「到着だ、着陸するぞ」
ヴォックスは、VOXTEK社製の自家用ヘリコプターの自動操縦プログラムを操作する。
ヘリコプターが砂浜の上に着陸をすると、砂埃が辺りに巻き上がる。
――ガラガラ!
勢いよくヘリコプターの扉が開かれる。
「ふーん、なかなかいい島じゃない」
「こんな島、傲慢の層にあったの知らなかったぜ、ヴォクシィ?♡」
ヴァレンティノとヴェルヴェットは砂浜に足を付けると、広大な島を見渡す。
「前々から目を付けていたのさ、我が社でこの島は全て買い取らせてもらった」
ヴォックスもヘリコプターから降り立つと、彼は再びヘリコプターの機内の方へと振り返る。
「お手をどうぞ、プリンセス?」
そして、慣れたようにウインクをしながら、機内にまだ残っている彼女へ手を差し伸べる。
「あはは、ありがとう…」
彼女は苦笑しながらも、差し出された手を取りながら砂浜に降り立つ。
島を丸ごと買い取ったチームV一行は、VOXTEK社の新事業であるリゾート施設開設のために、購入した島に一足先に視察へと訪れていた。
「施設の建設予定地はどの辺だったかな?」
ヴォックスが問うと、彼女は持参していたタブレットを取り出して操作を始める。
「はい、ここから北東の方へ三百メートル程先のところ。そこにリゾートホテルとプール施設。それから、北西の方角へ七百メートル先の場所は、ゴルフ場の建設予定地になってます、CEO」
「そうか、ありがとう…というか、その…だな」
「?」
わざとらしく咳払いをするヴォックスを、彼女は不思議そうに見る。
「今は身内しかいないんだ。CEO呼びと敬語は…使わなくていい」
咳払いした口元に拳を置いたまま、彼女から視線を逸らしながら言うヴォックスに、彼女はハッと目を見開く。
「あ…つい、いつもの癖で…ふふ、わかった。ヴォックスがそう言うなら」
クスクスと小さく笑う彼女に、ヴォックスは少しムッとした表情になり彼女に視線を戻す。
「…何故笑う」
「ふふ、なんでもないよ、ごめんね」
「……簡易的だが、移動用の自動操縦車を持参している。それで移動しよう」
笑ったままの彼女にはぐらかされて、ヴォックスは少し不服そうに口をすぼめながら元来た道へ振り返ると、自動操縦車を取りにヘリコプターへと向かう一歩を踏み出す。
「そうね!そうと決まれば…わかるわね、坊や?」
「もちろんさ、ベイビードール…♡」
ヴェルヴェットが身に付けていたサングラスを指先で上に持ち上げてヴァレンティノを見上げると、彼も腰を落として目線を彼女に合わせると、上機嫌にウインクで返す。
「この海を独り占めするわよ~!」
「俺らだけでエンジョイだぜえ~!♡」
どうやら視察が目的ではないチームメンバーもいるようだ。
目の前にある、傲慢の層の空を映し出したような澄んだ赤い海に、テンションの上がったヴァレンティノとヴェルヴェットは顔を見合わせると、楽しそうにはしゃぐ。
そんな二人の言葉が聞き捨てならず、ヴォックスはヘリコプターへ向かおうとする足を止めて、二人の方へ振り返る。
「おいおい、ちょっと待ってくれダーリンたち?今日は視察が目的で来たんだぞ、わかっているのか?遊ぶために来たんじゃないぞ」
ヴォックスは、何故か持参しているパラソルやビーチチェアを既に組み立て始めている二人を、腕を組んでじとりと睨む。
「んなお固いこと言うなってえ~少しくらいいいだろ~?♡」
「そうよ、ここはもうアタシたちの島なんだから!」
「だから遊びに来たわけでは…はあ、まったく…君たち元から視察をする気はさらさらなかっただろう?最初から遊ぶつもりでついてきたのかな?ん?」
言い訳をするヴァレンティノとヴェルヴェットに、ヴォックスがさらに詰め寄ると、
「あ~ん!ベイビーちゃん!助けてくれよお、ヴォックスが俺とヴェルをいじめるう~!」
「えっ、えっ?」
「そうよダーリン!あのお固いテレビ頭になんとか言ってやって!」
「な、なんとか…?」
