一.わたしの星が落ちる
 「日本は戦果を格段にあげていますな」
 誉め言葉と捉えられる言葉は格段の皮肉めいた調子で詠われる。ハル・キングはその言葉をただ黙って聞いていた。宇宙からの侵略者によって多国籍軍は軋轢を超え一致団結をし…というのは夢物語であった。だがゾルダートテラーからの侵攻を確かに退けた功績者である自衛官のイサミ・アオ三尉。彼に少々の遅れを取って戦果をあげるルイス・スミス少尉。日本国の威信は救世主として天を衝き、アメリカ合衆国が追随している。そのため、ハワイで敵を退けた彼らが次に開放すべき国でカワダ・イサオは日本を挙げた。横田基地にライジング・オルトスがあるからだ。会議室でよどみなく日本を挙げた彼は、その存在を知っている。だから一刻も早く、イサミ・アオとルイス・スミスに乗ってもらう必要があると考えていた。だが、オルトスの存在などまだつゆ知らぬ諸外国の指揮官は、ざわざわと互いの顔を見合わせる。日本は戦果をあげている。だからこそ許される傲慢に見えたのだろう。だが誹りなどを気にしてはいられない。カワダは未来を知っている。この先の戦いにおいて、オルトスは必須なのだ。キングはううむと唸るが、理路整然としたカワダの言に誰も反論が出来ず、ただ不満だけが各々の腹の底に沈殿していった。そうして、日本へ出発している最中の事だ。戦果をあげていると言っても、犠牲者は出ている。たった二人の兵士の力だけでは、無限に湧いてくるゾルダートテラーを完全に退けられない。会議を重ね、敵の弱点を共有する。だが通常の兵士はイサミ達の立ち回りを真似する前に、空のどこかから湧いて来たゾルダートテラーに撃墜されてしまうのだ。だから生き残っているのは、技術がある者かあるいは、強運だった者に絞られる。
 ノウハウを日本と米国が独占し、この戦果を独占しようとしているんだ。妬みと憎しみがこもった言葉が、兵士の間に囁かれた。イサミはただ黙ってそれを受け流している。自衛官であっても、イサミの戦果を不気味だと思う者がいたのだろう。ヒビキとミユの他は、皆遠巻きだ。だが救世主である。間違いなく主戦力である。それでも疎外感に小さく息を吐いたイサミの肩を叩き、慰め合えるのはスミスだけだった。今日もぽんと肩を叩いて、スミスは陽気に笑って見せた。
 「飲みに行こうぜ、Bro」
 「…ああ」
 イサミは頷いた。ようやく得たほんの少しの安らぎだ。空母を埋め尽くすのは猜疑心と、死者への悼みと、行き場のない憎しみだ。空を睨んでも
栓無きこと。ゾルダートテラーは、皆空からかやって来ていた。彼らがハワイの空を埋め尽くした時は、絶望したものだ。だがいち早く烈華の部隊が、サタケ二佐が率いる部隊で主にイサミが立ち回った。あらかじめ弱点を知っているかのような口ぶりで、気を引く者と横っ腹から攻撃を叩きつける者とで協力し、前に、前に失敗した軍医や整備部隊の逃げ道を作る事に成功した。猛攻を退けるのに、多大なる努力と息切れと、精神がひどく削られたものだ。イサミはコックピットで戻しそうになるのを必死に堪え、代わりに大きい息を唾と共に吐き出した。鼻水も垂れているし、まるで全力疾走をしたかのように、それに加えて目に見えない重圧を背負って勝利した。イサミはうああ、と声にならない声を漏らした。スミスの通信が、烈華の中で肺が潰れそうになっているイサミの元に届く。
 「イサミ。イサミ!」
 「スミス…?」
 「勝ったんだ。勝ったんだ俺達」
 空はもうゾルダートテラーの影一つ見えない。撤退も出来たうえで、イサミ達は最前線で敵を退けた。その戦果を仲間たちは泣いて喜ぶかと言えば、救世主としては不完全で、健闘にしては出来過ぎていて。讃えられもせずに注がれる目線は冷たい物だった。
 ビールの栓を開けると、スミスは苛立ちまぎれに勢い良く飲み干す。その飲みっぷりを眺めながら、イサミも瓶に直接口を付けた。
 「俺達は救世主だ。ヒーローなんだ。それなのに、みんな冷たいな」
 「他にやり場が無いんだろう。あの敵がどこから来て、どこの国の物なのかも分からない。ただ空から来るだけだ」
 「なあイサミ。君は気付いているんだろう? 強引にカワダ海将補が日本に向かったのは、その」
 「ーーライジング・オルトスの事か」
 「そう。やっぱりだ、へへ、やっぱり俺達、時間が巻き戻ってる!」
 イサミはビールをもう一度口に運んだ。
 「…正直、夢だと思ってた。でも、夢にしちゃあまりにも、同じだ」
 「だから俺達はあいつらの倒し方を知ってる。分かってる。だって、この前君と編み出したからだ。だよな? Bro」
 「このやり方なら、もしかしたら救えるかもしれない。俺もそう考えてる」
 お前もだろうと言いたげにスミスを見やる。その茶色の瞳を覗きながら、スミスは頷いた。
 「変えられるさ。俺と君とで。それとオルトスで!」
 「そうだな。それを願ってる」
 「じゃあほら、乾杯だ。これからの祝福を願って!」
