「昨日も散々言ってたね~卒業式がやだとか。みんなと離れるの寂しいだとか」
 ミオワとフイタは散々ルルにそういった愚痴を聞かされたらしい。ルルは離れたくないよ~とカイガ先生に抱き着いた。
 「先生変わるの嫌だ~一緒に高校来て~」
 「あらあら」
 どっとした笑いが起きる。そういった純粋で天真爛漫なところがルルの人気につながっているのだが、まさか最終日までそうだとは思わなかった。何人かの女子生徒がつられて泣いた。
 「ルルちゃんに泣かれると、ちょっとな~」 
 「やばい、なんかつられるわ」
 そう言いながら目を開いたまま上空を見上げる男子生徒もいる。涙涙の卒業式であることは、学生生活が安定し安全で楽しいものだった証拠である。カイガ先生はほっとしたようだった。
 「よかった。皆さんの行き先は、きっと大丈夫ですよ。いい先生にも巡り合えます」
 「無~~理~~~カイガ先生以上は無理~~~!」
 ルルが駄々をこねると、カイガ先生も苦笑いだ。特撮同好会発足から、テロ発生時、それだけではなく普段から何かと気にかけてくれた優秀な先生である。イサミとスミスに告げていない夢も、カイガ先生には告げていた。だから進路も尽力してくれ、大好きな先生なのだが、本日でお別れである。
 「うえーーーん」
 「あんま、そう言いながら泣かないよね」
 わざとらしくルルが声を上げると、ミオワが思わず笑った。それにつられて何名かも笑う。和やかな雰囲気であったが、なかなか集団から抜けずに彼らは校庭でたむろした。そのうちグループによっては二次会に行くと言い始めたがルルは断ったのだ。
 「父親来てんだよね。んじゃ、また同窓会やろーね! ぜーったい誘ってね!」
 そう言うと泣いていたのはどこへやら、けろっとした顔で校門にいるスミスの所へ駆け出して行った。手には学校に置いていた私物や卒業証書を入れる筒がある。スミスは手を上げて、カイガ先生に気付くと頭を下げた。さようなら、大変お世話になりました。ご縁がありましたら、またどこかで会いましょう。カイガ先生はその一礼を返すと、そのまま職員室に戻っていく。最後まであまりべたべたとした距離感を持たない先生だった、いい先生だったなと腕を回してきたルルに言うと、うんと返って来る。だがすぐに娘の鋭い眼差しがスミスの中身をチェックするように射抜いた。
 「忘れずに持ってきた?」
 「も、もちろん」
 「よし。じゃあ行くからね。気合い入れてよね」
 腕に絡みつきながらも、娘は早く早くと言いながら校門の外へと走って行く。その後ろ姿を見送りながら、タカミが呟いた。
 「なんで来ないんだろ、ルルちゃん」
 「あ、知らない? あのね教えてもらったんだけど…」
 そう言ってミオワがタカミに耳打ちすると、ええ~と声を上げた。その秘密の臭いにつられ、思春期が聞きたがらないわけはない。フイタがヒワダに、タカミがタツジに教えるとなんだか目を白黒とさせる。
 「ルルちゃんち、お義父さん二人なんだけど。ずっと結婚してなかったんだって。だから、今日プロポーズするんだって!」
 他人事ながらうまく行く事を祈らずにはいられない。タカミが合掌したのを見て、ミオワが笑ってそれは違うでしょと窘める。子供たちの楽しい時間はまだ続くようだが、さて視点はフルリスト・サタケに移らなければなるまい。
 「今日アンタ卒業式でしょ? 行かなくてよかったの?」
 遊びに来ていたヒビキが尋ねると、イサミは棘を取りながらいいんだと返した。
 「卒業できるのは分かってる。だったらそれでいい。それに、親が来たら楽しめないだろ。スミスが迎えに行くし」
 「はーなんかたまにドライだねえ。あたしだったら、この子のイベントはなんでも行きたいけど」
 「だって仕方ないだろ。俺は、ルルの何でもないんだから」
 イサミはそう事も無げに言った。その言葉に怒りも何も込められていない。ヒビキは肩をすくませて、サタケとミユと左右交互に目を合わせる。だが黙々と働くイサミは、気分を害しているようでも無かった。だから余計に不気味なのだが。そうしているうちに。
