この場所にいると、時間の流れがわからない。扉も窓もないので外の世界がどうなっているかを知る方法もない。だから、私がここで、こうやって娘が入った箱を抱えて暮らすようになってから、そもそも世界がこうなってから、どのくらいの時間が経ったのかはもうよくわからない。それは私の歪みのせいなのか、それとも世界そのものがおかしくなってしまったのか……おそらく、両方だろう。
 その一方で、私の記憶は少しずつ蘇ってきていた。世界がこうなる前、私はなにか……大きな組織にいた気がする。もしかしたら、あの青年と同じように偽翼を背負った偽装天使の一員だったのかも知れない。だとしたら、私はそこでなにをしていたのだろうか。その組織で私がやっていたことと、娘がこうなってしまったことにはなにか関係があるのかも知れない。
 私はたくさんのことを忘れている気がする。けれど、思い出すのが怖い。
 再びあの青年が来た。けれど、どこか雰囲気が違う気がする。表情もだ。まるでよくにた別人のように見えた。青年は私に気づいていなかったのか、徘徊している異形どもを斬り伏せながら部屋の隅にあった光の柱に飛び込んで姿を消した。
 異形どもが這いずる音がかすかに聞こえるだけになった部屋の中で、私は娘が入った箱に語りかけた。
「必ずここから出してあげる。私の愛しい娘。それまで私がお前を必ず守ってあげるからね」
 返事は返ってこない。
 けれど、私は決して疑わない。娘はこの箱の中にいる。私はそう信じている。信じているのだ。
・袋の者パート
 私はここにはいない。
 私はどこにもいない。
 私はここにはいない。
 私なんてどこにもいない。
 だから、ここで苦しんでいる私はいない。
 私じゃない。
 自分を守る方法? たくさんあると思う。
 反撃する、逃げる、強くなる、知識をつける。
 でも、私にはどれもできなかった。
 私の敵は、世界そのものだったから。
 世界からは私は逃げられない。
 なぜなら、世界はどこまで行っても続いているから。
 だから私は、違う方法を選んだ。
 世界から、いなくなってしまうという方法を選んだ。
 私は成功した。
 私がいなくなった代わりに、空っぽになった私の中にはたくさんの言葉が流れ込んできた。居場所を求めていた言葉たちが、空っぽになった私の中を満たしていった。
 私はある誰かであり、また同時にほかの誰かでもあった。たくさんの誰かの言葉が私の中を血流のように流れていく。
 心地いい。
 自分自身の中から自分がいなくなった私は、まるで新しい魂を手に入れたかのように――よみがえった。
 
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