「よかった。おめでとうね。」
「うん!俺頑張ったんだ、すっげえ。」
「そっか、流石ね。」
何回も何回も合格したことや、頑張ったってことをアピールするもののこれといった反応は返ってこない。なんでかな、俺が疑問符を浮かべているとお母さんが今度は答えを返してくれた。
「合格・・・・・・。」
「え、どうしたの下向いてさ、」
「本当にごめんなさい、今まで。」
今までってなんだ?まるで死ぬかのような口をして、もうこれでもかと申し訳なさそうにする母。
「いやなんで、、だってこの前仲直りもしたでしょ?」
「いやそれもそうなんだけどね、お母さん・・・・・・。無理させてないかなって心配でしかたないの。余計なお世話かもしれないけど、だってほら今までたくさん突き放しちゃってたでしょ、そのせいですごい頑張らせてるんじゃないかって思っちゃって。」
「なんだそんなことだったんだ、それだったら俺は大丈夫だよ。チコリさえ出さなきゃね!」
「ふふっ、まだ覚えてたの、あの時はごめんなさいね。ついつい。」
あの朝は本当はすごい憂鬱だった。苦手なチコリという超苦い野菜が出てきて、さらには平日の地獄みたいな朝。オーバーキルもほどほどにしてほしいほどに、悪いことづくしだったのを覚えている。
でも俺がダメだったのはそのことを無理やり誤魔化そうとよくもわからない香水とかを大量につけまくったこと。そのせいで学校の先生にも怒られて、みんなにも嫌われちゃった。
俺は大人のふりをしたクソガキだった。そんな姿にいつのまにか成り下がっていたことを、しばらく気付いていなかった。気付くのがあまりに遅いせいでついには好きな人にまで振られた。大人のような雰囲気に酔いしれた俺を周りの人たちがきもいって思わないはずがないよな。なんでそんなことにも気付けなかったんだろう。
「う、嫌な記憶、、」
「でも本当によかったわ。今アントワーヌが楽しいならそれだけで私は幸せよ。」
「ありがとうお母さん。あっそうだお母さんも来ない?お祝い会。同じ事務所のお世話になってる方々がやってくださるらしいんだ!」
「あらそうだったの。ごめんお母さんどうしてもここを離れられなくて。実はさっきからちょっと熱っぽくて。」
「え!?まじ、、」
初めてだ、弟が風邪なんて。ずっと平熱だったのに、どうして今なんだ。タイミングが悪いなんて弟に対して心配のカケラもないような事を言ってはいけない。忘れてはだめだ、ステージに立つ自分の前にお兄ちゃんである自分がいることに。俺はお兄ちゃんだから心配して当然なんだ。
「様子見てもいいかなお母さん。」
「いいけど・・・・・・もらわないようにね。」
「分かってるよ。」
部屋に入ると真っ先に目に入ったのは苦しそうに寝ている弟だった。自分の腰あたりまでしかない身長ですごく小さいのに、いっつも俺より元気で風邪なんて引いたことなかった。だから余計、心配になってしまう。そっと手を伸ばして頬を触った。髪をかき分けて広いおでこにも触れる。
「やっぱり少し熱い。お母さん熱は?」
「まだ微熱だけど、いつ上がるかもわからない。」
「そっか・・・・・・。」
「お父さんには薬買ってきてもらうように言ってあるから、多分大丈夫だと思う。だから気にしないで会に行ってらっしゃい。せっかくなんだから。」
「できないよ。やっぱりだめだ、お兄ちゃんだし・・・・・・家族でしょ!!!無理な時だってあるし言えば優しい方ばかりだからわかってくれると思うんだ。今回は中止にしてもらうように言ってくるっ!!!」
これ以上ないくらいに迷ってた。でも最初から結果は決まってた、お兄ちゃんだから。我慢をしなきゃいけない時だってある、そう思えないと大人じゃない。
脳裏には、「他人のことばかり考えてたらスターにはなれない。」とフリアンさんの俺に気付きを与えてくれた一言が宿っていた。しかし決断は固く閉ざされた扉のように一寸たりとも動くことはなかった。
他人なんかとは違う、家族だ。思いやりを持たないといけない大切な存在。無視なんかしたくない。弟の頬とおでこに触れただけで心配が破裂した水道みたいにもう止まらないくらい溢れ出してしまったのはきっといつもの弟の姿が焼き付いているからだろう。
タイミングが悪いとか思っちゃったこともやっぱり本人を前にしたら到底考えつかないことになるよな・・・・・・。
「待って。」
「お母さん。俺は。」
「この子にいつかステージ見せてあげて、たっくさん感動してもらえばそれでいいじゃない。それだけであなたはしっかりお兄ちゃんだと思う。だから会は中止にしないで。お願い、楽しんでほしいし喜んでほしい。アントワーヌにはその資格があるから。」
お母さんはいつだってタイミングが悪い、勉強しようとしていたら勉強しなさいというように、いつもならそうだったのに。当たり前なんかじゃなかったみたい。
心でも読まれてるのかってくらいタイミングがいっつも被って怒られてたのに、今日は違うんだな。それともお母さんの言うことこそが本当にやるべきことなのかな。
資格があるとかそんなの初めて言われた。前までなら絶対言わなかったくせに。どうしてだろう、前は散々嫌だったのに。怒られることが無くなったらちょっとだけ寂しい。
大人になったら誰も怒ってもくれずただずっと孤独かもしれない。
「ほら早く行って。私が看病するからいっぱい楽しんできなさい!!」
「・・・・・・じゃあなるだけすぐ帰ってくるよ、俺、」
お兄ちゃん。そんなレッテル絶対にいつか捨ててやろうと思ってた。でもやっぱり、独りになるのはもっとずっと嫌だ。
弟の頬に触れる自分が、いつかは完全に消えるのか。何十年も先かもしれない、はたまた明日かもしれない、大人になれば独りになってしまうのではないか、そんな不安と将来がいまから怖くなってしまったのである。
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