研究所オカルト慰霊譚
 
 無辜の民の思いとは、微々たるものかもしれない。強い恨みを持つのには強い意志が必要である。呪って呪って呪って呪って呪って。無辜の民の一部は、幽霊や怨霊となる。さる高地の研究所は、デルウハに恨みがある者の巣窟であった。ゴーストと呼ぶべきものの巣窟であった。その中で、デルウハはルーティンをこなし、ちょっと太りながらも日常を過ごしている。ゴーストは彼の目に見えないからだ。見えない物は取るに足らずである。だが、巣窟の中で過ごすうえで、少々奇妙な事が起きていた。
 「チーズが悪く…? いや、そこまで無いか」
 表面の色の変化に気付き、デルウハはチーズを取り出して見る。見た目が悪くなっているかと思いきや、発酵は順調のようである。見た目の色にむらがあるのは、自然発酵であれば起きる事なのだろう。気になるのであれば削れば問題は無い。デルウハは悪くなっていないチーズを棚に戻し、ルーティーンに戻るのだった。
 「ああ悔しい」
 「口惜しい」
 彼の様子を見て、ゴースト達が口々に呟いた。彼らは今、人の形をしていなかった。恨みのある者は皆小さく、丸い火球のような姿をしていた。人間の形をしているのは珍しく、ほとんどが丸い火球の姿である。彼らは口々にデルウハへの恨み言を呟いていた。だが彼らは、デルウハに直接触れられるわけではない。せいぜいチーズを腐らせようとしたり、食品の発酵を邪魔をしたりする程度である。それを辞めさせるのは、五体満足でゴーストになっていた所長の役目であった。
 「こら、やめなさい」
 五体満足であるのは所長だけだ。火球には手足はあるが、小さなもので当然力が無い。所長にひょいと摘ままれてしまえば、抵抗のしようがない。そのため所長がふわふわと物理法則を無視して研究所を飛び回り、デルウハへの妨害を止めさせるのがゴースト側の常であった。邪魔をするばかりの火球ばかりではない。200名いたうちの半数ほどが火球になっていて、所長も完全に把握できている訳では無かった。邪魔をする積極的な火球も居れば、大人しい火球達もいて、彼らを腕に抱えてその恨み言を聞きながら、所長はデルウハの動きをただぼうっと眺める。そうして、デルウハに害なそうとする火球を見張るのが死んでからの日常なのだった。
 ある日のことだ。デルウハは食事を済ますと、研究員達の死体に運び出し始めたのだった。首を飛ばし、あるいは背を切り裂いて致命傷を与えた者たちである。雪山であるから腐る恐れは無いものの、床に飛び散った血や体液が邪魔であった。モップを手に片付けながら、遺体を少しずつ運び出して埋葬を始める。所長は火球達と共に、その様子を不思議そうに見守っていた。その間にも、火球は悪戯を我慢出来ない子供のように飛び回ったので、所長が捕まえては窘める羽目になっていたのだが。そのうちデルウハはルーティンの中に埋葬作業を組み込み始める。毎日少しずつ片付けては、食事をし、食事の用意をし、眠った。そうして研究所の中が綺麗になったある日に、デルウハは研究所のある場所を訪れるのだった。所長が死んだ場所である。
 所長の体は爆散してしまったので、手にもてる小さな墓を手にしながら、デルウハは崩れ去った建物を見やった。死んだ場所は激しく火薬で燃えており、欠片さえ残っていない。己の死の現場を見ることになるとはと、所長は苦笑いする。きれいさっぱり肉が無いのが幸いだ。見苦しくは無く、瞬間に燃え尽くしたか四散して壁に貼りついたかであるが、取り囲む壁は幸いにも綺麗である。ああよかった、綺麗に死ねたのだと何故か安堵していると、デルウハがぽつりと漏らした。
 「あんたには何を供えればいい?」
