「ハルはどこよォー!」
 ヴァニタスがまた吠えている。その騒ぎを聞きつけ、カワダは急いで上司であるキングの元に走り出す羽目になるのだった。
 
 「ヴァニタスがお呼びです」
 「どうして」
 ハルは怪訝な顔をしていた。大抵のヴァニタスの要求は決まっていて、自分に相応しい美しい適応者を連れて来いと言うのだ。だからこの前、つい先日になったばかりの頃にハイデマリー・バロウという関連会社の社員を引き抜いて引き合わせた。彼女は多少素直で辛辣であるが、車の運転には一目置くドライバーであったし何より優秀な社員である。定年を迎えて再雇用を目前としたハルが担当するよりも、ハイデマリーに後任となってもらえれば助かる。その思惑で引き合わせたのに、ヴァニタスは彼女を認めなかった。
 「いやよ、こんなちんちくりん」
 「人間は君から見たら等しく小さいだろう。そう邪険に言う物じゃない」
 「何よコイツ…」
 「ハイデマリー」
 ある意味気が合いそうな二人だとキングは思った。ヴァニタスもハイデマリーもその言葉には遠慮がない。だからうまくやっていけると思うと言い残し、二人の気が合うまで引き合わせてそれから定年退職の話に移ろうというキングの算段だったのだが。
 「ヴァニタスは気に入らんのか…」
 ハイデマリーの件であれば、時間を掛けてくれと頼むつもりだった。だからキングは身なりを整えるとすぐに階下に降りていく。巨大なショーケースの中にヴァニタスはいる。そこでぷりぷりと怒っているようだ。
 「どうかしたか、ヴァニタス」
 「ああハル。ねえお願い聞いてくれない? あのドイツ女の事はまだ決めてないの、決めてないんだけど。どうしっても会いたいのがいるのよ」
 「会いたい?」
 キングは眉を顰める。ヴァニタスは日がなこうしてショーケースの中で、ビルの壁一枚隔てた向こうの道行く人々を眺めるか、社外のイベントで駆り出されるかの存在だ。積極的に外部と交流がある生活ではない。だがそれでも会いたいのは誰の事だろう、キングが問うとペシミズムと返って来た。知らぬ名である。
 「もう少しヒントをくれないか」
 カワダはキングから仰せつかって、ヴァニタスの探し人の特徴を聞き出していた。キングは来賓の予定があり、外せなかったのだ。ヴァニタスの言う特徴はどれもこれも浮世離れした、まるでこの世にないスーパーロボットを描いているような気分であった。緑のチューブに覆われた体、小さな手、細長い腰に突然膨張したように膨らんだ裾野。いやこんなロボットがいたら、すぐにニュースになっている。
 「頼むから、例えば車種とか車体の色とか…あ、そうだ。ナンバーは!?」
 カワダが探す手段があるとしたら、車としての形態であろうから必死である。だがナンバーだけ教えられても、この日本だけでもどれだけの車があると思っているのだと、キングをこっそり恨んでみる。するとヴァニタスはああ、と何かを思い出したように呟いた。
 「ナンバーは分かるわよ。あと所属も」
 「それが大事じゃないか。教えてくれ、むしろ所属を教えてくれ!」
 これで出張し、まさかの車探しに走らなくても済むとカワダは安堵する。ヴァニタスはカワダのいる部署で解析を任された高性能AI搭載車両である。意思がある為分解も出来ず、徐々にその能力を解析しているのだがこれは終わるのか分からない。いっそ眠らせたところを、と考えるがAIは眠らないのだ。そのため、同じ高性能AI車両であれば手が出るほど情報が欲しい。ペシミズムも同じ種類なのだろうとカワダはぴんと来ていた。聞き出した所属は新潟市内の会社である。調査するに、HPにある主な業務は土木だが幅広く展開し、除雪車の貸し出し画面にあるページでは明らかに通常の車両と違う巨大車両、除雪兼粉砕車の写真が載っている。これがペシミズムなのだろう。さっそくアポイントメントを取ることにして、カワダは出張の許可書を作成に掛かった。まだキングは来賓との打ち合わせから戻ってこない。それまでにペシミズムの事を調べておいて、その上で出向くつもりのようだ。
 こういった高性能AI搭載車両については、電話だけの対応は不審がられることが多い。直接顔を出し、意思を見せなければならないのだ。カワダはペシミズムの動く動画などがないか探したが、とくには見当たらないのでぶっつけ本番である。幸いにも新潟はまだ雪は降っていないし、粉砕機の方で活躍しているのだろうか。何はともあれ、現地調査だ。キングが戻って来たので、カワダは出張許可書を印刷に掛かるのだった。
 「ペシミズムを借りたいって人がいるんだけどさ」
 ミユは電話で同級生と話をしていた。ペシミズムが所属する会社に所属し、運転手を務める男性である。
 「うん、ペシちゃんを借りたいんだ。それがどしたの?」
 「それが、東京だっつーんだよ。社長は金もらえりゃあオッケー!みたいな人だからなぁ、また出張」
 「それは…お気の毒に。運転していくんでしょ?」
 「そうだよ。新幹線とか飛行機なら俺も納得するんだけどさー俺が乗ってそんで俺が乗って帰るの。やってらんないよな」
 「ペシちゃん、何か言ってた?」
 「うら悲し…だってさ」
