週末は病院、平日は学校から稽古練習。休む暇のない毎日が始まってから、あっという間に月日は流れて1か月が経過しようとしていた。
あのステージの上に立つまで、いよいよあと数日。向上心だけを見つめ、その気持ちだけを頼りにここまで努力してきた。でも、あと数日。数日しかない。
怖い、、
もしもステージが自分のミス一つで台無しになったら・・・・・。
ここまでの努力が水の泡になる。眠い目を擦りながら授業に出たのも、大急ぎで練習会場に走ったあの時も。全部無かったに等しいことになってしまう。それも、努力してきたのはここにいる全員だ。
台本のたった一つの読み間違いだけでも、全てが消えて無くなる。
「ぐっ、ぐっ。はあ。」
ペットボトルに入った水の最後の一滴で喉を潤した。奥のくぼみのようなところに入った少量の水をわざわざひっくり返してまで飲み込んでしまうのは、いつもの癖だった。ただ今は緊張で癖だとかどうとかはどうでもよかった。
まもなく1か月が経とうとしている中でも、未だにルイ・ウィートンさんとの会話だけは慣れることが出来ない。いつも目を見て話す事が苦手でどうしたもんか考えてる。恋する乙女みたいだ。
「んー。アントワーヌ君はすごくいいと思うよ。私が大好きなタイプの演技をしてくれるからね。こう、全力でキャラを落とし込んでくれるような演技がいいってこと。でも、一つだけ気になるところがあるんだけど・・・・・・。」
「え。なんでしょうか?」
「感情もあるし動きも完璧。だけど、まだ言葉の節々に何て言うのか、違和感があるんだよ。言うなら、気迫かな。アントワーヌ君自身は頑張って演技してくれてるとは思うんだけどさ、君のことを何も知らない人が、フラットに演技を見たとき、その人たちの心に響くかどうかがまだ怪しい。もうひと押し、ってところを頼むよ。」
「はい!失礼しました。」
気迫が足りないって言われたけど、気迫ってどうやって出せばいいんだ?ウィートンさんって何が足りないのかまでは教えてくれても、どうやったらいいのかまでは教えてくれないんだよなあ。
「あ!アントワーヌさん!」
「モンシニさん?どうしてそんな慌ててるんですか?モンシニさんが焦るなんて珍しいですね。」
「いやそんなこと言ってる場合じゃないんです!とりあえず来てくださいっ!!」
「えええええええ!?ちょっ!」
モンシニさんは俺の腕を強く掴むと突然出口に向かって、腕を引っ張りながら走り出した。
「いやあの!まだ練習がっ」
「いいから一回来てください!」
「えええ?」
ドンッ
劇場を出るといつもと同じ車が用意されていた。しかし今日は箱に詰められるみたいに、いつもよりも乱暴にドアを開けて押し込められた。普段ならありえない行動に俺はひどく動揺しながら、喋ろうとしてもまたどうせ静止されることは分かっていたので、とりあえず黙っておくことにして、口を閉じた。
「病院に急いで。」
「はい。」
車が急激に加速して、さっきまで開けていた窓も風圧に耐えれずに急いで閉めた。
「はあ・・・・・・はあ。すいません、アントワーヌさん。急に練習の途中で乱暴に引っ張ったりして。でも理由があるので落ち着いて聞いてもらえますか。」
「」
「いやあのもう喋ってもらって大丈夫ですよ。」
「あ。すいません。」
「いえ。それじゃあ本題です。今朝というか本当についさっきフリアンさんから連絡があっりました。植物状態が続いていたディホールさんが、目を開かれたそうです。」
「それ本当ですか!?」
「はい。大変喜ばれていました。なのでさすがにこれはアントワーヌさんにも来ていただかないとと思ったので、あんな形になってしまい、すいませんでした。」
「いや大丈夫です。というかありがとうございます。。無理に引っ張ってくださって、ディホールさんとまた会話ができるならそれだけで嬉しいです。」
「そうでしたか!それはよかったです。ちなみにウィートンさんには伝えてありますのでご心配なさらず。」
「ん?ウィートンさんに、ディホールさんのことをですか?」
「ええ。伝えましたよ。」
「いや、実はちょっと前から気になってたことを思い出しまして、ウィートンさんってディホールさんと確か仲良かったんでしたよね。お見舞いとか来られないんですかね。」
「まあ今日は練習も残ってますし、もしかしたら終わったらとか来られるかもですよ。」
「そうですか、」
確か二人は若いころのライバル同士だ。ライバルとは言ったものの、仲が悪いわけじゃなく良きライバル関係。なのに、どうして練習を中止にしなかったんだろう。純粋な疑問、ちょっと気になるだけだけど、まさか触れちゃいけないわけじゃないよな。
「着きました。行きましょうアントワーヌさん。」
「あ!はい!」
長い廊下を渡ってようやく病室に辿り着いた。いつものお見舞いの時とは違って、緊張が止まらない。果物もお花もなにも持ってきてないけど大丈夫かな。ていうかまともに喋れんのか自分。
相手はあのディホールさんだぞ・・・・・・。
「失礼します。」
「失礼します!」
「おお!二人とも!」
ベッドの正面の方に立ってそうやって明るく話しかけてきたのはジョンケさんだった。
「お父さん!アントワーヌとそのマネージャーさんのモンシニさんが来たよ!」
「フリアンさん・・・・・・。」
いつもよりずっと笑顔が多いな、今日のフリアンさんは。
そんなことを考えながら見ていると、窓側のフリアンさんの方を見ていたディホールさんがこっちを向いて微笑みを浮かべながら話した。
「おお。久しぶりだねアントワーヌ君。元気だったかな?」
「はい!おかげさまで主人公役にも選ばれて順調です!」
「ああ、聞いてるよ。おめでとう。」
「あの。もしよろしければ一つアドバイスを聞きたいのですが、」
「ん?なんだい?」
「気迫ってどうしたら出せるんですかね・・・・・・。」
「気迫ね。そういえばさ、監督って誰だ?まずそっちを聞きたい。」
「あ、監督は。ルイ・ウィートンさんです。」
「やっぱりそうだ。まあ知ってたことさ。どうせアドバイスらしきことを言うだけで、ろくな教えをしないんだから、すぐあいつだって分かる。」
「はあ。」
「あいつは直接答えを言わないそういうめんどくさいタイプなんだよ。変わりに教えるよ。気迫ってのは、すごく単純なもんでね。鏡に毎日叫べばいいんだよ。」
「鏡ですか?」
「おう。いや別に鏡に毎日叫ばなくても、道端でフリアンみたくギターを弾いてみたりしてもいい。気迫ってのは本気で自分と一対一で向き合うことさ。周りの目を気にするんじゃなく、ただ自分のスタイルを貫いて表現してみなさい。そうすれば、自ずと気迫は出てくるはずだよ。」
「やってみます!!ありがとうございました。」
スタイルを貫く、、最後のひと押しのピースがこれで揃った。
「アントワーヌ君。」
「あ、はい!」
今度はこちら側に顔を向けず、表情を隠すように窓を見つめてディホールさんが話をされた。
「ステージ、見に行くからね。」
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