子供の反抗期は、唐突に訪れて唐突に去って行った。本来ならばデルウハがその指揮を執り、自然発生的な事故として起こすべきであったが、三叉足のイペリットの唐突な大群が現れたことで、ほんの少しだけ子供に意識が向かなかった瞬間にことは起きたのだ。イペリットを窪地に誘い込み、そこに走り込ませる作戦中であった。
相変わらずハントレスの指揮とは違い、くのえは勝手にイペリット周辺を走り回っていた。反抗期も相まって止められなかったのだ。死にはしないだろう、もう自由にさせてやれと通達していた時である。六人の意識もイペリットの群れに囚われ、くのえには外れていた。だが、意外にも真っ先に異変に気が付いたのはいつかだった。
「なあ、デルウハ! くのえがいない!」
「ん?」
デルウハが見回した。三叉足のイペリットは、通常個体よりも髭のような足が多いために大群になると地面は殆ど見えなくなる。かさかさとした足がよく絡まない物だと感心するが、自由に走り回っているはずのくのえが見えなかった。地面をちょこまかと動く子供の、ゴム製のユニフォームが見えない。ハントレスも使っている巨大な剣も無い。ぞわぞわと蠢くイペリットばかりだ。群れが多く、デルウハは目視を諦めらざるを得なかった。
「見えんな。気にするな、まずはイペリットの数を減らせ!」
「え、でも!」
「ひょっこり現れるかもしれんだろ。数を減らさなきゃ、目視も出来ん。あいつには能力もある。信じろ」
その言葉に嘘は無い。くのえはハンターとしての改造を受けている子供だ。まだ二歳程度であるが、本人がイペリット退治に非常に意欲的であるし、危機的状況になると肉体が最大値となる年齢に成長する。中身は子供のままだが、その怪力であれば近接戦は問題ないだろう。そう高を括っていたが、イペリットの群れが次第に数を減らしていくと、デルウハ達は地面に転がる小さな体に嫌でも気が付くことになった。
所長が小さな死体袋を見た時、青ざめて慌てて袋を受け取る。中のぐにゃりとした体を抱き締め、悲痛な面持ちを浮かべた。ハントレスも悲痛な顔を浮かべている。所長は泣き出しはしなかったが、袋を抱えたまま寝かせるために奥へ引っ込んでいった。
そもそも子供は、肉体の成長が早くなる改造を受けている。所長が言うのにはその肉体はひとまず11歳で止まるという。その数字に何の意味があるのかと尋ねたところ、11歳という年齢は人生において最も充実する年齢であるからだそうだ。親との関係性、友人間、体力、気力共に安定が訪れる年齢らしい。今までハントレスの成長を見守って来た所長の判断であるから、その年齢で止まる事で情緒を安定させるつもりなのだろう。だがその代わり、完全なる不死身ではなく細胞の再生回数は決まっているという。とはいえ、通常の人間は一回で死ぬのだ。それに比べれば夢のような能力を持った兵士である。その細胞分裂は、殺害されても促される。くのえが起き上がった時、少々だけ背丈は伸びていた。顔付きも少しだけ変わった。いちこが起き上がった子供を抱き締める。子供はぽかんとしており、何にも覚えてないようだ。
「いちちゃん?」
「良かった。良かったねくーちゃん」
デルウハもその成長を見やる。二歳ではないようだ。顔付きが変わって、ほんの少しだが中性的な顔から男性らしさが出て来ている。これが成長なのだろう。訝し気に見つめるデルウハと目が合うと、子供はにこにこ笑った。
「たいちょー」
「おう。起きたか」
「くのえ!」
所長が後ろから駆け出してくる。ハントレスもみちを筆頭に、様子を見に来た。いつもは煙たがっているよみですら心配そうであった。やはり自分以外の人間が死ぬ所を見るのは好まぬらしい。所長がくのえを抱き上げると、身長が伸びているのか足の位置がいつもと違っている。くのえは靴が窮屈なのか自分で脱ぎ捨てて、裸足になっている。これらは全て成長のあかしだ。
この後も数回の死を経験し、あっという間に一か月の間に五歳ほどに成長した。その間、デルウハはあえて子供をどうするということはなく…自由にさせて、わざと死の方向に誘ったともいえる。だが傍目には反抗期であり、くのえがデルウハの命令無視したように見えるのだ。だからハントレスの好感度が下がることは無い。傍目には、子供が自由に死に突っ込んでいったようなものだ。手腕を咎められることも、子供を止めるのもハントレスもデルウハも尽力した。だが不幸な事故は起きたのだ。そして残ったのは、五歳程度の子供である。反抗期が終わった。あの理不尽な要求もなくなり、毎日穏やかな気持ちで過ごしている…はずだった。その代わり、くのえはよく他人に疑問を投げかけるようになった。
「ねーねー」
「なあに、くーちゃん」
その標的はいつもいちこだったり、みちだったが、専門的な事であったりすると所長が代わりに答える。だが今日は、なんだか様子が違った。
「なんで、隊長のいう事聞かなきゃなの?」
「え?」
「だって、よみちゃんのが強いよ?」
イペリット討伐の際に、くのえが何気なく呟いた質問である。真っすぐな目線で、デルウハが作戦を説明している際に割り込んで来たのだった。
今言う?
