「葵ちゃん、今日一緒に帰れる?」
「……あ、ごめん、用事があって……」
最近葵ちゃんがよそよそしい。うちが話しかけてもなんだか上の空だし、さっきみたいに一緒に帰ろうとしてもやんわりと断られるし。なんというか、避けられている感じがする。一緒にいる時間も減ったし。うち、あの子になにかしたっけなあ……?
……よし、あとをつけよう。これはあくまでも、姉として妹を危険から守るという当然の目的によって遂行されるもので、決して、決して不純な動機はない。
ちらちらと周りを伺いながら歩く葵ちゃん(かわいい)が向かうのは三階、三年生の教室があるところだ。
入っていったのは三年二組。なんの用があるんだろう。気になるけど、これ以上近付いたら怪しまれるだろうから、一歩下がりつつちらりと様子を伺う。誰かと話している。聞き耳を立ててみると、うちと話すのとは全く違う、明るいきみの声が聞こえた。
「……ゆかり先輩! ぼく、今日も一緒に帰れますよ!」
「本当? 今から準備するから靴箱で待っててくれるかな」
「わかりました! 先輩のとこでいいですか?」
「うん、ありがとね」
ははあ、最近きみが冷たいのはそいつのせいなのね。ゆかりと言ったっけ? ふざけやがって。葵ちゃんはうちのもんやぞ。
話し終えて教室から出てくるきみにばれないように、階段沿いの柱に隠れて先に行くのを待った。ふんふんと鼻歌を鳴らして、スキップまでしてる。そんなに嬉しいんだ。ゆかりと帰るのが。
一階下の、きみの教室に入っていったのを確認して、そそくさと自分の鞄を取りに行く。戻ると、ちょうどおそろいの鞄を持ったきみが出てくるところだった。楽しそうに階段を降りていくきみを追う。
「ゆかりせんぱい! もー、遅いですよー!」
「ごめん、待たせちゃったね」
「ぼくはやさしいので許してあげます! さ、帰りましょ!」
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああこの!! 葵ちゃんの眩しい笑顔をさも当然のように享受するんじゃない!
ゆかりという女は、本当に名前の通り紫という色が似合う女だった。葵ちゃんはああいう大人っぽい人がすきなのかな。二人はにこやかに談笑している。妬ましい。きみの横にはうちがいるべきなのに、昔からそうだったはずなのになぁ……。
「でね、最近お姉ちゃんのこと、ちょっとウザいなって思うんですよ!」
「こ〜ら、そんなこと言っちゃだめでしょ。葵ちゃんの大切なお姉さんなんでしょう?」
「……は〜い、すみません。でも束縛が激しいのは本当なんです!」
「そっかぁ、でもそれはね、きっとお姉さんが葵ちゃんのことを大事に想ってくれてる証拠だと思うよ。だからさ、たまにはお姉さんと帰ってあげな? わたしなんかじゃなくてね」
「ゆかり先輩がそこまで言うなら……、じゃあ明日はお姉ちゃんと帰ってみます」
葵ちゃん、そんなこと思ってたんだ。でも、そいつが言ったからとかそんな動機でうちと帰ってほしくない。なんか不服そうだし。もちろん、葵ちゃんとは一緒に帰りたいけどさ!
ゆかりは背が高く、それと並ぶと葵ちゃんの背の低さが際立つ。やっぱりかわいい。お似合いの二人だなあなんて考えを打ち消して、電柱伝いに移動していく。
「それじゃあ、ゆかり先輩! さようなら、またあさって!」
「さよなら。お姉さんにも構ってあげてね」
ようやく二人が離れるときがきたようだ。きみは笑顔で手を振って、そのまま帰路を辿っていく。ゆかりは、その様子をにこやかに眺めながら、きみの姿が見えなくなったくらいのときに、
「そうじゃなかったら、こーんな面倒くさいお姉さんが着いてくるんですもんね」
「え」
うちに向かって振り返った。
「いや、気付かれてるなんて思ってなかったんですか。ばればれでしたよ、茜さん? 幸いと言うべきか、葵ちゃんは気付いていなかったようですけど」
「……葵ちゃんになにしとるんや」
「まあまあ、そんな睨まなくても。私は結月ゆかりです。葵ちゃんとは……学校の行事で仲良くなったんです。そしたら一緒に帰るようになって、ただそれだけですよ?」
余裕綽々といったふうに結月は笑う。対面してみると長身なのがさらに感じられる。あなたとは格が違うんですよ、そう言われてるみたいで腹がたった。
「とにかく、立ち話もなんですし、私の│家来ますか?」
「あ! そうやって葵ちゃんを│唆したんやろ!」
「違いますよ。とにかく、来ますか?」
「……じゃあ」
結月の家は整っていて綺麗だった。通された部屋には大学の赤本がいくらか置いてあって、いずれも高偏差値のものであった。成績優秀なのか。
「なんというか、人に自分の部屋をそうじろじろ見られるのはあまり心地よいものではないですね」
「あ、ああ、ごめん」
