じっとりと湿った空気は、それ自体の重さをかんじられるほど全身にまとわりつく。古いカーペットのかび臭さが鼻につき、天井に設置された蛍光灯の発するハム音が、不快な羽虫の羽音に聞こえてきた。
 天井を見ても、壁を見ても、床を見ても、目に入るのはすべて黄色。カーペットも壁紙も天井もすべて、同じ模様をした黄色で統一されている。
「これは……イベントのうちじゃない……だろうねえ……」
 そのつぶやきに答えるものは、だれもいない。
 部長は湿ったカーペットの上に、力なくへたり込む。見えるのは、無限に続くとも思える黄色いカーペット、黄色い壁、黄色い天井。それ以外にあるものといえば、蛍光灯と曲がり角にわだかまった闇だけだ。
 その闇の向こうからよく知った顔が現れることを期待しながら、部長はため息をついた。
 事態が起こったのは――この奇妙な「黄色い部屋」に流れているのが正常な時間だと仮定するならだが――ほんの2時間ほど前だった。
 部長はいつものように、美術部の後輩を強引に誘ってふたつとなりの街の総合アミューズメントパークで開催されているリアル脱出ゲームに行くことにした。
 そこで行われていた脱出ゲームはフロア3つをまるまる使った大規模なもので、ゲームでよくあるような鍵のかかった箱、謎のメッセージ、意味不明な暗号などを解き明かして脱出するというものだった。
「……でも部長、もう3回も脱出してるんでしょ? なら……」
「ああそうだが? しかしそれが、この見目麗しく文武両道、人望厚く、ついでに家柄も申し分ない美術部部長の誘いを断る理由になるのかい? というか君、結局着いてきてるじゃないか。まったくもう素直じゃないな。嬉しいならその喜びを全身で表現するがいい」
「それ自分で言えるの最高に部長って感じすよね。で、なんで一度クリアした脱出ゲームに何回も参加するんです?」
 開場のアナウンスを待つ人混みの中、部長は後輩の耳元に顔を近づける。
「実はこれ、公式でも直接はアナウンスされていない噂なんだが、どうやらこの脱出ゲーム、隠しルートがあるらしいんだ。クリアルートの中にさらに仕掛けがあって、その仕掛けを解くと公式ではアナウンスされていないルートに行けるらしいんだ……って君、聞いてるかい」
「……あっ、いや、聞いてますって。でもちょっとあの、近いっていうかその吐息がですね」
「お、そろそろ始まるらしいぞ」
「……この人はマジでほんっと……」
「なにか言ったか?」
「言ってません」
 そんなことをやっている間にゲーム開始がアナウンスされ、資料を手渡された参加者がゲームフロア内に入っていく。
 そんな中、部長だけが入口近くの壁にしゃがみ込んで何かを探している。
「部長、何探してるんです?」
「うむ、これまでクリアしてきたルートの特徴やSNSで飛び交ってる噂をまとめてみたんだが、どうやらこのへんに……」
 次の瞬間、部長の姿が消えた。なんの前触れもなく、何の音もなく。
「……」
 後輩は今、眼の前でなにが起こったのか一瞬理解できなかった。
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