デルウハは思うが、子供の疑問は底なしなのだろう。納得は出来るが、タイミングが悪い。ハントレス全員が注目しているタイミングで、デルウハの根元を脅かす質問である。この取り決めは、過去にハントレスとデルウハの間で決着がついている。だがくのえにとっては、この関係性が不思議なのだろう。
「なんでって…デルウハはこーいう作戦には詳しいから」
「んー」
にこの説明に、納得しきれないのか子供は首を傾げる。
「でも隊長より、よみちゃんのが強い」
「そうよね?!」
よみが同調する。いらんことに気付いたな…。デルウハとのハントレスの歴史をくのえは知らないのだ。よみはデルウハとの信頼関係は出来ているものの、よみがこれで持ち上げられると信頼関係が少々だけ揺らぐ可能性がある。そもそもよみは今までくのえを煙たがっていたから、ここの子供同士の繋がりは考えなくて良かった。だがくのえは、昔からよみを特別視している傾向が無かった訳では無い。よみが強い、と何回も言っていたのを思い出す。その言葉がすんなりよみに受け入れられるようになったら、よみはくのえを特別視するのではないだろうか? 一方のよみはふふんと得意げだ。
「分かってるじゃない」
「くー、よみちゃんのいう事なら聞く」
いきなり謀反?
子供はまさかのデルウハの命令無視を公言した。こうなると、くのえをチェンジしたいところだが生憎ハンターとして戦力に組み込んでいる時点でその点は出来ない。デルウハはふうと息を吐くと、思わぬことを言い出した。
「分かった。じゃあくのえは、よみのいう事を聞け」
「え? は?!」
「くのえはよみの命令だけ従う。俺は今からよみ以外に指令を出す」
「え、ちょっと!」
「なんだ。今からよみはお前の部隊の一員だ。大事に使えよ」
「急すぎない!? つーか、それなら好きに動いて良いの…?」
「いいぞ」
デルウハはよみにそう伝えると、いちこは砲撃に回り、他の面々は急いで近接戦に向かった。十体前後のイペリットの群れである。三叉足ではなく通常個体だ。家族であろうか、固まってうごうごと蠢いている。くのえはよみの前に立ち、その命令を待っていた。
「よみちゃ、ねえどうする? どうする?」
「えーと…」
よみはイペリットの群れを見やった。三匹が前に出ている。その後ろに、七体が寛ぐように重なり合ったり低速で蠢いている。呑気な光景である。だが研究所に気付いたらひとたまりもない有害な家族だ。
「まるでピクニック気分だな」
「そうかもね。あれも家族だったりすんのかね?」
「俺が知るかよ」
いつかがそれもそうか、とデルウハに笑う。まず砲撃でどこを狙うのか、デルウハの指示であれば三匹ではなく七匹の方に砲撃が行くのだろうかとよみは予測する。近接距離でハントレスが対抗できるとはいえ、人間の足ではイペリットの元にまで移動するのに時間が掛かるのだ。砲弾が着弾する方が早い。砲弾により七匹の態勢を崩し、そこに襲撃をかけるのが定石だろう。迂闊に行けば巻き込まれる。様子を見るのが安全策だ。だがくのえがわくわくして見ているので、様子見というのはあまり納得しないだろう。だが正面突破するハントレスを見ながら、ぐるりと回って見守る事にした。