天導天使の疑念が晴れるのを待つことなく、事態は進んでいった。
「計画の進捗は?」
「……はい。創造維持神からの苦痛シグナルの段階的除去及び、偽装信号の流し込みは順調に進んでいます。このまま計画が進めば、外部から特定の信号を流し込むことである程度とはいえ神の機能をコントロールすることが……」
 そこで天導天使は言葉を切った。次の言葉がつかえている。
 言わなくては、という義務感ではなく、これ以上疑念を抱え込んでいられないという切迫感から、ついに天導天使はその言葉を口にした。
「――あなたは」
 上級天使は何も言わない。静かに天導天使の次の言葉を待っている。天導天使がその言葉をいつか口にすることが分かっていたかのように。
 ただその紅い双眸をじっと天導天使に据えたまま、上級天使は天導天使の言葉を待っている。
「あなたは本当に――本当に神を、世界を救おうとしているのですか?」
「それこそが我々マルクト教団の目的だ。私も、お前も、そのために活動している。今さら何を疑うことがある?」
 そう返す上級天使の表情は、組まれた両手に隠れて伺い知れない。
「……確かに、創造維持神の歪曲修正率は確実に低減しています。社会で頻繁に見られるバロックもそれを裏付けていると言えるでしょう。神の機能を回復させるために外部からの介入が必要だということは理解しています。しかし……」
「しかし?」
「あなたのやり方はあまりに神への侵襲度が高すぎます。神に神経節(コード)を繋ぎ不十分な機能を補うのはまだしも、苦痛のシグナルを取り除き偽装信号を流し込むなど……あまりにリスクが高すぎる。コリエル・メンバーの一部が言うような信仰の問題ではありません。場合によっては神の機能不全を引き起こす危険性すらある! それを……」
「お前は、神がいまだ正常な機能を保っていると思っているのか?」
「え……」
 上級天使の言葉に、天導天使は思わず絶句する。それに構わず、上級天使は言葉を続けた。
「お前は、この歪みに満ちた世界が、本当に正常な機能を保っている神によって支えられていると思っているのか? 神が正常なら、なぜこれほどまでに世界は歪みに満ちているのだ? 誰もが上に寄って救われていないのはなぜだ?」
 天導天使は答えなかった。否、答えるまでもなかった。それは天導天使もよく理解していることだったからだ。
 だからこそ天導天使は、自身の知識と才能を注ぎ込んで神を、この世界を支えていくという道を選んだのだ。だからこそ天導天使は、上級天使に協力し、コリエル・メンバーから反対されながらも神への積極的な介入を行っていたのだ。
 しかし――。
 何かがズレている。歯車が噛み合っていない。
 目的を同じくしていると思っていたはずの上級天使の行動は、やはりおかしい。
 上級天使の計画している神への介入は、「低下した神の機能を補う」という範疇を明らかに超えている。
 そう、まるで、衰えた父王を排してその王座を奪い取ろうとしているかのように。
「神の機能不全がこれ以上進行するのを、我々は指を加えて座視しているわけにはいかない。神が『世界の歪みの修正』という機能を全うできなくなる、その前に……」
 かすかな音を立てて上級天使が椅子から立ち上がった。その表情は――。
 その表情を天導天使は、笑みだと認識できなかった。ひび割れた仮面に見えた。
「代わり(・・・)を用意しておかなくてはな」
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