「詩人ハーテルはこう言っている。『バロック世界では歪みこそが美であると思え』」
「カミーユはこう言っていた。『世界が泣いているのか?だが、その手につかんだものとともに彼らは消えようとしているのだ』」
「ルカは言っていた。『痛い痛いぼくをぶたないで痛い痛い』と。」
無数の他人の言葉の向こうに隠れて、私は安全だった。他人の言葉に隠れていれば、私の言葉は出てこない。私の言葉が出てこないということは、私が出てこないということ。私がずっと出てこないなら、私という存在はこの世界には存在しないということだ。
そして、私という存在がこの世界から消えてしまえば……父さんの罪もまた、消えてなくなる。そこにいないということは、ないのと同じなのだから。
この場所にいると、時間の流れもよくわからない。もう自分がいつからここでこうしているのか私にはわからなくなっていた。
頭から深く被った袋の中の私の顔は、今どうなっているのだろうとふと思った。醜く歪んでいるのか、それとも。でも……もう私の顔がどうなっているのかなんて意味がないことだ。自分の顔を誰かに見せることはもうない。そして、自分の顔を見せるわけにはいかない人がいるから。
私は消えてしまわなくてはいけない。そのために、私は今日も他人の言葉を紡ぐ。
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袋の顔の部分に開けたふたつの穴から見える光景だけが、私の知る世界だった。あの大災厄――「大熱波」と呼ばれていることはあとから知った――以来、空は昼も夜もなく淀んだ赤色をしている。世界がどうなったのか、私にはわからない。けれど、世界がこうなる前に私がすでにそうであったように、出会う人々はみな、人間としての正常な姿を失っていた。
異常に長く伸びた首を揺らしながら何事かを呟いている男。
頭から枝のような角を生やした少女。
大量の道具を頭の袋の中に詰め込んだ少年。
誰もが――歪んでいる。
私がいるこの場所には、そんな歪んだ姿の人々が数人寄り集まっていた。誰もが歪んでいるこの世界を、私はふたつの穴の中から見ていた。
そんな世界の中で、私が知る限りでただひとり、正常な人間の姿をしている人がいる。
ふたつの穴の向こうから近づいてきたのは、青ざめた顔をしたひとりの青年だった。私はここを離れたことがないので、彼がどこからやってきたのかはわからない。青年はふらふらとした足取りで歩いてきて、またどこかから現れるということを繰り返していた。
私が知るこの限られた世界の中で、「どこかに行く」という行動をしているのは彼だけで、だから当然、彼の行動は私の興味を引いた。
青年がどこから現れるのかはわからないけれど、目指しているのはいつも同じ方向、同じ場所だった。
うおおおおおおん、うおおおおおんと聞こえるのは、風の唸りと言うよりは何者かの不気味な声のように聞こえる。
赤く淀んだ空にそびえ立つ、奇妙なシルエット。
神経塔。
私が知るわずかな世界の中で、唯一「建造物」と呼べるものがこの神経塔で、青年が常に向かっている場所だった。
青年がいったいなにをしているのか、なんのために神経塔へ向かうのか。