EDFの前身は日本国の自衛隊である。そもそも宇宙からの襲来というものに、予告があった訳では無かった。彼らは唐突にこの地球に現れ、その巨体で街を踏み潰していった。そこに住まう無辜の人々は混乱した。いつ来るか分からぬ宇宙人の襲来に涙し、手を合わせ、無惨にも踏みつぶされる日々を過ごしていた。そこで前線に立っていたのは自衛隊である。彼らの軍事力の強化が求められ、自衛だけに留まらぬ攻撃性が、宇宙人への確かな憎悪が日本には渦巻いていた。宇宙人からの襲来に伴い、人口の減少に伴い、もともと住宅地であった場所は、国家が買い上げてのダミー住宅地として再利用されることになった。ゴーストタウンと化した場所に、宇宙人は降り立つこととなるのだ。これで人的被害は回避される。人々は経済活動や思い入れよりも安全を取った。それがこの世界である。だが、禍根は残るものだ。あらゆる場所に根を張っている。それらが表に出る時に、人間の嫉妬や悲哀となって、強大な力を持つEDFに向けていたのは記憶に新しい。
 ようやくその判官贔屓が無くなった頃に現れた新たな火種に、兼東司令は頭を悩まされていた。EDFの必要性は最重要である。国民がどれだけ反発感情を持ち合わせても、廃止はあり得ない。だからこそ、大衆感情とはうまく付き合っていかねばならぬのだが、所という男が唐突に現れたことにより、連日マスコミがEDF司令本部を囲む事態である。彼女はため息を吐いた。
 宇宙人の死体と共に現れた謎の男。それが所だ。彼は発見当時にけがを負っていた。両手の肘から先が無く、頬には何か深いもので切れたような裂傷がある。だがそれ以外は健康で、本人がきわめて従順であることでEDFで身柄を拘束することとなった。発見者の銅矢は、普通の人間だと思うと連呼していたが、この国の人間はそうは思わない。治療を行った医療班からの報告でも、確かに人間であると聞いている。今は、両手と頬は処置を施し、日中の動作には介助士を付けられてなんとか過ごしている。世紀の犯罪者か、宇宙人のスパイだとマスコミは謳っているが、まだ日本政府が尋問を行っている最中なのだ。マスコミは早計だが、その方が視聴率が取れるのだろう。所は今、その道具になっているに過ぎない。
 彼への尋問の為に、先ほど公安部の人間が司令室を訪れてきて、もう十五分経つ。人道的な尋問である事を願うばかりだが、宇宙人のスパイだと疑われている以上、手厳しい内容となるであろう。兼東司令は手元の書類に目を通した。公安部にも手渡した所のデータである。DNA検査の結果、人間であることは科学的に証明されていた。だが、だからといってこの世界の人間の敵であるかどうかなど、誰にも分からぬことである。
 「もう一度お尋ねします」
 「…はい」
 所は項垂れながら答えた。肉体的な拷問はないものの、所が何者か見極めんとする者達の瞳はみな冷淡で敵意があり…人間でありながら同じ人間としては認められていないのだという事実が、哀しみを連れて来る。だがその哀しみを訴えても、目の前の人間達の耳にはいっさい届かないのだと思った。見えぬ壁が出来ている。所の声は、彼らにとって必要なもの以外に彼らには届かない。都合の良い答えを求められていて、その答えを所が口にするのを待っている。だが、所はその答えを自分の実直さによって言う事が出来なかった。
 もし求められている言葉を口にするのなら、それは嘘を口にするからだ。宇宙人のスパイではないのに、宇宙人のスパイだと認めるのは、短期的には苦痛から逃れる効率的な方法だが、長期的に見れば嘘を吐き続けなければならないし、結局いつか綻びが出る。そもそも違うのだから、堂々と答える他は無い。知りません。宇宙人など知りませんと言うしかないのだ。だが目の前の公安部と名乗った男性は、メガネの向こうで鋭い目線を所に向けて来る。
