そもそもにこかいつか辺りの疑問から始まった。デルウハが所長といる時間が長すぎるのだ。打ち合わせがあるのだとしても、所長室に入り浸り、あるいは会議室に場所を移してさえ二人で会合を重ねている。ハントレスの性格などの聞き取り、好感度への対策を練っていた時であるから必然的に長くなり、答えを出すのに時間が掛かった。だがそれも全てハントレスの性質を利用した非人道的な行為を隠す為、またこの研究所の安寧の為である。二人が背負い込んだ罪と罰をどのように昇華し、より良い部隊となるべくの会合である。だがそれを、子供なりの純真さで見ると、何やらこそこそしているという風に映ったらしい。ただ、にこやいつかは軽い気持ちで言ったのだろう。よみは別にいいじゃない、そんなものと賛同しなかった。いちかも気にし過ぎではないかと言った。だが興味がその場に生まれてしまうと伝播する。特段子供間の伝播は早い。当初は興味が無かったはずのいちかも、むつも、よみも。みちも、なんだか急にその会合が気になって来た。
「あの二人何話すの?」
もっぱらハントレスの事である。だが当人らはそこまで考えは巡らせていない。
「聞いてみる…?…」
むつがおずおずと大胆な事を言い出して、よみが驚く。何でそうなるのよ!とよみが言うのにむつは体を震わせるが、いちかがそうかもねと賛同した。
「そうね。聞いてみればいいんじゃないかしら」
「はあ?」
「いいじゃん、イペリットも来てないし。あの二人の会話気になるし」
いつかが行こう行こうとよみの背を押す。押さないでよ!とよみががなるが、子供たちはぞろぞろと続いて向かうのだった。
探し当てたデルウハはやはり所長の隣にいた。また何か会話を交わしているが、会議室ではなく廊下である。誰に聞かれてもいいような無難な会話をしていた。食事の話である。
「レシュティを作るのにジャガイモが必要なんだが」
「ジャガイモですか。勿論生育はしておりますが…レシュティとは?」
「付け合わせだ。小腹が空いた時にでも…ん?」
デルウハはふと目線を感じた。ハントレス達の目線である。子供たちはただ興味で光る目つきで二人を見ていた。所長もその視線に気付いて首を傾げる。ハントレスを代表して、いちかがずいと二人の前に出る。彼女は険しい顔であるが、デルウハは敵意は感じないが身構えていると感じた。
「ちょっと聞きたいんだけど」
「なんだ」
予測がつかず、デルウハはまず疑問を口にする。いちか達が揃っているのが嫌な予感がするが、子供の行動は時に予測を超える。今日の疑問も予想外であった。
「二人って、よく一緒にいるけどなんで?」
「なんで…?」
デルウハは怪訝な顔だ。その答えは打ち合わせである。ハントレス対策の打ち合わせである。それをハントレスに直接伝える必要性は無い。だが小さな疑念は大きな波紋を呼ぶ事がある。イペリット戦の打ち合わせだと無難な言葉を告げてもいいが、子供の疑問がいずれ綻びになる事もある。何と答えたものかとデルウハは考えた。そこでふと、思い付いたのは少々突飛であるが、これ以上の詮索を避けられるものだ。何と言っていいものかと目線を寄越す所長の肩を、デルウハは掴んで、引き寄せた。え?と不思議そうな声が漏れるのを無視して、デルウハは言う。
「ああ、お前らには黙ってたが。俺と所長は恋人だ」
「はー!?」
さすがに予想された絶叫が聞こえる。ハントレスの絶叫は研究所内に響き渡り、所員も何事かと声の方を見やるほどだった。
「だから一緒にいる時間が長いんだ」
「は…いや、いやいやいや! 本気じゃないでしょ!?」
「本気だが?」
デルウハは極めて真顔である。嘘を言う時、人はかえって真剣な顔になる時がある。熱がこもる方が騙せると人間は自然と熱を入れる。嘘を塗り固める気概から人間はかえって気を張るのだ。きわめて淡々と告げる事が真実であることもある。だから所長の肩も自然に掴んだまま、デルウハは続ける。
「ほんとに? 嘘くさくない…?」
「何だ。お前らは人の恋愛観を馬鹿にするのか?」
デルウハは首を傾げて見せる。その顔は本当に不思議そうである。所長は青ざめているのか、戸惑っているのかデルウハの顔をじっと見つめている。その肩はがっちりと掴まれて動けない。だが無理矢理でもない。愛情表現であるかのように、がっちりと掴んで同意を求めている。所長は何も言わない。うかつなことを言えないと思って口を噤んだからだ。おまけにデルウハをじっと見つめているので、それがかえって真実味があるように見える。
「で、でも。出会ったの最近だし」
「最近だから問題でも?」
いちかの疑問をばっさりとデルウハは切り捨てる。
「そ、そうだね。そうだけど…」
「なんだ。俺が所長と関係があると、困るのかお前ら」
「ない…、ないよ」
