ルルの同級生が連れ去られるという事件から三日後の事だった。渦中のヒワダとはチャットを通じてルルは会話をしているようで、夕食の時には今日も話をしたとか、通話したとかという会話がイサミとスミスが振らなくてもルルの口から出て来る。さすがに三日では彼女の心の傷も癒えまいと、学校は休んでいるようだ。だがイサミとスミスには、同じ子を持つ親としてヒワダの安否も心配しているが、同時にルルの元気が無い事も心配していた。いつもの元気な様子であれば、ルルは自分から友達の事など話さない。それどころか知られるのも嫌がるだろう。少しだけいつもの心のレベルが落ちて、親に何でも話したくなっているのだ。まだルルは、子供と大人の境の年齢である。成人が同世代を力を持って連れ去れるなど、ショッキングな事件であったから、スクールカウンセリングも検討した方がいいんじゃないかとある晩イサミはスミスに相談した。その日のルルは本当に元気が無くて、学校を休んだのだ。ミオワがプリントを持って来てくれたので、顔を出した時は元気そうだったが、それでも部屋に引きこもるでもなくリビングでぼうっとテレビを眺めている。空手教室の日だったので、その稽古には行った。だが想像以上に張り切っていて、師範に落ち着くように窘められたので、イサミはより心配を募らせたらしい。スミスは仕事でいなかったから、スミスに真っ先に相談した。ルルの父親は実質的にもスミスだ。だからスミスに、ルルの事を隠したくない。イサミの口から事件の概要は伝えてあるし、その日はルルの祖父母が泊まりに来たので事情も深く知っただろう。あの日の影響だと、イサミは確信している。相談を受けたスミスもそうだろうと思っているようだ。
 「カウンセリングが必要だろうな。やっぱり。だって怖かったはずだ、ルルも。ヒワさんの相談を一人で受けてたみたいだし…」
 子供の手に余る問題でも、子供同士でしか触れられない痛みがある。大人には触れず癒せぬこころの痛みがある。それは自分もそうだったからと頭で理解していても、大人で保護者の自分が必死にルルの痛みに寄り添おうとする。イサミの焦りはスミスにはよく分かり、それを聞いてスミスはなんだか嬉しくなっていた。にこにことしていたのを、小突かれる。
 「何笑ってる」
 「いやごめん。イサミがルルの親になってくれたのが嬉しくてさ…」
 「前からそうだろ。で、どうする?」
 ルルはもう風呂を済ませて眠っている。明日も学校に行けるかは分からない。その中での大人の相談だ。スミスはふむと考え込むようだった。
 「俺に話をさせてくれないか、イサミ」
 「話? いいけど…って、ルルはお前の子だからな。ルイスに任せるよ」
 「ありがとう。全部は伝わるか分からないけど、俺が出来ることをやってみる。それが無理ならプロに任せよう。俺達だけで抱えちゃダメだ」
 「そう、だな。…少し心配し過ぎたかもしれない」
 そう自嘲するイサミに、スミスは思い切り自分に寄せて抱きしめた。
 「いいんだハニー。君の心配はルルに伝わってる。…愛してるよ、君と出会えて俺も、ルルもきっと嬉しい」
 「大袈裟な」
 そう言いながらも伝わる体温は自然と安心を齎してくれる。イサミもスミスの背に手を回して、安堵したように息を吐いたのだった。
 さて翌日のことである。ルルは本日も休むと言うので、イサミもスミスも了承した。カイガ先生も事情を知るだけに、無理なさらないようにと言うだけだ。勉強なんていつでも取り返せばいい。イサミもスミスもそう考えてる。ルルは受験生であるが今はまだ夏前だ、数日で遅れて戻らないようならそれは仕方がない。それよりも心の傷である。ソファーで膝を抱えてぼうっとしているルルに、イサミは皿洗いを終えると出勤していった。スミスは在宅である。だからルルと二人きりだ。イサミはスミスとアイコンタクトを取ると、後を任せるつもりで家を出た。ルルは何も発さず、今日の新装開店した有名パン屋のニュースを眺めている。スミスもそのニュースを眺めながら、スタジオで起こる笑いに素直に笑い声を上げたりして楽しんでいた。ルルも小さな笑い声を漏らす。その時をスミスは見逃さず、体を娘に向けた。