 「貴方は宇宙人の死体から突然現れた。我々は、我々が排斥したR星人となんらかの繋がりがあるのではとの見解を深めています」
 「…私が怪しいのは、重々承知しております。ですが、私はそのR星人と関係はありません」
 「我々が、その言葉を信じると思いますか」
 「信じていただけないのでしたら、脳波測定でも自白剤でもなんでもお付き合いします。ですが、私は完全に無関係です…」
 所は項垂れて言う。極度の緊張で眠気が来ているのだが、彼らは寝かせてはもらえないだろう。とんとんと肩を叩かれ、所は反射的に顔を上げた。
 「よろしいでしょう。でしたら身の潔白を証明する為も、お付き合いください。まずは脳波測定から。準備しなさい」
 「うーん、所さん…大丈夫かなあ」
 銅矢は司令本部の中で、うろうろと落ち着かずに歩き回っていた。所を最初に発見したのは銅矢である。EDFに連れて来たのも銅矢だ。その際に、所は泣き崩れて会話が出来なかった。エスペラント語でとぎれとぎれに何かを口にしていたのだが、銅矢にはその内容は分からなかった。どうして。どうして。そう呟いていたのだ。銅矢は一目見て、危害を加えるような相手には見えなかった。人間だと思った。人間がどうしてここにいるのかと、驚くばかりだった。
 「えっと、どうしたんですか…!?」
 『ここは、ここはどこです…』
 「あの、日本語とか分かります…?」
 日本語。その単語に、所は微かに覚えていた単語を記憶の中で必死に呼び戻した。耳では銅矢の言う事が微かに分かったのだ。エスペラント語が必須になる中で、土地柄であろう、所は幸いにも第二言語として日本語も覚えていた。その言葉が通じると分かり、藁にもすがる思いで銅矢に話しかける。
 「こ、こ…は、どこ…ですか」
 「あ、分かるんだ! 良かった。ここ、日本ですよ」
 「に、ほん…」
 日本とは。所はすぐに日本とはと考えた。イペリットがいるのかと慌てて周囲を見渡す。だが360度見回してみて、彼を取り囲むのはビル群であり、人の気配が無い平地であることに気付いて混乱した。
 「いぺ、イペリットは…? ここはどこですか…」
 「ダミー市街地です、あの、落ち着いてください! 大丈夫です、R星人はもう倒しましたから」
 「R星人…?」
 所はますます訳が分からないのか、絶望したような顔つきになる。銅矢は親切心で必死に色々と伝えてくれているが、その時の所に受け入れる余裕などなかった。ただ、無い腕で銅矢にすがりつこうとして、肘から先が無い事に気付いてまたしくしくと泣き出すだけである。銅矢は混乱しているのだろうと必死に兼東に連絡を取り、その間に中継のカメラは所をしっかりと映してしまい、センセーショナルなニュースとして報じられることとなったのだが…。
 「なんとか、ならないんですか」
 「ならん。公安部に任せる他無い。なにせスパイ疑惑があるからな」
 銅矢が詰め寄るのも分かるが、兼東にはどうしようもない話である。これは国家防衛の話だ。宇宙人という明確な敵があるのと違い、所は誰なのか、そして所に掛かった疑惑は真実かどうかを明確にせねばならない。今のところ、調査結果では彼が名乗る生年月日と名前に合致する人間はこの世には存在しなかった。
 「貴方はこの世界に存在していません」
 「……」
 公安の言う事に、所は項垂れる。
 「調査しましたが、貴方を証明できるものは何もありませんでした。この時代、貴方は山奥で出生届も出されずに今日まで過ごしてきたというのなら、まだ分かります。ですが未知の言語を駆使し、銅矢隊員に接触したそうですね? それにあなたの知能テストは高い数値を叩き出しています。山奥で仙人のように暮らしていて高い水準の教育を受けていた…これは現代に置き換えても妙な話です…そして何より、R星人の出現と共にあなたが現れた…このような奇妙な出来事を、あなたが説明してもらわねばならないのですよ」