 「やっほー!」
 ルルが店に入って来た。ほっとした空気が流れる。サタケが声を掛けた。
 「いらっしゃい」
 「お、制服着ててその筒って事はもしや…」
 「そ、卒業式! めっちゃ良かった。ルル泣いちゃった」
 「マジですかぁ、私泣かなかったなあ…」
 ミユがしみじみと呟く。どうやらそれぞれに卒業式の思い出はあるようだ。ルルだけ来たのか?と尋ねると、ルルは苛立たし気に振り返った。
 「スミス!」
 「や、やあ」
 「やあって、いつも来てるだろお前は」
 「いやあ、でも久しぶりだから…」
 ぎこちないスミスがおずおずと店に入って来た。その様子はいつにもなくおかしい。だがイサミは忙しいのかそんな様子に気にも留めずに黙々と作業を続けている。
 「それでその、イサミ?」
 「なんだよ。今作業中なんだ。手短に話せ」
 「あーその…」
 スミスは目線をつい店内に泳がせた。すると飛び掛からんばかりの猛禽類のような目をした娘と目がかち合う。ルルが鷹なら、スミスは小鳥だ。ひえという言葉を呑み込んだだけましである。それをごまかす為にえほんと咳払いし、覚悟を決めてスミスは小箱をポケットから出して片膝を着いた。土にまみれた手袋のイサミが、は?と動きを止める。これではまるでプロポーズのような。
 
 「イサミ・アオ。結婚してください」
 聞き間違いではなさそうである。その時、来客でニーナとボブがやって来た。いつものようにカミさんに花束をと言いかけた時、スミスの大きな声が店内に響き渡る。
 「ずっと待たせちゃって、すまない! ただ、言い訳になるけど親父が長期出張で帰って来なくて…親父と母親に了承を得るのに時間が掛かった。本当は10月に了承を得るつもりだったんだけど、それも出来なくって」
 「ああでも言い訳がましいな…とにかく! 結婚してください、イサミ! 俺と! 結婚してください!」
 
 イサミはというと。
 「はあ?」
 ぽかんとした顔である。これはまずいと察したのか、ルルは咄嗟にイサミの手を取った。そのまま引っ張り、スミスが差し出す指輪に手を伸ばすようにする。だが距離があった。なんで近付いてやらないんだバカ父! そう心で毒づきながらルルは受け取らせようと必死だった。その様を見ていたミユとヒビキがイサミを押す。距離は十分に近付いたところで、入れ替わりに背後にサタケが回った。がっしりと脇から手を入れて身動きが出来ないようにしたのである。そしてルルの尽力で、イサミのもともとの力を跳ねのけて、もうすぐ指輪に届く、届くと言う時だった。イサミが暴れて手を振りほどいた。
 「ええい、やめてください! 何してんスかぁ!」
 イサミのお説教モードである。思わず正座したくなるような圧迫感の中で、だってぇとヒビキはひとさし指と指を擦り合わせた。ミユも反省したように俯く。サタケは苦笑いだ。ルルは頬を限界まで膨らませている。
 「むーだって、イサミ受け取らないの!?」
 「あのなあ。…いいから、俺の意思に任せろ。いいな?」
 イサミはそう念押しした。まさか断るのかとニーナもボブも固唾を呑んで見守る。イサミはぽつぽつと喋り始めた。
 「お前は、いつもそうだ。大事なことは言わない。…まあ俺もそうだったけど」
 自嘲する。
 「俺は自衛官やってた時、人を見殺しにした。その時の罪があるから幸せになっちゃいけないんだとずっと思ってた。親も死んだのは、罰なんだって、ずっと」
 「……でもルルに出会った。お前に出会った。だから、俺の人生は変わったんだ」
 「イサミ、」
 「いいから話させろよ。俺は前に言ったろ? 俺は俺を好きな人が好きなんだって。トレーニングが趣味の人間でなんの面白味もない人間を、好きになるなんてお前位なもんだよ」 
 「諦めてた。多分俺とルルとお前が、本当の家族になる事なんてないんだってずっと、でも」
 
 「忘れてなかったんだな」
