「じゃっ、ここがシゲさんのデスクね」
第三研究室、屋上に増築された建物に所は案内された。研究室は資料や実験道具で物は溢れていた。だが研究室らしく整理整頓されている。二会敷のルールによって物達はあるべき場所に収まっているようだ。
所は周囲を見渡し、そのルールを確認する。分からない点は後で聞けば良い。研究室の一角にある机は個室で仕切りは無くひと塊になっており、二会敷が指刺したのは一番端の席だった。互いに顔を突き合わせるような形になっている。所はそのデスクに近付き、引き出しを開け、何も入っていないことを確認した。
「色んな人のデスクがあるんだね……他の方は?」
出勤時間が早いせいか、ここには二会敷と所しかいない。所が不思議そうに言うのに、二会敷は頭を掻いた。
「実は、今呼び戻してるの。一度廃止になったからねー。僕が首になるだけなら良かったんだけど、今まで一緒だった部下もそれで辞めちゃったから」
「ああ、なるほど」
国民アンケートにより人体実験部隊が廃止になった際、二会敷が解任になったのち、彼の部下たちも散り散りになったという。当時、民衆からはバッシングが起きた。家族がいる身では人体実験部隊に勤め続ける訳にもいかず辞めた人間もいる。だから席は空いており、一度片付けられてしまった実験道具などは二会敷が一人で搬入して元に戻したようだ。
「まぁ何人戻ってくるかは分からないけど、その分シゲさんの席は空いてるから。これからよろしくね」
「うん、よろしく。役に立てるか分からないけど、頑張るよ」
デスクは一般的なスチール机で、灰色だった。使い込まれており、人々の息吹が感じられる。なんだか懐かしい。所も大学時代はこういった机で勉学に励んだものだ。必要な物あったら言ってね、とノートや文房具は支給してもらった。当面は宇宙人への知識を学ぶのが、所に与えられた課題である。現行の宇宙人への理解を深め、二会敷が行った対策も併せてまとめる。ノートはあっという間に全貌、弱点、対策を書き込んで埋まっていく。そこで自分の思考や疑問も併せて書き込んだ。
宇宙人はダミー市街地に必ず降り立つ。つまり、外宇宙からのワープ地点はどうやら一つしかないのではないか。それがいつ破られ、違う地点に降り立つかは分からない。だがこの世界では、ダミー市街地にほぼ降り立ち、人的被害はここ数十年は第一被害は出ていないという。少々、呑気かもしれないと思った。もし宇宙人が、違う地点にワープしたら。まるで所がよく知るイペリットのように暴れ回ったとしたら? その想像にぞっとするものが背を走る。だがここの世界は、その想定を全くしていないとは思えないのに、今のところ胡坐をかいているようにも見えた。
「シゲさん、めっちゃ書き込んでるね」
唐突な二会敷の声に、所はびくりと肩を竦める。
「わ、びっくりした…ごめん呼んでたかな」
「いや大丈夫。ただ僕が覗き込んだだけ」
所は心臓のあたりに手をやった。
「心臓に悪いから…」
「ごめんごめん。ワープ地点が気になる?」
「ん…そうだね。外宇宙からの侵略者で、ワープ地点が同じっていうのは不思議だなと思って」
「んーそろそろ昼だから、食堂行こうか。そこで話そう。今日はワープ地点の通過報告はないし」
二会敷はうんと伸びをする。ワープ地点の通過報告?と耳慣れない単語はあるが、午前中に集中して腹は減っている。まだ所はEDFからの金銭の支給は無いが、食堂はどうやら職員は無料らしい。ずいぶん太っ腹だと思う反面、研究所を思い出してしまう。今日の定食を選択すると、ほうれん草のおひたし、出汁巻き卵、肉野菜炒めにみそ汁にご飯、漬物が出て来た。豪勢だなあと思いながら口に運ぶ。おひたしに乗った鰹節にほうれんそうからは鰹だしの味がする。30年は人口突然変異魚を食べてきたが、子供の頃にそう言えば食べたかもしれない。あれは贅沢品だと母に言い聞かされたと唐突に思い出すのだった。
その為に顔がほころんでいたのだろう、二会敷が声を掛けて来る。
「おいしい?」
「うん。…鰹節なんて久しぶりで」
「珍しいね。海が無いとこだった?」
「うーんなんというのかな…貴重品だったんだ。そうそう食べられなかったし、違う魚はずっと食べて来たんだけど」
「ふうん。魚っていっても色々いるよね」
「人工的に作り上げた魚だったから、多分知らないと思うな…私のところでしか培養してないから、また説明するよ」
「苦労してるんだねえ」
苦労、そう言われると確かに食糧事情は最も苦労するところである。人工的な魚については研究を重ねて進化させたのだが、その巨大な身は200名の食糧事情に合致している物だった。その分、海の魚への憧れはあったが、我儘など言っていられない状況であった。その海の魚が、目の前にある。これを職員に食べさせてあげたかったなあと思いながら、出汁巻き卵もしみじみと美味い。その味を噛み締めている所を見ながら、二会敷は思う。
「家でみそ汁作る時は、出汁取ろうか…」
「え、鰹節で?」
「昆布もあるけど」
「本当に?」
彼が目を輝かせるので、本当に海の物を摂取してこなかったんだなあと思う。所を異界の人間だと結論は点けたが、言葉も通じるし大きく文化が変わる事もない。それでも、僅かな掛け違いのような差があって、それは十分、二会敷の興味が引かれるものだ。
「ここの出汁巻き卵おいしいでしょ」
「おいしい」
にこにこしながら頬張る姿に、甘やかしたくなる気持ちが湧き上がって来る。ああ僕も結構ダメだな、と二会敷は思うのだった。