 意外な一言であった。他の研究所員たちは手乗りの墓を供えて土に埋葬した。供える物は墓しかない。だがデルウハの気分次第で、所長には墓以外を供えてくれるというのだろう。悪魔のなんだか人間らしい心に、所長は小さく笑ってしまった。日本の風習では花でも供えてもらえれば嬉しいものだが、ここに花は無い。お気持ちだけで、と所長は呟いていた。だがこの世の物ではない呟きは、デルウハには届かない。結局墓をことりと置いただけで、デルウハはそれ以上何もせずにその場を立ち去った。ほんの気まぐれだったのかもしれない。だがそれでも、所長にはなんとなくその気遣いは嬉しかった。もう死んだからこそ、悪魔を恐れずに見る事が出来るのだ。貴重な機会であると、殺した本人に何故か感謝の意を寄せてしまう。それほど、ゴーストの立場は身軽で気楽だったのだ。デルウハが作ったモルタルに、息を吹きかけて固めてやろうとする悪戯を止めさせて、研究所にまた戻っていくデルウハを上から覗く。人間観察キットのようである。蟻で昔こういった観察を行ったなあと所長は懐かしくなった。
 デルウハがシャワーを浴びる為に、誰もいないがらんどうの研究所内を歩き出した時だ。激しい殺戮の結果であろう、彼の足元にガラスに混じって鏡が散らばっていた。ある程度破片は避けたが、薄い鏡である。何かの拍子に割れて落ちたのだろう。その鏡が視界に入ると、デルウハは違和感を覚えた。
 一度目は視野に入ったそのまま、危険は無いと流して歩き出そうとした。動物として無意識に周囲を探っていたのだ。だが本能が、いつもと何かが違うと脳に訴えかけ、立ち止まる。デルウハはもう一度鏡を見やった。どこにあった物だろう。職員トイレでもあったのか、誰かの使っていた手鏡か。一方的な殺戮であったものの、抵抗して物を投げて来た研究者もいたので覚えていないが、一枚の鏡がひび割れて鏡としての役割をほぼ成していない。だが、そこにデルウハ以外の人間がぼんやりと写っている。見慣れた緑のジャンパーである。所長だ。
 「は?」
 デルウハは所長が”いる”であろう場所に目をやった。鏡が反射している場所である。そこには誰もいない。誰もいるはずがない。だが鏡には、所長がなんだか慌てたような顔をして、ある方向を指差していた。前である。研究所の奥である。デルウハは咄嗟に走り出した。超常現象を疑う前に、咄嗟に所長を信じたのだ。その判断が誤っているかもしれないという可能性はあった。だが本能が咄嗟に駆け出した。というのも、デルウハを目掛けるように冷気とは違う、何か質量を持った気体のような矛盾を肌に感じたからだ。仇敵のイペリットではない。だがそれに似た、何か法則を無視した何かである。その何かに対する本能が、デルウハを走らせた。鏡が落ちているとそこに所長は映り込み、先導する。
 さてデルウハの背後にいたものは何だったのか? 所長から見たらそれは火球の集まりであった。火球が100体ほど集まり、まるで互いを吸い寄せ合うように団子になっている。それも巨大な団子である。体長は二メートルほどになっていた。所長が止めなさいと窘める言葉を、団子は聞かなかった。もう人ではない二重三重にもなった声で叫んだのだ。
 「うううううううるささささい」
 まずいと所長は思った。呪いや恨みが募り、まさか個々では無理なことを協力して成そうという。その質量を持った気体のような矛盾は、この世に残ったこの世の物ではない矛盾であった。人の顔をしたイペリットよりもぼこぼことした無数の顔を付けた体で、火球は皆残らず固まっているらしい。その小さな手足が絡まり合い、出来た幹のように太い足で、彼らはどてどてと歩き出したのだ。デルウハに向かってである。彼らは口々にデルウハへの恨み言を呟いている。所長は咄嗟に前を指差した。奥へ、奥へ走ってください。そう口では叫んだが、デルウハには届かない。だが鏡が偶然にもあった為に、デルウハは走り出した。所長は物理法則を無視して先回りし、鏡のようなガラスに一瞬だけ映りながら、必死に安全圏へと誘導する。
 その繰り返しで追いやられたのは、デルウハが作り上げた埋葬所であった。既に墓は人数分手配されている。正確には所長は爆散しているし、何名かの所員の命は失われているから、二百人全員が揃ったわけではないが、それでも無辜の研究員がデルウハによって無惨に殺された事実は変わらない。火球達は呪いを撒き散らしながら、じりじりとデルウハににじり寄ろうとする。デルウハには相変わらず見えない存在だ。だが、その異常な雰囲気は察知が出来ている。たった一人で暮らしているからか、異常にはデルウハは過敏になっていた。そうでなければ三食の飯が維持出来ないからだ。火球達が近付いてくる。デルウハを守るように、咄嗟に所長は間に入っていた。だが二メートルの巨漢である。もはや人間というよりもイペリットに姿は似ているが、敵わなくてもデルウハを殺させるわけにはいかない。それはデルウハへの情というよりも、研究所員たちへの情であった。死後ですら、人の心を失ってしまってはならない、そう考えていたのだ。
