鼻につんと来る炎のにおい。何もかもを燃やし尽くし、酸素を求める炎のにおい。身を焦がす為に、こちらの足元にまで広がりそうな火の粉が舞っている。
「リオウ三尉がまだ…!」
炎がまだ舞っている中で叫んだイサミ・アオの、その哀しみを如何に癒すのかはルイス・スミスに思いつく限り何も浮かばなかった。浮かばない。手を尽くしても言葉を尽くしても、逃げ出したという汚名も、生きて帰ったという名誉も、彼の背に掛けられる言葉は何一つない。
空母からの砲撃で蹴散らされたゾルダートテラーは、どの国の兵器ではないということだけを明らかにした。
どこの国が隠している、どこの国が隠していた!? そんな罵声が飛び交う中で、やり玉に挙げられた米国や西側諸国、日本…一通り疑惑が世界を一周したところで、誰もが顔を見合わせた。疑い合うその時間が無駄であったとキングは深い溜息を吐く。現場に残るTSのパイロットは極めて人数が少なく、ゾルダートテラーの襲撃によって数を減らしている。かろうじて生き残ったイサミ、スミス、ヒロは基地襲撃の際には、遠く離れた演習地にいた。それが幸いだった。だが、イサミは同僚と上司を失っている。スミスもアラカイを失った。数で言えばダイダラ部隊は壊滅、タイタン部隊はかろうじて首の皮を繋げている状態だ。だがTSが最新の武器である人類は、TSに頼るほか無かった。それが哀しみと苦しみの果てにあるものだとしても、パイロットは救世主になるべく、この先進的環太平洋合同演習に残された合同軍の期待を一身に受けるべくものだった。
イサミはその期待に応えるべく、烈華においてゾルダートテラーの撃墜方法を編み出した。既に救世主であった彼に、更なる言葉は与えられなかった。自衛官が異例の出世だ。そうからかわれると、カワダはハンカチで汗を拭いながら、渋い顔をするものだった。
イサミが出撃から戻ると、同じく出撃していたスミスが声を掛けて来る。だがイサミはパイロットスーツを脱がずに、据わった目でスミスを見やる。出撃から帰ると、イサミはいつもそうだった。狼が餌でも探すかのようにうろうろとして、ロッカーから歩き回る。その習性じみた行動は周知され、今は誰もイサミに声を掛けないのだった。
「アオ三尉。あーその、次の出撃要請までは、体を休めていいそうなんだ」
「…何が言いたい」
「君は根を詰め過ぎだ。仇討ちかもしれないけど、少しは君も休んで」
イサミは着替えていないスミスの肩を掴んだ。パイロットスーツが伸びる。千切るような勢いである。イサミはスミスに食って掛かった。
「ふざけるな。休んでなんかいられない。そうしている間に、日本が、世界が、火の海かもしれねえんだぞ…!」
「それはそうかもしれない。でも、君の体は一つだ。君は一人しかいない」
「俺なんか、俺なんかどうだっていんだよ!」
イサミは吠えるとスミスの肩を思いきり放して、突き飛ばした。ヒロが慌てて間に入ろうと駆け寄って来る。だがその前に、イサミはスミスに吐き捨てるように舌打ちすると、ロッカーの外へと歩いて行ってしまった。
「おかしくなったんじゃないか…?」
それがスミスを助けに来たヒロの言葉だった。生き残った者も、皆そう思っていた。イサミは腕がいいが、復讐心でおかしくなったのだと。だがスミスはそう考えていないらしく、まさかのヒロに食って掛かる。
「ヒロ、そういう言い方はするな。イサミは見つけたんだ、彼しか無理だった! おかげでみんな生き残ったんだろう…!?」
「わ、分かった。分かったからスミス。落ち着け」
ヒロの目には、イサミはスミスにとっては同僚であるが、何か特別な感情を抱いているのではないかと疑わずにはいられなかった。一種の信仰心のようなものである。彼が言うのであれば、正しい。そうスミスは言いかねず、イサミへの評価が異常に高いのはヒロにもどうしようもなかった。
イサミはと言えば、壊れかけた心を癒すように誰もいない…おそらく、上司や同僚を探しているのだろう…周辺を歩き回る悪癖があったが、それれも実績があるからこそ許されている。XM3 ライジング・オルトスが横田基地で見つかった際にも、真っ先にイサミはコアパイロットに命じられた。二人掛けの機体に、イサミの相棒に志願したのは他でもないルイス・スミスであった。
イサミは面倒そうであったが、機動性や実用性はあまりにもオルトスが優れていると分かると、スミスとの二人三脚を許した。それ以降、イサミはスミスを頼るようになったのは目まぐるしい変化であった。
「行くな」
「どこにも行かないさ。ただトイレに行くだけだから」
傍目には共依存のような関係性であった。イサミはトイレに行こうとするスミスの行動を制限しようとするし、スミスはそのイサミの行動に喜びさえ感じている気がする。幼児を宥めるように言い聞かせ、イサミは次第にスミスの言葉に心酔するようになった。スミスの言う事なら信じる、スミスとなら一緒に行く。
周囲は、その依存性に目をつぶった。イサミが大人しくなるのであればそれで僥倖なのだ。幸いにもスミスもイサミも、人類の切り札となるべく尽力し、その成果を挙げている。ニーナ中尉によるカウンセリングも拒絶の意思を示したイサミに、ニーナが引き剥がしたスミスはこのままで大丈夫だと言った。だって、成果が上がっている。このままで何の問題もない。スミスは真っすぐな碧の瞳でそう言った。ニーナの、医療的観点による仲介はあきらめざるを得なかった。
「さあ相棒、行こうぜ」
「ああ。お前とならどこまでも」
イサミはつっけんどんであったことが嘘かのように、スミスに依存してからは悪癖が無くなり、身なりも整え、依存心を抜けば元のイサミに戻っていた。むしろ、スミスという協力者を得たことで、水を得た魚のようであった。キング達はこのバディを解消させることは出来なかった。それは、人類の為でもあったからだ。
「頼む」
そう祈るように告げるキングの小さなつぶやきを聞くと、カワダはいつも項垂れる。
明確な意思を持って、二足歩行の巨大ロボットが現れたことで戦況は一変した。ゾルダートテラーだけを防ぐ以外にもオルトスは希望になった。だがその抵抗は虚しく、次第に疲弊したパイロットたちは体に鞭打ち、ある時。最低の出来事が起きる。
「スミス、スミス…スミスゥ!」
クーヌスと自称する自律歩行型の兵器との戦闘において、スミスはイサミを逃がした。スミスを求める咆哮が響く中で、スミスは単身特攻する。それはあまりにも、あまりにも自分勝手で身勝手な行動であった。よりにもよって、人類の切り札を捨て駒のように使ったのである。だがこれで、スミスは満足そうにコックピットで笑う。このままではじり貧なのだ。二足歩行のロボットはこれからも現れ、人類を苦しめるだろう。自分達以外のTS部隊はあまりにも苦く苦しい道を歩むことになる。だがイサミがいれば、きっとイサミがいさえすれば戦いは継続できる。彼は光なのだ。舞い降りた希望なのだ。
だから、ここは捨て身で戦って勝つ。生きて帰るつもりなのだから、心配しないで。きっと帰るから。だが本能が告げたのだろう、お前は死ぬのだと。だからイサミを巻き込むなと。その事実にスミスが気付いたのは、誘爆に巻き込まれる直前のことだった。目の前でが炎に覆い尽くされる。
ああ。ごめんよ。苦しみだけが俺達の絆だったんだ。