 「ルル、聞いて良いか?」
 「…? うん」
 「ありがとう。ルルが欲しいもの、今あるだろ。当てて見せようか?」
 スミスが指を差してにやりと笑う。ルルは図星という顔もせずに、ふうんと思春期らしい返答をした。
 「なに? 当ててみてよ」
 「じゃあいこう。ずばり、ルルが今欲しいのは…」
 「おおげさに言わないでさ、当ててみればいいじゃん」
 「力だろ?」
 ルルは小さく息を呑んだ。図星だったらしい。
 「ほーら当たった。俺はこういうの、得意なんだ。当たっちゃうんだよな」
 得意げなスミスにルルは膝に顔を埋めると、なんだか居心地が悪そうにした。
 「なんで分かったの」
 「…俺もそうだったからさ、プリンセス。ちょっとだけ、俺の昔話をしてもいいかい?」
 「スミスの? うん。聞いてあげてもいいよ」
 思春期の生意気な言い方である。だがルルの心はスミスに少々傾いて、次の言葉に耳をそばだてている。スミスは続けた。
 「俺はカンザス州の生まれで、お父さんとお母さんと兄二人と姉一人の末っ子。…ここまでは言ったことあったよな」
 「聞いた」
 「オーケー、じゃあ続けよう。俺の父さんは軍人で、姉も兄も全員軍人。母親は軍人が嫌いでね、俺が生まれる時はそうならないでくれって祈って、女の子だったら良かったのにって思ったんだ。ルイスは女の子でも使える名前だからな」
 「女の子?」
 「話し相手と遊び相手が欲しかったんだってさ。でも、俺は男で生まれた。だから母親はがっかりして」
 「…勝手だね」
 「そうだな。で、母親は俺に遠くに行って欲しくなかったみたいで。随分と束縛された。特撮のおもちゃを雨の日に捨てられたり、ヒステリーを起こしたら傍にいなきゃいけなかったり…母親担当は俺だったんだ。家を出るまではずっとね」
 ルルが信じられないと言うような目でスミスを見上げる。
 「なんで俺がルルの欲しい物が分かったかって言うと、俺も同じだったからさ。…力が欲しかった。ずっと力が欲しかったんだ」
 「スーパーヒーローが俺の所に現れて、一瞬で遠くに連れて行ってくれるんだ。もう母親に怯えなくてよくて、それで、ずっと俺を守ってくれるヒーローがいてくれる」
 「…」
 ルルは黙って聞いている。
 「でも俺のところにヒーローは来なかった。俺も体を鍛えたけど、母親が怖くて何も出来ない。今もね」
 「今も?」
 「そうだな。勝てるかもしれないのに怖くなっちゃうんだ。ルルとイサミを守る時は、体当たり出来たけど」
 幼いルルを連れ去ろうとしたスミスの母に、イサミが駆けつけてもより危機的な状況に陥ったことがあった。その時、スミスが渾身の勇気を振り絞り、母親に体当たりをして難を逃れたことがある。だが母親に対抗できたのはその時だけだ、正直に言えば、今も出来ない。言葉を交わすくらいのことは対等に出来るようになったけれど、勝つか否かでは別だ。もう暴力に頼る年齢ではないけれど、母親には今後もきっと手を上げることは出来ないだろう。スミスは幼子にするようにルルの頭を撫でた。
 「その時思い知ったんだ。俺が欲しいと思ってた力って、こういうことじゃないんだって。俺が欲しかったヒーローは、違うんだって」
 「違う?」
 「ああそうだ。今のルルが欲しいのは、例えばヒワダさんが攫われた時に、空を飛んで彼女を見つけて、その犯人をやっつける力だろう?」
 「…うん」
 「そうだよな。誰もがそう思う。でもさルル、ヒーローなんてのは人類の数に対してほんの一握りなんだ。いつだって彼らがやって来るとは限らない。だからルルはその力が欲しいんだよな? 圧倒的なPOWER(力)が」
 「…うん」
 「でもルルには無理だ」
 「…なんで」
 「だって考えてみて欲しい。残酷な事を言うようだけど、たとえば身長2メートルの大男とルルじゃ、どっちの力が強い? きっと勝つのは2メートルの大男だ。ルル。POWERって言うのはそういうことなんだよ。体格がいい、筋肉がある、そういう神様に与えられた資格の人だけが、その力を得られる。ルルは今、空手を習ってるな? その技があれば勝てるかもしれない。でも、その可能性は上がるだけで確実じゃない。…ここまでは、分かるか?」