 埋葬所を踏み付けるような形で、火球達はのしのしと近付く。勝てる見込みは無い。だが所長は説得せねばならない。その時だった。
 「あ」
 火球の集合体の中で、小さな顔がぐりんと回った。ちょうど足で踏み付けたふくらみに反応したようだ。形は変わってもゴーストであるから、土を盛り上げた部分を踏んでも影響はない。だがその踏み付けた場所が、小さな顔には大事な部分だったようである。小さな顔は、塊からにゅうんと顔を伸ばして、そのふくらみに顔を寄せた。
 「ワタシ…わたし私」
 殺された研究員なのだろう。そしてその体がそこにあったのだろう。デルウハは一連の行動は分からぬが、先程走りながら手にした鏡をなんとなく反射させる。そこに、黒い靄の塊があるのが分かった。そして眉を顰めた。所長には全て見えているから、彼の視点を借りるとしよう。その彼女だったものは、その身を伸ばし切り、ぷつんと音を立てて集合体から外れてしまった。その穴がぽっかり空いている集合体は、何故か左右に体を揺らして動揺しているようである。まさか誰かが抜けるなどとは思っていなかったのであろう。だが構わずに火球は自分の遺体の近くにある物に触れようとした。質量があるので触れられはしないが、それはデルウハが用意した小さな手乗りサイズの墓である。
 「はか、墓ハカ」
 「おはか。ワタシの墓…」
 火球がおおんと鳴いたと思うと、墓を抱きしめるようにして泣き出した。その様子を見て、集合体の中にいる火球が、ひとつ、ふたつと体を抜け出して、自分の墓を目掛けて飛んで行く。集合体は次第にその身を崩していった。デルウハが見ている靄も、次第に小さくなっていったのだ。そうして、火球がそれぞれ自分の墓に縋りついて泣き始めた。火球になると思考能力が殺意に奪われてしまったのだろう、デルウハの恨み言ばかりを呟いていたが、今はどうだ。デルウハの作った小さな墓は、あまりにも火球を祀るのにちょうどいい大きさだった。ちょうど手でつかめるほどの火球なのだ。だから墓を抱えて、彼らは、火球はぼたぼたと涙をこぼす。どうやら丁重に埋葬されていたことが、荒れ狂う心の慰めになったようだ。幸いにもデルウハはすべての墓を作っていたので、家族の墓を探したり自分の墓を探すために、集合体は霧散した。火球は残らずその小さな墓にすがりつくと、訪れた死を理解し、恨みを持ち続ける事への嫌疑を取り戻し、人としての形を取り戻していった。
 デルウハには黒い靄が、次第に人間らしい二足歩行のかたまりになり、次々と消えていくように見えた。彼らは聞こえていないであろうデルウハに礼を言う。
 「ありがとう」
 そして埋葬に満足して成仏していった。デルウハはハントレス対策にこの埋葬を行っただけなのだが、火球達が質量よりも恨み節の塊であったことを最後まで知らずに終わっただろう。彼は結局、何が何だか分からぬまま、黒い靄が消失して言ったのを見届けただけなのだ。ただ異常は去った、それだけは分かった。
 今は鏡越しの所長しか見えていない。デルウハは手鏡に彼を映した。超常現象など信じる性質ではないが、ここまで来れば毒を食らわば皿までである。確かに写っている所長を疑っている時間の方が非合理であった。デルウハは話しかけることにした。
 「所長、あんたは俺の味方か」
 彼はこくこくと頷く。
 「さっきのは、あれは…」
 デルウハは考える。イペリットかと悩んだのだ。だが所長がここにいて、埋葬所で消え去ったのならばと推測を立てた。
 「もしかして、ゴーストか。俺に恨みを持った」
 こくこく。
 「あんたは逃がしたのか、俺を」