突然、二人はヴォックスから隠れるように彼女の後ろへ回り込むと、彼女に潤んだ瞳で泣きついてみせる。
泣きついているわりには、ヴァレンティノもヴェルヴェットもとても楽しそうにニヤニヤと笑いながらヴォックスを見ているが、その表情は二人の前にいる彼女からは見えていない。
「えーっと…」
彼女は困ったように笑うと、「誰がお固いテレビ頭だ」などとしかめ面でボヤいているヴォックスを見ると、ゆっくりと口を開く。
「す、少しくらいいいんじゃない…?実際にビーチの様子を見たり、海で泳いでみるのも、視察になると思うし…ね?ダメ?」
彼女は控えめな声色で言いながらヴォックスを見つめると、彼は視線を逸らして一瞬何かを堪えるような表情で目を瞑ると、大きく溜息を吐く。
「はあ~…仕方ない…」
そんなヴォックスを見て、ヴェルヴェットとヴァレンティノは「ほんとチョロすぎ」「ベイビーちゃんが絡むと途端にチョロくなるよな」などと、ニヤニヤしながら小声で喋る。
「そこ!聞こえているぞ!?…まったく。第一、海で泳ぐと言っても肝心の水着がないじゃないか。水着がないと泳げんぞ?」
ヴォックスが不服そうに言うと、ヴェルヴェットが「あらあら!」と突然声を張る。
「心外だわダーリン…アタシがいるのに、そんなことほざけるなんて…ねえ?」
ヴェルヴェットが指を一鳴らしした瞬間、ヴォックスとヴァレンティノは、パッと魔法がかけられたようにたちまち水着姿へと変身する。
「な…!」
「ワオ♡ヴェルこの水着すげー最ッ高~♡ありがと♡」
「どーいたしまして♪」
「ヴェルちゃん、すご~い!」
「当たり前でしょ?」
ヴァレンティノと彼女に誉められて誇らしげなヴェルヴェットは、視線を下ろして変身した自分の水着姿を見ているヴォックスにゆっくり歩み寄ると、口元を手で隠しながら彼の顔へ近付いて囁く。
「アンタあの子の水着…見たくないの?アタシが仕立ててやるって言ってんのよ?」
「!…」
つっかえたように、思わず「んぐっ…」と喉を鳴らすヴォックス。
ヴォックスは、モデルのようなポーズをいくつも決めるヴァレンティノの水着姿を、拍手を交えながら笑顔で褒める彼女に視線を向ける。
「…」
少しの沈黙の後、
「…み、見たい」
「ええ~?聞こえな~い!」
消え入りそうな声のヴォックスに、ヴェルヴェットはわざとらしく片手を耳に添えてみせる。
「見たい、です…」
先程よりもほんの少量大きくなった声で言うヴォックスを見て、小悪魔な笑みを浮かべるヴェルヴェット。
「…お願いしますヴェルヴェット様」
「…は?」
「お願いしますヴェルヴェット様、はあ~?」
「…ああ!わかったわかった!お願いしますヴェルヴェット様!」
実に楽しそうな様子のヴェルヴェットに弄ばれているとわかっていながらも、彼女の水着が見たい欲望には変えらず、ヴォックスはやけくそになって叫んだ。
「ふふん♪よろしいっ♪」
「…はああ~…」
そもそも視察が目的で来たのだから、遊ぶことを咎めるという、まっとうな行いをしただけなのに、何故ヴェルに頭を下げる羽目になっているのかわからない、まったくもって俺の人生はクソだ…。
ご機嫌な足取りで彼女の元へ向かうヴェルヴェットの背中を見ながら、ヴォックスは深く溜息を吐いた。
「ささ!アンタはこっちにいらっしゃいな♪」
ヴェルヴェットは彼女の両肩を掴むと、ぐいぐい押しながら停めているヘリコプターへと彼女を連れて行く。
「え!ちょっと、ヴェルちゃん?」
「アンタに似合う超かわいい水着、繕ってあげる♡」
「本当?」
「アタシに任せな」
「ヴェルちゃんに仕立ててもらえるなんて…すごく嬉しい!」
「アタシもアンタの水着仕立てられるなんて光栄よ、ダーリン♡」
二人は楽しそうに会話をしながら機内へ入っていくと、ヘリコプターの扉は閉められた。
「…」
「…」
男二人取り残されるヴォックスとヴァレンティノ。