 「うん」
 「ありがとう。ルルが今焦ってるのは、POWERが自分にないからって気付いたからだよな? スーパーヒーローになれないって、自分の能力に限界を感じたからじゃないか? だからヒワダさんを守りに行けない自分が、なんだか嫌いになって来てるんだ」
 ぎゅっとルルは膝を抱える手に力を込めた。
 「ルル。俺も分かるよ、俺が欲しかったのはずっとPOWERだった。絶対的で圧倒的で…でも手に入らなかった」
 「でも、ブレイバーンやイサミは」
 「そうだな。あの二人はヒーローだと俺も思ってる。でも、今回の事件でイサミ達がヒワダさんを助けたんだっけ? 違ったはずだ。運送会社の人が気付いて、通報してくれたからだよな?」
 イーラの通達を受けたセグニティスが、自身が身を置く運送会社の社員に頼み、通報とヒワダの身柄の確保を努めた。その前にカレンとポーパルチープムが通報していなければ、きっとその軌道を描いた未来では無かったかもしれない。無辜の市民が勇気を振り絞った時、そこには奇跡が生まれる。
 「イサミとブレイバーンがスーパーヒーローで、飛んで行って助けたんじゃない。警察の人や通報してくれた人、みんながヒワダさんを心配したからそうなったんだ」
 「…うん。スミスのいいたいこと、分かる」
 「そうか、よかった。ルル、POWERを追い求めるのも決して悪い事じゃない。だってそれは、ルルの身や友達の身を守るから。学校にテロリストが侵入した時も、もしかして空手を習ってたら変わってたかもしれない。でも、俺がルルに身に着けて欲しいのは、もっと違うんだ」
 「違う?」
 「そうだ。BRAVE(勇気)だよ。ルルがもし自分のPOWERだけを信じて動いてたら、ヒワダさんをずっと一人で探してたかもしれない。でも君は違った。イサミに助けを求めた。警察にだって言えたし、おじいちゃんおばあちゃんにも、ヒワダさんのお父さんにも言えたんだ。それは勇気だ。素晴らしい勇気だよ」
 「……勇気」
 「ルル。人は一人だけじゃ出来ないことが沢山ある。だから誰かに助けを求めるのは、とっても大事なことだ」
 スミスはルルの両肩をがっしりと掴む。
 「勇気は、イサミの字と同じだけど由来は力を持つ手だって聞いたことがある。POWERを持つ手さ。いいかい? POWERを持つってことは、勇気を持った人間は力に支配されていない。その力を、大事な事の為に使うんだ。ルル、自信を持ってくれ。君は素晴らしい力を持ってる。一番持って欲しい、勇気を」
 スミスの真っすぐな青い瞳を、まっすぐにルルの瞳が見返す。
 「俺が言いたいことはそれだけだ。ルルなら、きっと分かってくれると思った」
 「分かった。…なんか、こっぱずかしいけど」
 思春期特有の感覚だ。スミスは苦笑いしたが、ルルもそれ以上は反発もせずにテレビを楽しんでみるようになった。あまりにもいろいろな事が起きている家族だからこそ説くべき感情である。スミスの言葉は腑に落ちたらしく、次の日から学校に向かうようになった。翌朝、イサミが皿を洗い終えるとスミスを小突く。
 「どうやったんだ?」
 「まあね、これでもルルの親だから」
 「そうか、そうだよな」
 イサミが少しだけ悲し気な瞳を見せたので、スミスはどきりとした。
 「あ、イサミ」
 「じゃあ俺も出勤する。あとよろしくな」
 「あ、ああ」
 だがそれ以上何も言えずにイサミが出勤するのを見送って、はあとスミスはため息を吐く。
 「いつにしよう…」
 家庭が抱えている問題は一つとは限らない。スミスは唸りながら、自分の仕事の為に身支度を整えるのだった。歯痒い。日常は迫って来て、考える時間を奪う朝である。ともかく一つは解決だと言い聞かせて、スミスは愛しい我が家を出るのだった。 
 はーとありがとうございます!
 
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7月29日分を書くよ
初公開日: 2024年07月29日
最終更新日: 2024年07月29日
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