 ふるふる。所長は身振りで墓を指さした。これが効果を成したのだと言いたげに、にこにこと笑う。
 「ああ、結果俺は助かったんだな。もういないな?」
 こくん。所長は短く頷く。
 「じゃあちょうどいい、あんたの死に場所に何を供えてもらいたい? 作っておいてやる」
 そう語るデルウハに、所長は首を横に振った。
 
 「要らないのか」
 無欲というべきか意外というべきか。だが所長は、煙草を吸うジェスチャーをした。そのジェスチャーの三回目で、ようやくデルウハは煙草だと判断する。ああ、と呟いた。
 「ダイナマイトを供えてやろうか?」
 困り切った顔で、所長はふるふると横に顔を振る。
 「冗談だよ。あんたには世話になった。何か供えておく」
 所長はほっとした顔になる。そしてデルウハは所長に興味を持たず、シャワーを浴びに行ってしまった。その背を見送りながら、デルウハ殿らしいと所長は苦笑いする。所長も、しばらくすれば消えてしまうゴーストだ。五体満足の半透明の肉体はあれど、彼自身は長くは無いという予感がある。きっとこれは期間限定の復活であろう。一体どの神のもたらした、何の猶予なのかは所長には分からなかった。
 翌日にはもうデルウハはいつものローテーションを行っていた。モルタルを作り、終の棲家作りに外に出ているようだ。所長は何気なく自身の死に場所に行ってみると、そこにはやはり小さな墓が置いてあった。教えておけばよかったなあと所長が苦笑いしていると、その横に何かが置いてあるのに気付いた。それは、食料だった。
 「パンとサラミ…」
 貴重な食糧である。デルウハがそのうち回収に来るのだろうが、デルウハは所長に食べ物を供えた。まるでここにいるのは自分であるかのように。自分の空腹を満たしたら満足するという感覚が、他人にもまったく同じ物であろうと信じてやまないように。デルウハの行動原理を思えば、なんだかこれは随分と、所長に配慮してくれたものだ。所長は微笑む。
 「その御心遣いで十分ですよ」
 所長のゴーストは消え失せる前に、デルウハの作業所の近くに供え物のパン入りのかごを置いてやった。これが所長がデルウハにしてやれる最後の事だった。それを最後に、所長はふっと研究所からもこの世からも消え失せる。一方のデルウハと言えば、日課をこなして腹を減らしているときに、何故か置いた記憶の無いかごが目に入った。そして、あれは所長に供えたものだと早めに気付く。
 パンにサラミを挟んで、デルウハは自分の口にぽいっと投げ込む。元々所長がいなくなろうといようと、供えた後は自分が食べるつもりだった。ゴーストがデルウハに一矢報いんとばかりに毒でも盛っていなければだが、所長にそんな度胸は無いだろうと考えている。デルウハはサンドイッチを飲み込んだ。何の毒も無い味だ。 
 ゴーストになった研究員はデルウハに恨みがある。だが恨みがある者は体は小さく、丸く、火球のような姿
 所長は五体満足でゴーストをとどめていた。だが恨みがあると言っても、デルウハに直接触れる訳ではない。せいぜいチーズを腐らせようとしたり、邪魔をしようとしたりする程度だ。所長がふわふわと飛び回ってそれらをやめさせていた。
 ある日、研究員の死体を運び出して埋葬し始めるデルウハに、所長は不思議そうな顔で見守る。所長の体は爆散してしまったので、墓を置きようが無かった。所長の死んだ場所に足を運び、ついデルウハは漏らす。「あんたには何を供えればいい?」
 花でももらえれば嬉しいが、ここに無駄な花は無い。お気持ちだけでと思っていると爆発で飛んで来た鏡がばらまかれている所で、デルウハがそこに足を踏み入れると、真後ろに所長がいる。ふと視界に違和感を持って周囲を見渡すものの、誰も近辺にはいない。だが足元を見やると、そこには所長が写っていた(ゴーストは鏡に映る)その所長が必死に前を指さしていた。そのままデルウハは走り出す。何故なら、所長の後ろから火球の姿が団子のように固まっており、人の顔面を付けたイペリットよりもぼこぼことした顔の集合体が現れた。彼らは、口々にデルウハへの苛立ちと恨みを呟く。鏡のように見えるガラスでは安全圏を指さし、デルウハはそれに従って走る。その繰り返しで訪れたのは、デルウハが作り上げた埋葬所であった。既に二百人の研究員は埋めてあった。正確には、爆弾で吹き飛んだ者以外ではあるが。所長の墓はそこにはない。だがデルウハによって無辜の研究員が無惨に殺された事実は変わらなかった。埋葬所に来ると、火球たちの動きが鈍る。所長はデルウハを守るために間に立っていた。