そうだ、ハントレスには何も困ることは無いだろう。デルウハが同性愛者であろうと、その相手が所長であろうと、その日常に何の変わりもない。明日もイペリットがやって来て、ハントレスを率いてデルウハは前線に立つ。そこに性的嗜好が必要であるかと言えば、無い。今日も明日もデルウハはハントレスには頼れる隊長であり、悪魔である。所長はこの場をどう取り繕うか考え、打ち合わせもない中でどんな顔をすればいいか悩んでいた。
「所長」
よみが疑いの目を所長に向ける。デルウハは単調に淡々と告げるだけだろうから、ゆさぶるのであれば所長であろう。びくっと青ざめた顔をして、改めてデルウハを見やる。その目線は「余計な事をするな」という冷淡な物言いをしていた。分かっていますと言いたげに所長はため息を吐く。
「ほんとなの?」
「…ああ、いや。この年齢で恥ずかしいし、言うほどの事でもないかと思って」
「なんでデルウハなの?」
「なんで…って」
「俺が惚れたからだ」
「ええええ」
「何それもっと詳しく!」
子供らの興味にかえって火が点いてしまった。デルウハは面倒くさそうにしっしと手で追い払う。
「お前らに言う必要性は無い。さて、もういいだろ。疑問が解消されたら帰れ」
「えー」
「だってコイバナ聞きたーい」
「本当に興味あるのか?」
デルウハがそう尋ねるといつかは口を噤む。確かにそこでのろけが出て来られても困るのは彼女らだ。所長をぐいと引き寄せてくるし、このままキスでも目の前でされても困る。反応に困る。
「なんだ、何が見たいんだ」
デルウハは鋭くその考えを見透かしたらしい。だが想像はしてしまったものの、実際に目の前でキスされてもハントレス達は本当に困る。いいや!といつかが首を大仰に振った。見せられても困る。想像通りでは困る! ハントレス達は質問を打ち切り、そそくさと去っていく。残された所長は大きな息を吐いたが、デルウハに肩を掴まれていることを思い出す。離してもらおうと所長がデルウハを見上げると、かなり真剣な顔つきでこちらを見ていた。まさか本当に、こちらに好意を寄せているのかという懸念が浮かんできた。所長にはもちろん嘘であるという事は分かっている。
だが顔がいつになく近く、デルウハの考えなど所長にはよく分からないのだ。ひ、と思わず口から漏れる声すら飲み込むほどに、デルウハは顔を近付けてくる。
「で、デルウハ殿…?!」
「どうした?」
声音は優しいものだ。だが顔は怖い。声音だけが優しさを演出している。まるで誰かに見せるかのように、デルウハの顔が見えない位置から見られている事を意識しているかのように。
「デルウハ殿…」
「なんで青ざめる?」
優しい声である。そして所長の頬にやさしい指がかかる。なぞるように大切な物を触るかのように、まるで恋人のような触り方である。だが所長の顔は青ざめるばかりだ。デルウハの顔があまりにも、真顔だからである。だがデルウハの顔を見られるのは所長だけで、壁があるだけだ。だから誰かが覗いているのとしたら、デルウハの顔は誰にも見えないだろう。所長だけである。所長の目には、窺っているハントレスが壁際から顔を出していた。帰ったふりをしているのだ。だから所長はその隠れているハントレスをデルウハに伝えるべきか、見逃してデルウハを見るべきかどうか、悩んでいる。
「あ、あの」
やばい、とハントレスの誰かが呟いたのが聞こえた。デルウハにもとっくの昔に、その気配は感じられている。だがあえて無視をしている。ともかく今は所長に集中しているという芝居なのだ。所長は背中の向こうをちらちらと見ていて、デルウハには集中していない。
いいから演技しやがれ。デルウハの指はくっと、少々の苛立ちを込めて所長の顎を掴むと自身に向かせた。所長は否応が無しにデルウハを見上げる。その目は困惑と、苛立ちが直に伝わってきて怯えているが必死に目を見開いた。ここで怯えて閉じては恋人役らしくないのだ。だがそれでも、デルウハの顔が恐ろしくて恐ろしくて、きゅっと目を閉じる。それがキスでも待っているかのようで、ひゃーとハントレスの誰かが言った。その声が聞こえて、デルウハはゆっくりと怖い顔のまま振り返った。ハントレスには邪魔をされて怖い顔をしたと思ったのだろうが、所長からすれば怖い顔をそのまま彼女らに向けただけである。
「………おい」
「やば」
「何してんだクソガキ共!」
「逃げろ―!」
ハントレスが完全に散っていく。デルウハは所長から丁寧に手を離すと、逃げ去るハントレスを軽く追い掛けていった。一方の所長はへたりと壁にもたれかかる。ひょんなことから恋人役として担う役目が増えてしまった。共犯者として、同盟としてである中でもう一つの役割。なんというか、多大に困る。所長は大きなため息を吐いた。