 「あはは、それっぽいなあ」
 ミユは笑う。故郷は東北だが、彼女は単身で上京しているのだ。だから同級生も電話をかけて来たのだろう。
 「そんでさ、カトウ。もしその日暇なら、会えね? ごはん、美味しい所教えてよ」
 「えっ。え、えっ!? それ本当に言ってる?」
 「そうじゃなきゃカトウに掛けないって! この前は社長がキャバクラだの行くけど、食事はチェーン店の居酒屋でさ~。まあどこでも食えるって感じのだったんだよね。カトウ、紹介してよ」
 「え、ま、もちろんいいけど…」
 「おっし、じゃあまた今度な!」
 その後三言ほど交わして電話を切った。ミユは思わずスマートフォンの画面が本当に切電したのか、何度も確かめる。そうして切電されてると確認するやいなや、よしと大きなガッツポーズを決めるのだった。ミユが上京して早十一年ほど経つ。フルリスト・サタケに入店してからずっと同じところで働き続け、特に問題は無いが婚活…というのか。私生活について両親が口出すようになってきた年齢だ。自分で相手を探しに出向いたりしたものだが、植物オタクとしての己を出すと途端に距離を置かれてしまう癖があった。そのせいで結婚などは諦めようかと言い聞かせて来たが、まさかの同級生である。いや待て、まだ意識しているとは限らない。だが同級生は植物が好きな事を知っているし、いやでも。
 「ペシちゃんがいたら聞いてもらうのに!」
 先輩のヒビキに相談しようか。いやでも最近妊娠が判明して、体調がしんどいと言っていた。悪阻があるらしい。いつの間にかヒビキも結婚し、イサミもルルを育てていて独り身は世間に流されるようだが寂しさはある。おしゃれしようとミユは決心した。大人だって、少々背伸びしたっていいのである。
 ペシミズムが搬入されるようにやってきたのは、ヴァニタスのいるビルの手前の道路だった。ヴァニタスのライトがちかちかと光る。このままでは彼女はライト全てを光らせるのではないかとカワダはこわごわと見つめていたが、今の所大人しかった。予定時刻まであと30分だが、道路の交通量次第だと告げても、ヴァニタスは道路を見つめているようだった。カワダは腕時計と、先方に聞いた出発地点を頭の中で反芻する。
 「ヴァニタス。早く来るかもしれないが、どう頑張っても見積もって20分は」
 「いいの。あたくしが待ちたいの」
 こうなるとヴァニタスは頑固である。だがどこか今日のヴァニタスは恋する乙女のような、どこかそわそわとしてうきうきとして、可愛らしささえあった。待ち人はそう簡単には来ない。そう覚悟しているうちに時は平等に流れ、一台の大きめな車がビル街の道路に入って来た。ああ、とヴァニタスが声を上げる。
 「あれよ」
 カワダがビルの向こうを見やると、確かに実際に会ったペシミズムであった。ビルの前に停まった途端、ヴァニタスはロボットへと変形する。きらびやかな金色を纏った、まるで天使のように腰に羽を付けた人型へと。そのままヴァニタスはペシミズムに抱き着こうとして。
 「ペシミズム~! 会いたかったわ、へぶ!」
 ガラスにぶつかった。
 
 ああ…と何とも言えない空気が場に流れる。カワダは、いつもガラスがあるのは分かっているだろうにという言葉を呑み込んだ。ペシミズムが思わず口にしていた。
 「うら悲しい。ガラスにすら気付かぬほど、ヴァニタスは耄碌してしまったのか…」
 「ちっがうわよ! センサーはちゃんと異常を警告してたわよ。でもいいのペシミズム。ここに囚われてるあたくしも、それは別の美しさがあるじゃない?」
 「人聞きの悪い言い方しないでくれ、ヴァニタス。出られるようになってるんだから」
 カワダの所属する会社のビルは持ちビルで、ドアは大型車両が通れるほど巨大な物である。ヴァニタスの給油や移動に使われるのだが、流石にペシミズムを中に入れるわけにはいかないのでヴァニタスが外に出ることになった。ふわりと巨大な鉄の塊が浮きながら移動するのは壮観だ。広すぎるロビーは時にこうして役に立つのだと、初めてカワダは思った。
 「あまり長い時間の逢瀬とはいかないからな。交通規制に引っかかる」
 「分かってるわよ」
 「というか、既に目立ってる…!」
 ここはオフィス街だ。人通りも多い。既にヴァニタスを珍しがってスマホを向けている往来する者はたくさんいた。カワダはああ困ったなと頭を抱えたが、ヴァニタスとペシミズムは素知らぬ顔だ。同級生とミユが乗っていたのだが、降りてやってペシミズムもロボットに変形すると抱き合う。ロボット同士の逢瀬なんてロマンチック…ロマンチックかな? ミユは同級生の顔を見やると、同じことを考えていたのか首を傾げていた。かくして一時的にSNSは騒がしくなったが、結果的にヴァニタスの知名度がキングの会社の知名度に直結したので総合的に良しとなった。
 「ああ、でも頼むから二度目はちょっと…静かなところで…」
 ビルの前に設定したのは間違えたらしい。カワダが頼むと、ヴァニタスはいいわよと了承した。彼女はもう車の姿に戻っている。
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