元来、光は神である。神の言う事に間違いはなく、その全知全能はこの世を余すことなく照らし人類に希望を齎す。不老不死であり屈強でありながら美しくしなやかで、誰もが魅了される神でなくてはならない。だがそれは人間の手に到底負えないものである。たとえば、沈む夕日に映える空だとか、朝日に光る海だとか。誰が今から人工的な空や海を作り出せるのだろう。人類はどこまでも優越者だという顔をしていながら、地球の資源に胡坐をかいているだけなのだ。だから人類はどこまで背伸びしても人類の背丈しか許されていなくて、9mの背丈など進化の軌跡に準備されてもいない。その背丈が、この地球において最重要である神であったことは間違いなかった。宇宙からの到来者、あるいは本物の神。人類を原生物とするのなら、文明を齎すどこかで発達した誰かである。文化や文明は発達したのではなく、誰かがどこかから持ち込んだ。まるで陰謀論者の都市伝説のような口ぶりだが、もしかしたら人類はこうして発展してきたのかもしれない。そう思わせる緑の光の降臨であった。
 今まで、スミスの言うことに間違いはなかった。そしてイサミは、彼の言うことにYESを言ってきた。NOと言ったことは殆ど無い。一騎打ちで対決しようというのも、ブレイバーンに乗れと言うのも、また飲みに行こうと発破をかけたのも、全てイサミはYESと言ってきた。スミスの言うことに今の所間違いはなかった。ルイス・スミスがブレイバーンであり、未来を知らぬまでも同一人物であるからか、彼の導きはイサミをブレイバーンの唯一無二のパイロットに向かわせた。それが、スミスの描いた世界を救うスーパーヒーローだからであったが、イサミはその純なる子供じみた動機にずっと乗せられて来ている。
 「お前の方がいいんじゃないか」
 「俺はダメさ、生理的に無理らしいから」
 イサミの本音はいつだってスミスに寄り添って、ブレイバーンに乗らなくていいのならばそれを叶えたかった。求められるから軍人として、一人の人間としてデスドライヴズに抗うというのは本心でも、本当は、自分は相応しくないとずっと思っていた。相応しいと思える人間が、いつだって彼の横にいるからだ。スミスは、イサミにとってヒーローそのものに見えていた。
 光を纏った正義のヒーローと言う出で立ちだと、ずっとイサミは思っていた。金の柔らかくひかる髪に、海や空を思わせる澄んだ青い瞳。豪胆でむじゃきで、射抜くような瞳を使い分ける野心家の男。パイロットしての腕も十分で、戦場において冷静さを欠かない男である。彼がヒーローだとずっと思っていたのに、選ばれたのは何故か自分だった。その理由は後々に、ブレイバーンがスミスと同一であったことで整合性がつくのだが、イサミにはとにかく疑問だった。サタケでもなく、ヒビキでもなく自分だった。自分には過ぎた役目であるとずっと負い目さえ感じていた。だが周囲は純粋にあるいは畏怖を持って、まるでブレイバーンとその先にある地球の命運に捧げるように祈りを己に託してくる。その重圧に心をなるたけ動かさぬようにしていたのに、ブレイバーンの熱さに当てられて次第に、自分が本当のヒーローであったかのような気がしてきた。
 「俺はヒーローを守るよ」
 スミスのその言葉に、イサミは照れくさいながらも拳を突き出した。俺はヒーローじゃない。ただの一介の自衛官だ。もし本当のヒーローなら、もっと救えた人間もいたはずなのに、彼の手からは何人もの命が零れ落ちていくのを眺めていた。それでもブレイバーンだけは傷付けさせるなと、軍人が命を投げ出すのをどこまでも嫌ったはずなのに、スミスが失われた時にイサミの決意は変な形に曲がってしまって、ルルがその最悪な未来を捻じ曲げた。結局、自分に出来たことはなんだったのかと迎えに来たJLTVの中でイサミは上がり切った朝日を眺める。駆け抜けてしまった。人生の中で最も緊張感と嫌悪と恐怖と高揚と、使命感と正義感を奮い起こした日々だった。抜け殻になりそうなほどに猛烈な日々だった。だがずっと自分を守り、前線に立っていたのはブレイバーンであり、スミスだった。なんだか深く考えると混乱する。絶望した時も、ブレイバーンはいつだって体を張ってコックピットを必死に守ってくれた。それがスミスの死に絶望した時だったのに、スミスはいつだって傍にいて、それでスミスはブレイバーンで…。
 イサミはなんだか混乱して来ている。窓の向こうの朝日が強烈に目に染みた。ミユが運転するJLTVにて、涙が自然と零れ落ちる。ブレイバーンでありスミスを失った悲しみから一転、スミスは帰って来てくれた。ブレイバーンも同時に帰って来て貰いたかったというのは我儘で、口には出せない。それでも埋まった穴を埋めるように、スミスが手を握ってくれていた。イサミが向かって右、スミスが中央、ルルが左である。ルルは疲れ切ったのか珍しく眠っている。彼女もスミスに手を握ってもらっていた。ルルと心の奥底で繋がった一瞬があった。今も彼女とは、スミスを通じて繋がっている気がした。スミスは中継地点のようで、それでいて彼は必ずいてくれなければ困る存在だ。イサミはスミスの手を握り締める。うとうとしていたスミスが、目をしばたたかせて瞼をこじ開けてくれた。その端正な顔が朝日の中で浮き上がって、まるで神様の様に白い顔が美しい。神は光であり、全知全能であり、美しくしなやかで、不老不死で不屈でいなければならない。ハンサムだったブレイバーンという容貌を経て、彼はこの世界に戻って来たのだ。スミスがイサミを見やる。イサミの瞳からは涙が零れ落ちた。
 「イサミ、どうして泣くんだい」
 「…なんでだろうな」
 「君に泣かれると困るな。俺は、どうしたらいいか分からなくて」
 「いいんだよ。お前は手を握ってくれれば」
 「……イサミ。その、嫌ならそう言ってくれればいい。君を傷つけたりするつもりはないんだ。ただ」
 「なんだよ」
 「帰ったら、…き、君にキスしても…いい……?」
 スミスがおずおずと尋ねて来る。その顔が少々赤らむように見えたのは朝日の暑さだろうか。イサミは目を細めると、自分の神を見やった。
 「だめだ」
 「う。…そ、そうだよな…ごめん」
 「今しろよ。今…ならいいから」
 イサミの呼吸が押し当てられて、乱れたのでそれ以降の言葉は聞こえなかった。答えはNOだった。初めてイサミはNOと言った。だって今すぐじゃなきゃ、スミスが朝日の中に包まれて光となって消えてしまいそうだったから。もしこの地球に神と呼ばれる存在がいるのなら、地球を救ったスミスを現人神として迎え入れられてはたまらない。スミスは俺のだ、俺の相棒で、俺の。
 イサミはスミスのやわらかな髪を抱きしめるように手のひらいっぱいに掴んで、自分に引き寄せる。もう話すつもりはなかった。きっと本物の神が降臨成されても、答えはNOなのだ。
 
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