 ふと、火球が自分の死体が埋葬されているのを見つけ、そこに小さな墓がある事に気付く。火球になると思考能力が殺意に奪われるのだろうか、あるいは人が掴めるほどの火球である、デルウハが作った小さな墓が、あまりにも火球を祀るのにはちょうどいい大きさだった。火球は墓を見つけると、ぼたぼたと涙をこぼす。どうやら埋葬され丁重に墓が作られてたことが、荒れ狂う心の慰めになったようだ。火球の塊からぼたぼたと火球がこぼれ落ちて、自分の墓や自分の妻の墓を探す。幸いにもデルウハはすべての墓は作ってあったので、火球は残らずその小さな墓にすがりつき、訪れた死を理解し、恨みを持ち続ける事への嫌疑を取り戻し、人としての形を取り戻していった。
 「ありがとう」
 聞こえていないであろうデルウハへの礼を口々に言い、彼らは埋葬に満足して成仏していく。デルウハはハントレス対策にしただけなのだが、火球達が質量よりも恨み節の塊であったことを最後まで知らないだろう。彼は鏡越しの所長しか見えていない。デルウハは女性研究員のものだろうか、手鏡を持ってきて所長を映した。そしてその後ろにいた、なんだかよくわからないが塊だったものが消え失せているのを確認したのである。
 「所長、あんたは俺の味方か」
 こくこくと頷く。
 「ありゃゴーストか。俺に恨みを持った」
 こくこく。
 「あんたは逃がしたのか、俺を」
 ふるふる。所長は身振りで墓を指さした。これが効果を成したのだと言いたげに、にこにこと笑う。
 「ああ、結果俺は助かったんだな。もういないな?」
 こくん。所長は短く頷く。
 「じゃあちょうどいい、あんたの死に場所に何を供えてもらいたい? 作っておいてやる」
 そう語るデルウハの手の中には小さな小さな墓もどきがある。所長は首を振った。
 「要らないのか」
 所長は煙草を吸うジェスチャーをする。そのジェスチャーの三回目で、ようやくデルウハは煙草だと分かった。
 「ダイナマイトを供えてやろうか?」
 困り切った顔で、所長はふるふると横に顔を振る。
 「冗談だよ。あんたには世話になった。何か供えておく」
 所長はほっとした顔になる。所長もしばらくすれば消えてしまうようなゴーストだ。何故か五体満足の半透明の肉体はあれど、長くは無いという予感がある。期間限定の復活であろう。これはどの神の何の猶予なのか分からなかった。所長が自身の死に場所に行くと、墓が置いてあった。小さな墓である。そこに苦笑いしていると、その横に何か置いてあった。それは、食料だった。
 「パンとサラミ…」
 貴重な食糧である。デルウハがそのうち回収に来るのだろうが、デルウハは所長に食べ物を供えた。まるで自分のように。自分の空腹を満たしたら満足するという感覚が他人にもまったく同じ物であろうと信じてやまないように。デルウハの行動原理を思えば、なんだかこれは随分と。所長に配慮してくれたものだ。
 「その御心遣いで十分ですよ」
 所長のゴーストは消え失せる前に、デルウハの作業所の近くに供え物のパン入りのかごを置いた。これが所長がデルウハにしてやれる最後の事だった。所長は消え失せる。デルウハと言えば、日課をこなして腹を減らしているときに、かごが目に入った。所長に供えたものだと気付いた。
 パンにサラミを挟んで、デルウハは自分の口にぽいっと投げ込む。元々所長がいなくなろうといようと、供えたら食べるつもりだった。ゴーストがデルウハに一矢報いんとばかりに毒でも盛っていなければだが、所長にそんな度胸は無いだろうと考えている。デルウハはサンドイッチを飲み込んだ。何の毒も無い。 
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