「はは!まったく…水着ごときであんなに浮かれて!ヴァル!君も浮かれていたようだが?水着なんてただの水中のための衣服!泳ぐための運動着、スポーツウェアじゃないか!」
さっきまでのあんなに見たいと懇願していた様子はどこへやら、両手を腰に当てて堂々とした立ち振る舞いで、さも気にも留めていないというような態度のヴォックスを見るやいなや、ヴァレンティノはニヤ~と笑みを浮かべながら、彼の肩に片手をそっと置く。
「一番浮かれてんのはお前だろお~?知ってるぜ?お前は今ベイビーちゃんの水着が見たくて見たくて疼いてる…当たりだろ?全部バレバレだかんな、ヴォクシィ~?♡」
「…」
図星を突かれたヴォックスは、無言のままヴァレンティノに言い返す言葉を探していると、ヘリコプターの扉がカラカラと静かに開いた。
「!…」
ヴォックスはハッとしてヘリコプターの方へ頭のモニターを瞬時に向ける。
「…」
そしてヘリコプターから降り立つ彼女の姿を捉えると、ヴォックスは大きく目を見開いて、息を呑んだ。
「じゃじゃ~ん!どう?かわいいでしょう?」
「…えへへ」
ヴェルヴェットが満面の笑みで自慢げに広げた両手の先にいたのは、恥ずかしそうに顔を赤らめて立っている、水着姿になった彼女だった。
この地獄の真っ赤に染まった海とは違う、生前に見た懐かしさを覚える碧色の海のような、淡い色のビキニの水着で、胸元は三段に連なった黒色のフリル、下のパンツラインにも同色のフリルが施されており、上着には黒いチュール素材のシャツがあしらわれていた。
「お~!いいジャン♡すっごく似合ってる♡」
ヴァレンティノはヴォックスの肩に置ていた手を離すと、ヴェルヴェットと彼女の元へと歩み寄り、彼女の水着を褒めた。
「嬉しい!ヴァル、ありがとう!」
「さすがだなヴェル様♡俺らをよくわかってらっしゃる♡」
「当然でしょ?」
自らも水着姿になったヴェルヴェットは、腕を組んで目を閉じるとえへんと自慢気な仕草をする。
そして、目を開くとたちまちニヤっとした表情になり、彼女の両肩に手を置くと、彼女の顔を覗き込む。
「この子がこの色を基調とした水着が良いって言ったのよ…誰かさんのモノです♡ってアピールでもしたかったのかしら?」
「へ!?」
「あ~ん…?なるほどなあ…?ベイビーちゃんも、案外隅に置けねえなあ?♡」
「アピールって、アタシたちしかいないのにねえ~?」
「ちょっと!違う!そんなんじゃないってば!二人ともヴォックスに聞こえちゃうからやめて…!」
ニヤニヤしながら面白がってからかう二人を、彼女は顔を赤らめながら慌てて小声で制止する。
「…」
彼女の水着姿を一度目にしてからというもの、ヴォックスは一向に開いた口が塞がらない状態でその場からまったく動かずに立ち尽くしたままでいた。
「…はあ」
遠くの方に突っ立ったままのそんなヴォックスを見たヴェルヴェットは、呆れたように小さく溜息を吐くと、ズンズンと彼の方に歩いて行く。
「おら!ヴォックス!来な!」
ヴェルヴェットはそう怒鳴ると彼の後ろに回り、両手で彼の背中を前へ押しながら彼女とヴァレンティノがいる方へと押していく。
「!…あ!?ちょっ、おい!ヴェル!?」
そこでようやくハッと我に返ったヴォックスは、慌ててヴェルヴェットの方を振り返ろうとするが、彼女に後ろから押されるがままになっている。
「ヴァル!」
ヴォックスを押しながら、彼の後ろから顔を出すと、ヴェルヴェットはヴァレンティノの名前を叫ぶ。
「うわ!ヴェル!待て…!」
そして、最後に勢いよくヴォックスの背中を前に押し出すと、彼はよろめく足取りで前に数歩ほど進んでいく。
「!…ンフフ♡は~いっ♡」
ヴァレンティノはその呼ばれた意味にすぐに気付くと、隣に立っていた彼女の背中に片手で触れると、グイッと前に押し出す。
「わっ!?」
「受け止めな♡ヴォクシィ♡」
「きゃっ…!?」
「おい!危なっ…!?」
彼女もまた急に押し出された反動で、前へよろめきながら進むが、途中で躓いて転びそうになったところをヴォックスに抱き留められる。
