所が持ち出した来客用の布団は、デルウハには手狭である気がした。
 「私が布団で寝ますから、ロフトを使ってください。天井は低いですが、横は広いですので…」
 「だったら一緒でいいだろ」
 「…狭いですし、二人用ではない気がします…」
 「寝られんことはないだろ」
 こうなると断りきるのは至難の業である。所は困ったなと思うその時、風呂が沸いたとのお知らせが軽快な音と共に部屋に流れた。
 所が風呂場に向かう。蓋をしに行ったのだが、デルウハが後から追ってきた。じっと手順を見つめられ、所はやりづらいなと思う。
 「逃げませんって…」
 「いや、風呂は何度か入ろうとしたんだが」
 「……やり方が分からない訳では無いですよね?」
 「ホテルだと適温が難しい」
 「ああ、確かに…」
 「あと俺が入ると溢れる」
 「ああ、そうですね。うちの風呂も溢れると思いますが、気になさらなくて良いですよ。デルウハ殿なら、温泉地でも溢れると思います」
 「一緒に入るだろ」
 「初耳なんですが…」
 所は困惑しながらも、デルウハが後を着いてくるのが面白く感じてきた。大きすぎる子供が着いてくるような感覚である。人知れずに笑みをかみ殺す為に急いで風呂場から脱衣所に足を踏み入れると、何故かデルウハの手が所に伸びて服を脱がし始めた。
 「デルウハ殿…?」
 「風呂入るぞ」
 「一度入ると出掛けませんよ?」 
 「そんな事分かってる。いいだろ別に」
 頭皮に顎を乗せるように、くんと嗅がれると所は慌てて身を捩った。いい匂いでは決して無い。日中にそれなりに汗をかいているし、何より若い男のにおいは自分でもそこまでいい物ではないと洗う前の洗濯物で分かっている。それでも抱き寄せられてしまうので、所が折れる形になった。
 そうして風呂に入って、結局髪を乾かしてもらって(これはホテルでも同じである。必ず所を先に乾かす)寝所も狭いながらに密着して眠る。デルウハのスキンシップは、度を越していると腕に抱えられながら所は思う。相手が眠ったタイミングでこっそりと目を開けたのだ。やはりデルウハは眠りに就くのがとても早く、まるで電池が切れるような眠り方をした。所の存在に安堵しているのならばそれでもいいが、もしかしたら睡眠導入として使われている可能性をふと思い付く。人肌が無いと眠れない…そんな人間も世の中にはいるのだろうが、デルウハにその像が当てはまるかと言えばそうではない。
 所は再び思考を迷わせた。肌寒くなる季節であるが、湯たんぽ代わりにするのにはまだデルウハの肉体の方が温かい。まだ所は二十代とはいえ、子供のような代謝でもない。それでは何故眠りやすくなるのか。それが愛情という単語に置き換えるのには、少々だけ所は納得がいかなかった。まだ完全にデルウハからの行動すべてが愛情だと認識はしていないのである。当初は愛情だと思っていた。恐怖の向こうにある支配に、無理矢理にでも自分は愛されているのだとこじつけて思い込もうとした…だが、デルウハの隣にいるのが当たり前になって冷静になると、これは果たして愛情なのかと思う事がある。近しい言葉を探すのならば、執着だ。所を手に入れる事で見返りもなく、ただ興味だけを持っておもちゃを欲しがっている子供と似ているような? その興味は入手したことで満足して、床に叩きつけられるようであったのなら? おもちゃであれば壊れてしまえばそこで終わりであるが、捨てられた所の心がずたずたに引き裂かれる可能性は、ある。
 デルウハの愛情を信じたい気持ちはあるものの、完全に身も心も預けるのは辞めておこうと所は発心した。そもそも悪魔に愛されるのであれば、知恵と勇気をもって立ち向かわねばならない。勇気ぐらいは奮い立たせられるだろうか、この悪魔の横で、夜な夜な密かに剣を研ぐような器用な真似を。だがデルウハをハントレス達と共に出し抜いた経験も少なからずある。屈しなければ大丈夫だと思いながら、所はデルウハの顔を見やった。寝顔は純粋で実直である。そこに何かの意図があるようには思えない。少々の可愛げがある。
 この位の感情なら大丈夫だろうか、と所は自分に甘い基準に甘んじた。デルウハの頬にそっと触れてみる。ぐっすりと眠っている顔は、前世でも眺める事が出来なかった特別なものだ。でもやはり、デルウハが自分を愛すると言うのは信じられないものがあった。堂々めぐりとほんの少しのデルウハに傾く心が、所の中でぐるぐると逡巡する。眠るデルウハの、この無害さであれば愛せるかもしれない。またほんの少し傾いた心に、いやそれでもと警戒心が渦巻いて、結局所は眠れそうになかった。だが、目を閉じてみる。見つめるから逡巡するのだと気付いたからだ。おやすみなさい、と所は小さく呟いて眠る事にした。自分の肌に近い空気があたたかい。デルウハのぬくもりであろう。
 デルウハは目を覚ました。
 問題は、不眠症までもいかない落ち着きのなさだった。デルウハは若い頃から眠りが浅い。それは今世に生まれ変わってからデルウハを少々だけ悩ませた症状の一つであった。安堵して深く眠ることが出来ないのだ。物心がついた頃には、母親と父親の寝息を聞いてから早ければ30分、遅ければ二時間ほど経ってからようやく眠気が来る程度であった。ショートスリーパーなのだろうと思ったが、寝つきが悪いからこそデルウハの人生に役立つことは多々あった。服薬も服毒も、生来疑い深い彼の合理的行動によって回避し、盛られたふりも返り討ちも出来た。寝つきの悪さと眠りの浅さは薬ではどうしようもないことをデルウハは分かっていたので、精神科に掛かる事も無い。
 だが、所の横で彼の寝つきの悪さは解消されることになった。すとんと眠ることが出来るのだ。デルウハはその点から所に執着しても良いと考えた。勿論顔の好みや前世のやり残しがあるという前提であるが、逃すのには惜しい要素を一つ持ち合わせているのだ、所は。
 今の所は、すやすやとデルウハの横で眠っている。気を完全に許さないと発心した所でも、若い眠気には勝てなかった。生憎だが、それは愛情ではない。そしてデルウハが抱いている感情も、生憎だが愛情では無かった。
   
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