 イサミの声音には少々の涙が滲んでいた。スミスは見上げながらはっと目を見開く。
 「…遅ぇんだよ、バカ。……。もう一度お願いします」
 「結婚して下さい。イサミ!」
 「そんなバカでけぇ声出さなくても聞こえてるよ。…もちろんだ、ルイス・スミス。幸せにしろよ?」
 そう言い指輪を受け取ったイサミは、スミスに抱き着いた。そのままの体勢で、スミスはイサミを横抱きすると二人は感極まってキスをする。互いの顔だけが見られるように腕で隠して、互いの顔だけを見合って。その時背後から口笛と拍手が聞こえて来て、思わず全員がそちらを見やると、ボブが口笛、ニーナが拍手を送っていた。
 「こりゃめでたいな。いつもより花束奮発しなきゃな!」
 「おめでとうございます、本当に。おめでとう!」
 「あ、すみませんお客様なのに…!」
 申し訳なさそうに言うイサミに、ヒビキとミユが大きな大きな拍手を送る。
 「おめでとう! ほんと、おめでとう! 遊びに来た甲斐があったってもんよ!」
 「おmでとうございます!」
 「良かったな、おめでとう」
 サタケも拍手を送っている。だがすぐに私情を挟んでいる場合ではないとイサミが飛び降りて接客を始めたが、いいからいいからとミユが割り込んだ。だがそうはいかないとイサミも接客する。二人はいつもよりランクを上げたいと言うので、大きな花束を包むのだった。
 「有給溜まってるぞアオ。新婚旅行の日程は早めにな」
 「サタケ店長…!」
 「少ないけど、結婚祝いにして」
 「いいんですよ、ニーナさん。そんな…」
 「いいのいいの、私がしたいのよ」
 「うちはカミさんに渡すんだが、こんなに大きいと驚くぞ~。これも結婚祝いだ、取っといてよ」
 「勘弁してくださいボブさんまで…」
 「なあに、いつも丁寧に接客してくれるから。こういう時はなあ?」
 「そうねえ? 常連としては腕の見せ所だわ」
 ニーナとボブはそれまで話したことは無かったが、息がぴったりのままにんまりと笑い合った。やれやれと思いながらイサミは店の外まで二人をお辞儀して見送る。何故かスミスも立てというので、店員でもないのにお辞儀をしていた。
 「良かったね、ルルちゃん」
 ミユの声に、ルルは頷く。これからも家族の在り方は変わらないだろうけれど、きっとこれからも仲良くやっていけるさ。何せ十年間もイサミと一緒なのだから。ルルはイサミにぼそっと呟く。
 「おじいちゃんとおばあちゃん、お祝いして待ってるよ」
 「え?! お義父さんとお義母さんこのこと知ってるのか?!」
 「ルル知ってる。スミスが相談してきた」
 「お前~子供に相談するなんて情けないぞ!」
 「いやだって、相談っていうか報告だよ! 報告。もし失敗したらみんな立ち直れないから…」
 「ったく。俺信用ねえな…」
 イサミはそこまで言って笑った。その笑みに、スミスとルルもつられた。血の繋がりは無いにしても、彼らは確かに家族であった。仲の良い家族であった。フイタからのチャットである。成功した?と短い文章に、お気に入りのスタンプで「成功!」と送る。お祝いの言葉が友達グループから次々送られてきて、ルルは幸せを噛み締めるのだった。
 「あーこれは早退する流れだね!」
 「そうですね、後は私やるんで、どうぞ!」
 「許可しよう」
 「おいおい…」
 ヒビキのわざとらしい声に、ミユが乗っかり、サタケが許可を出した。甘やかさないで欲しいと思うが、今日ばかりはいいだろう。3月14日は、プロポーズの記念日となるのだ、これから。ルルはイサミとスミスの間に入り、二人の腕を取った。ぎゅっと握り締める。二人の体温が伝わって、何もしていなくても温かい。さあこれから忙しいぞ、とスミスが呟くのにイサミは笑顔を見せる。ルルはというと、満面の笑顔を見せていた。
まるで花のような娘の笑顔を見ながら、三人はこれからも人生の道を歩いていく。
 完
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