「あ…」
「!…」
彼女は、抱き留めてくれたヴォックスの方を見上げると、彼と目が合う。
抱き締められて、目と鼻の距離で無言で見つめ合う二人。
水着同士なので、直接肌が触れ合い、お互いの熱を直接感じる。
「…あの、ご、ごめ――」
「かわいい」
少しの沈黙の後、彼女は謝ろうと最初に口を開いたが、それをヴォックスが遮った。
「え…?」
驚いて見開かれた彼女の目には、少し照れたような表情で、真っ直ぐに彼女を見据えるヴォックスが映る。
「かわいい…かわいいな、すごく」
「!」
「すごく…似合ってるよ、綺麗だ」
…もっと気の利いた誉め言葉を言うつもりだったのに。
ヴァルと二人で待っている間に頭の中で考えていた、完璧な台詞とシュミレーションが、彼女の可憐な水着姿を目にした瞬間、全てが真っ白になってしまった。
子供でも言えるような、本当に素の気持ちのままの言葉が、考えるより先に声に出てしまった…何もかも失敗だ。彼女の前では常に完璧でいたいのに…彼女に呆れられてしまっただろうか。
ヴォックスは心配するような目付きで彼女を見ると、彼の予想とは裏腹に、彼女の表情はみるみる明るくなると、顔を赤らめながらも満面の笑顔になる。
「えへへ…ありがとう。いつもみたいにキザなカンジで褒めるのかな?と思ってたら違った…ヴォックスの思ってることをそのまま伝えてくれたカンジで…なんだかすごく嬉しい、ふふ」
「!…」
こんな何のひねりもない自分の誉め言葉を、すごく喜んでくれる彼女を見て、ヴォックスの気持ちはみるみる込み上げてくる。
完璧じゃない自分のことも全て受け入れてくれる彼女に、ヴォックスは尊さと愛おしさを強く感じた。
そんな二人のやり取りを見て、ヴァレンティノとヴェルヴェットは顔を見合わせる。
「よーし!こんなイチャイチャしてるヤツらはほっといて、泳ぎに行くわよー!」
「イエ~イ♡」
ヴェルヴェットの上機嫌な声に、ヴァレンティノも答えると、二人は軽快な足取りで海へ駆けていく。
「おい!お前ら待て!だ、断じて!イチャイチャなどしていないぞ!」
海へと走り去っていく二人の背中に、ヴォックスは怒号を浴びせるが、届いていないようだ。
「まったく…」
「…」
やれやれとヴォックスは目線を彼女の方へ戻すと、彼女の顔は赤くなっていた。
「…あっ」
そしてヴォックス自身もまた、彼女をまだ抱き締めていたことに気付くと、触れていた手を離す。
「す、すまん…」
「ううん…」
二人きり砂浜に取り残され、お互い立ち尽くしたまま、しばらくの間沈黙する。
「…えっと…」
この何とも言えない気まずい沈黙を最初に破ったのは、彼女の方だった。
「…ヴォックスも…似合ってるよ、水着」
「…え」
沈黙を破った彼女の言葉が、あまりにも唐突で衝撃的すぎて、ヴォックスは彼女の方を見て思わず聞き返してしまう。
彼女は顔を赤らめながら、ヴォックスの方を見上げると、
「…かっこいい」
聞こえるか聞こえないかぐらいの声でポソリと囁いた。
「…~~ッ!」
嬉しさと喜び、そして彼女があまりにも可愛すぎて…ヴォックスは内心、彼女への愛しさが爆発寸前で混乱していて、何を言ったらいいのかわからなくて、口に出す言葉に詰まる。
「…あ」
それでも何か言おうとヴォックスが口を開きかけた時、彼女に手を握られる。
「…行こ!私たちも泳ご!」
彼女はヴォックスに笑いかけると、彼の手を取り、ヴェルヴェットとヴァレンティノを追うように砂浜を走り出す。
「…はあ」
…参ったなまったく、今日は防水性能付きの頭で来ていないというのに…。
「…少しだけだぞ、午後からは必ず視察を行うからな」
ヴォックスは、やれやれと溜息を小さく吐くと、彼女に手を引かれたまま小走りで海へ駆けていく。
…このまま海で溺れて頭が故障するのはごめんだが、私の全てを受け入れてくれる君になら溺れたい…いや、もう手遅れかな。
終わり♡
文章チェックも終わりました!