子供を抱えての行動は、予想以上に制約があった。よみはくのえに命じながら、デルウハの計画を汲みながらイペリット対策をしなければならなかった。その苦心を無視し、くのえは勝手に小さなイペリットに飛びついていくので苛立ちは増した。デルウハの命じる砲弾が飛んで来る中で、順調にイペリットの数を減らしているチームの動きに、邪魔にならぬように切り込まなければならないのだ。よみのフラストレーションは溜まっていくばかりだが、くのえは自由であった。
「あーもう。いう事聞くんじゃなかったの?!」
そう怒鳴っても、砲弾にイペリットの足音で聞こえていないのか、くのえはとことこと歩き回っている。既に動かなくなったイペリットをざくざくと切り刻んでいると、死臭が出る前であるからか人間の気配に反応したのか、巨大なイペリットがくのえ目掛けて突っ込んできた。
よみは当初は別の場所を見ていたが、足音と振動でその異変に気が付く。別のイペリットの死体の上にいた彼女は、くのえがいる方に向かって強く地を蹴ると、飛び立った。真っすぐに前へ進んでいく途中でくのえを拾い上げ、その瞬間にイペリットがくのえがいた場所に体当たりをかましており…なんとか逃げおおせたのを確認した。イペリットは同胞の死体に足を取られ、減速する。その周囲に誰もいなくなったのによみは気付いた。もしかしたら、よみが倒すチャンスかもしれない。だが片手には剣、片手には言う事を聞かぬ子供がある。チャンスをみすみす逃しそうになったところで、いちこの砲弾がイペリットに命中した。くのえを襲ったのは、一番巨大なイペリットであった。この群れを家族とするなら家長だろう。その巨大イペリットが砲撃により体をばらばらと崩しているところで、みちが飛びついて切り刻む。だが本来、このとどめを刺す機会はそもそも、よみの役目だった。
「ねえよみちゃん。次どうする?」
くのえが腕の中でに聞いてくる。うぐぐ、とよみは歯ぎしりした。最大の大きさのイペリットを仲間が倒し、残るのは小物だけだ。それを片付けるのは、よみが頭の中で描いていた活躍には無かったものである。この場にあるのは残務処理だ。よみは大物を倒すのが目標であったのに、小物で満足することは出来ない。うぐぐ。子供の指揮は予想以上によみに負担を強いて、また子供を助けるのに最大のチャンスを失ってしまった。デルウハの指揮に従った方が、最大限自由に動けたであろう。くのえが足をばたつかせているのが分かる。
「よみちゃん」
「…うるさい。分かったから、好きにしなさいよ!」
そう言いながらくのえを離すと、子供はじっとよみの顔を見つめて不満げであったが再び走り出してしまった。よみは咄嗟に怒鳴った事を後悔する。子供に言っても仕方ない、そう自分に言い聞かせるもまだよみも子供である。思ったように暴れられず、承認欲求に等しい活躍は見せられなかった。あーもう、と不満が漏れる。だが子供はすぐによみの元に戻ってきたり、指示を待つように近くをうろつき始めた。
「さっき言う事聞かなかったじゃん…」
よみはぼやく。だが子供の情緒には波がある。命令を聞きたくない時と、命令がそもそも聞こえていない時と、命令を聞きたい時があるのだ。先程のくのえは聞こえていなかった、だから命令は無いと思い込んだ子供の視野の狭さが原因である。くのえは気まずそうによみの近くをうろついて、どうしようもないすれ違いが起きているのは遠目にいたデルウハにも分かった。そんなコミュニケーション不足の横で、イペリットの群れは倒されたのでデルウハは声を張り上げる。
「よし、集合しろ。よみとくのえも来い!」
よみはなんとなくホッとする。くのえを連れて集合場所にやって来ると、デルウハは点呼を求める。いつものように六人の声がそれぞれの声音で答えた。
「いち、にー! さん。」
「…よん」
「ごー! ろく……」
「きゅう!」
「よし揃ったな。で、どうだったよみ。お前の部隊は」
問われたよみは、デルウハを不機嫌に睨みつける。見れば分かるだろうと言う顔である。
「どーもこーも…人の話聞かないし、勝手にどっか行くし。勝手に危険な目に遭うし…」
デルウハからすれば、よみが他人を積極的に助けた行為は珍しく思っていた。まあ、あの場で助けない人間はそういないだろうが。少なくとも他人を助けるという経験は積まれている。それは決して無駄ではない。くのえは気まずそうにしているが、おずおずと声を出す。
「だって、よみちゃんのこえ、聞こえなかった」
「何よあたしが悪いって言うの?!」
「ちょっとよみ。小さい子に当たらないで」
いちこが間に入るが、このままではよみとくのえの仲は決裂しそうであった。あの戦場下で、自分も戦闘に興じながら他人に指示を出すのは至難の業である。デルウハにも難しい事は分かっていた。だがあえて任せたのは、よみとくのえが必要以上に馴れ合うのを防ぐこと。あとは、よみに指揮の難しさを実感させることだった。よみがぽつりと喋り出す。
「…今度は…しなさいよ」
「え? 何。聞こえなかった」
「今度は、デルウハの指示に従いなさいよ! もう指揮とかめんどくさい。あたしには向いてない!」
「えー」
くのえは不満げに呟くがよみの決意が固いと見るや、いちこの横に並んで袖を引く。くのえも、よみの指示では自由に動けないと察したらしい。
「まあいい。くのえ、今後はこのチームだ。こちらの指示に従え。よみもそう言ってるしな」
ぶうとよみはむくれている。自由を得られなかった事と、自分の力量を推し量れなかった気恥ずかしさもあるのだろう。だがデルウハの指示が正しいと分かったのなら、その点はデルウハにとっては成功である。今後は、くのえがデルウハの指示に従う事になる。正直に言えばよみかくのえの死を乗り越える必要があると思っていたが、死なずにこの結果であれば御の字だ。
「よし、帰るぞ」
「はーい」
くのえが答える。すっかりいつもの通り、いちこの横でちょこんと立って質問責めをしていた。なんで雲は出来るの? 空は青いの? そういった目に付くすべての物への疑問である。いちこはそういった疑問に答えるべく、かなり勉強しているようだ。よみの不服は一時的な物だ。にこにからかわれ、いつかと遊んでいるうちに改善されるだろう。今回の騒動では、よみと子供の距離は元の通り、ほんの少しの距離を保っている。この距離感を無理に変える必要はない。デルウハが帰ろうとすると、足にぼすっと何かが当たる。くのえである。デルウハの足を掴み、真っすぐな目で見上げて来た。
「隊長、隊長ってすごいのー?」
俺に聞く?
何と答えればいいものか。いちこがすごいんだよ、と言ってくれたのでこの場は何とか流れるのだった。