いて安堵の色を見せ始めた。俺たちもなんだかステージの事どころじゃなくなっていたさっきまでの心持ちが、その一秒の表情を見ただけでただの緊張だったのかと錯覚したのである。
「さあ、それじゃあまもなく開演だ。何度も言っているが、演技に嘘はなしだ。心を持ってあの場所に立て。ただ読むだけでは伝わらない。涙を流して汗を流せ。ここにいるみんなは、それを今までたくさんやってきた。だから不安に思うんじゃない。」
「みんなの最高のステージ、期待してるよ。今日は君たち全員がスターだ。」
ステージの光がもはや裏側まで届いてくるくらいに強く差し込んできていた。
今までは光を浴びないただ座っているだけの側だった。ただ今日は違った。まぶしくてつい目を細めてしまいそうになるくらい、誰もが俺たちを見て光をくれる。
光を浴びる側だ。
「開演です。」
俺が今日からパリのスターだ。
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初公開日: 2025年03月12日
最終更新日: 2025年03月12日
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