「いえ、気にしてないです。お茶淹れてきますね、│珈琲か紅茶、どちらがおすきですか? どっちもインスタントですけど」
「……珈琲で、よろしく」
「わかりました。待っててくださいね」
椅子に座らされる。結月が台所へ向かうと、途端にうちは暇になった。自分の鞄からスマホを取り出して、葵ちゃんにラインを送る。『ちょっとうちも用事があって、遅くなりそう』、そのまま眺めていると、既読がついてスタンプが送られてきた。それを見届けて電源を切る。
テーブルの周りを見渡す。なんか薄い本とか紛れてない? 上に参考書のカバーとか被せてたりしない? さっき結月にはああ言われたけど、葵ちゃんのことを性的な目で見られてたら困るし。これは確認だから。腰を浮かせて、そろりと本の山に手を伸ばす。
「……あの、茜さん? これまで少し失礼な言動は見受けられましたが、それは流石に常識を疑いますよ?? なにしてるんですか?」
「うわ、あ、これは……葵ちゃんのために……」
「なにが葵ちゃんのため、ですか。茜さん、話をしましょう。座ってください」
結月に見つかった。絶対怒ってるよこれ。
うちは言われた通り、再度椅子に座る。その手前のテーブルに湯気の立ち昇る珈琲を置かれた。
「砂糖入れてええか?」
「はい、どうぞ」
一応確認を取って、脇の角砂糖を幾つか|摘む。ちら、と向かいに座った結月を見ると、ブラックのままで悠々と飲んでいた。
もしや、これってそこまで苦くないのだろうか? |一匙掬って飲む。……苦い。なんで顔色一つ変えずに飲めるんだ。しかもなんも入れてないんだろ。うちは既にけっこう入れてるのに。まあいいか、もっと入れちゃおう。
「え、ねえ、あの、茜さん?」
「?」
「いや、流石に入れすぎじゃないですか? すごく甘くなると想うんですが……」
「あ〜、ごめん」
「、別に責めてるわけじゃなくて、すきにしてもらっていいんですけど、いつもそうしてるんですか?」
「あんま飲まんけど、せやで。逆に結月はそんな苦いの飲めるんや。すごいな〜」
「……茜さんのほうが一周回ってすごいですよ。それ、味するんですか?」
そこでうちは一旦手を止めて、一度口をつけた。うーん、確かに甘さでよくわからないな。結月は呆れたような表情をして、話を切り出した。
「で、本題に入りますけど。単刀直入に言って、あなた、だいぶ失礼ですよ。そりゃあ妹さんにも嫌われるでしょ。まず、初対面&上級生にタメ口、敵対心丸出しな反応。……それくらいならクラスメイトにもいるのでいいんですが。でも尾行と物色ってかなりヤッてますよね? そこだけ抜き出すと、あなた、ただのストーカーですよ。それに言い訳するのもおこがましいです。なんですか妹のためって。ふざけてますよね。私に色々言いますけど、あなたのほうがそれ以上に失礼です」
「わー、はあ、せやな、うちが悪かったわ」
「本気で聞いてないでしょ」
「やって説教なんて聞くだけ無駄やん」
「……あのねえ、それで妹さんが奪われたらあーだこーだとよく言えましたね……まあ説教から始めた私にも非はありますが」
結月は溜め息を吐いて、珈琲を|啜った。そんなこと言われたって、性格なんだからどうにもできないだろ。
「とにかく、あなたは妹さんと私がイチャイチャしてるのが気に入らないんでしょう」
「うん」
「どうしたいんですか? 今のあなたじゃあ、とても葵ちゃんに好感は持たれづらいと思いますが」
「葵ちゃんとイチャイチャしたい! いっぱいちゅーしたい! ただ、昔みたいに戻りたいだけやねん……」
「正直ですね……、とにかく、最初は口調から直してみません? 明日もここに来てくださいよ」
微笑んで、結月は提案する。なるほど? 協力してくれるのか。結月の世話になるのはただただ不満だが、背に腹は代えられない。甘ったるい珈琲を飲み干して、うちは頷く。
「まあ元から葵ちゃんを奪おうなんて気はなかったんですけどね。勝手に懐いてきてるだけで」
「そうやって調子乗れるんも今のうちやで! 葵ちゃんは最初っからうちのもんやからな!」
「はぁ、そうですか。とにかく、今日はもう帰りなさいよ。妹さん、待ってるんでしょう?」
「葵ちゃん、ただいま」
「あ、お姉ちゃんおかえり」
結月はうちが思ってたより手強い相手になりそうだった。葵ちゃんのそっけない声を聞きながら、うちは鞄を置く。きみはスマホから顔をあげると、尋ねてきた。
「なにかあったの? 遅くなることなんて初めてな気がするから、」
「せやったっけ。まあ、なんもないで?」
「そう、今から晩ごはん作るから、待ってて」
「うん、手伝ったろか?」
「えっ、いいの? ありがと! じゃあちょっと玉ねぎ切ってよ! まずは帰ってきたばっかだから手とか洗うんだよ」
うちは葵ちゃんのために変わっていかないといけないんかな。喜ぶきみの顔をみて、そう思った。