 「…私の身の上は、お話した通りです」
 「イペリット、ですか。宇宙からの侵略者に支配されて、そしてあなたは槍ヶ岳にある極秘の研究施設で働いていて、爆発に巻き込まれたらここにいたと…? くだらない」
 たわごとと受け止められていても、所にはそれ以上言えることは無かった。デルウハのことなど、詳細には何も話していない。研究所で爆発が起きた為だと説明した。代わりに話すとしたらハントレスの研究成果であろうが、その話をしても専門的な話を聞きたい訳では無いらしく、対峙している彼らは流した。彼らが聞きたいのは、所が分かりやすいスパイであるという事実だけのようである。だが、その点を認めるわけにはいかない。おそらく長くなるだろうと所は思った。身の潔白を示すのに、拷問もあるかもしれないと覚悟した。腕が無いので指を組むことが出来ないが、祈るような気持ちで、どこまで自分が折れないかを心配しながら、所は彼らの次の言葉を待つのだった。
 「国家にとってEDFはどんな存在だと思う?」
 兼東が言う。
 「どんなって…一応っつーか国家公務員なので、重要な機関でしょ」
 「そうだな。宇宙からの襲来は今のところ阻止できていない。せいぜい、着地点をダミー市街地にしている程度だ。ちなみに、EDFの前身はなんだか、お前も覚えているだろう」
 「習いましたよ。元は国防軍…自衛隊でしょ。そっから選抜でEDFが出来て…」
 「そうだ。国防軍は今も残っているが、その求人倍率は年々下がっている。それに財政縮小の話も出ていてな。中には、国防軍のOBなどからこのEDFは恨まれているという話だ。くだらん話だがな」
 「え?」
 「宇宙からの襲来には湯水のように金を使うのに、国防軍の存在意義は年々針の筵だからだ。中には、EDFと一体化させようという動きも出ているが…権威と歴史ある国防軍は、その申し出には異議を唱えている。お前から相談を受けたこともあったが、EDFへの批判が大きかっただろう。それなのに、国家は何の対策をしなかった。あれは、政府が国防軍に忖度したためだとまことしやかに言われている。そこに所の存在だ。今、国防軍は必死に我々の動きを注視しているのだよ」
 「でも、それって所さんに関係ありませんよね? それに、ただの嫉妬じゃないすか! 勝手にEDFを羨んで…」
 「嫉妬はな、根深いものがあるんだよ銅矢。今の所はな、奴らにとってEDF潰しの良い材料になる可能性があるのだ。宇宙からのスパイを匿った、あるいはスパイによって情報流失などが起きてくれないか…とな」
 「そんなの、」
 「だがEDFを潰せば当然問題が生じると考える者も政府にはいる。だから公安を呼んだのだろう。…今、政府は揺れ動いている。ここでEDFが所を庇えば、国防軍は真っ先に我々を糾弾し、大衆を操ろうとするだろう。だからお前も、勝手な真似はするな。いいな、銅矢」
 「…」
 「返事をしろ」
 「ハイ…」
 「よし。分かったのなら出撃に備えろ。二会敷が呼んでいる」
 「分かりました…」
 銅矢はまだ納得しきれていないようだが、それでも理解はしたのか司令室を出た。本当に分かっているのかと若い隊員に不安は隠せないものの、兼東はもう一度机に置いてあった所の資料に目を通す。人間である。紛れもない人間であることはこの資料が証明している。だからといって、人間が宇宙人のスパイをしないとは誰も言い切れぬことだ。一体何を隠し、何を思ってこの世界に突然出現したのだろう。銅矢が所を庇うのは直感だと言うが、この世界は複雑であり、一概に全てを許して受け入れるわけにはいかないのだ。せめて何事もなければいいと願うのは、ほんの少しのエゴだろうか。兼東はため息を吐く。
 
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