 スミスがビールの瓶を突き出す。イサミが小さく笑うと、ビール瓶を突き出した。きん、と冷たく高く澄んだ音が鳴ってから、二人は勢い良くビールを飲み干すのだった。
 「いささか強引でしたな」
 「カワダ海将補のことか…確かに、会議ではかなり顰蹙を買ったと聞く」
 プラムマンに同調するようにサタケは言う。空母で与えられたサタケの個室である。TS部隊の指揮官として文句なしの偉業を成し遂げたサタケだが、彼を恨むんだり疎む者は少なかった。その代わりにイサミ達にしわ寄せがきてしまっている。俺を憎めばいいのに、と口に出すが、上官を疑っては軍の規律が乱れることを生き残った兵士たちは理解しているのだろう。頭では十分に理解しているのだ。イサミ達は救世主で、仲間で、味方であることを。だがあえなく亡くなった者達へのこころが、登場が遅く最低限しか守れない救世主を持ち上げる事を拒んでいる。そのうえで軍人だ、内部分裂を避けようと皆表には出さないようにして、サタケをやり玉にあげないのだろう。優秀な者が生き残ると、そういった軋轢は生まれる。もっとこころに素直に軍の規律など叩き込まれていない一般人ならば、好きにこき下ろして気が済んだのだろうか。我々は内部分裂よりも重要な使命がある。その思いは皆変わらないのに、どうにも空気が悪い。
 「オルトス。その名前に聞き覚えは?」
 サタケの部屋だからか、本来ならば知りえない筈の単語を大胆に口にした。プラムマンは片眉を上げると、一瞬はぐらかそうとするがすぐに止めた。
 「人類の切り札ですな」
 はあ、とサタケは大きな息を吐く。
 「君も覚えているんだな。同じ時間を繰り返している。死んだはずなのに目が覚めて、気が付いたらハワイの合同演習初日の夜だった」
 「ええ」
 少々興奮気味で口が回るサタケに対して、プラムマンはあくまでも冷静だ。
 「どうしてだかは…分からないよな。神様がくれたチャンスかな」
 「貴方は仏教徒でしたか?」
 「いや、何も信仰はしていない。でも、日本には神様はそこら辺にいてね。なんとなく、そう思ったんだ」
 「神でしたら、酷な事をなさるものです」
 「そうかな? もしかしたら、今度は勝てるかもしれない」
 サタケはこの繰り返す時に、希望を見出しているようだ。前回の戦局よりも今回の人員はそれなりに減っていない。TS部隊の士気は上がっている。客観的事実だけを見れば、だが。多少なりとも優秀で傲慢な日本への不満が無ければ、うまくいっている。
 「酷でしょう。何度も同じ戦場に駆り出されるのならば」
 「…君は俺を置いていったな。逃がそうとして」
 「おや、都合の悪い事を覚えてらっしゃるのですね」
 プラムマンは手元のタブレットの操作が終わったらしく、部屋を出て行こうとする。サタケは引き留めるでもないが、少しだけ口を尖らせて言った。
 「今度は俺が君を助けるからな」
 「めったなことを言うものじゃありませんよ、二佐殿。貴方を守るのが私の仕事です」
 一礼して出て行ったプラムマンに、サタケは息を吐く。うまく逃げるものだ。
 日本奪還作戦の空爆はすさまじい物だった。焦土と化した日本を見つめながら、イサミは烈華の中で泣いた。ヒビキならびに自衛官や整備部隊は皆涙をこぼしていただろう。日本を行き先に選んだことで生まれた反発を消す事も含まれているのか、空爆はキングが提案したことだった。せめて母国を撃つのならと、カワダが志願した。そのため自衛隊には悲痛な空気が流れ、誰も彼らを責めることはしなかった。必要な犠牲である。そう言い聞かせて、自衛隊は存外気丈に振舞っていたように思える。日本は奪還された。廃墟をかき分け、痛みを伴った上陸にATFは静けさを保ち続けていた。
 ゾルダートテラーの影が無くなった日本に降り立ったのち、ルイス・スミスは中尉に昇格した。イサミ・アオも二尉に昇格だ。ライジング・オルトスを手に入れたことで、盤石なものになるはずだった。カワダは以前よりも早く日本に上陸したことに安堵し、人知れず息を吐く。そこにハイデマリー・バロウ少将がやって来る。小柄な彼女だが、その威圧感は大きく見える。彼女は厳しい顔つきでカワダに迫って来た。
 「イサオ、聞きたいことがある」
 「なんでしょう、ハイデマリー」
 「何故日本行きを急いだ?」
 「それは日本が功績をあげているからです」
 カワダは憎まれるような傲慢な答えを口にした。だが表向きは日本が調子づいていると思わせた方が、カワダにとっては楽だからだ。幸運にも新型兵器が基地にあり、幸運にもイサミ・アオとルイス・スミスが適用者となった。その幸運の連続により、我々は邁進しいずれ世界を取り戻す事になるだろう。そうあくまでも幸運にも! だがその薄っぺらい幸運に疑問を持ったらしく、ハイデマリーは疑念の目で睨む。
 「横田基地に兵器があると知っていたのか」
 「いいえ。私も初めて知りました」
 「嘘だ。知っていなければあそこまで用意周到に出来ない。強引なまでに諸国を見捨てたのも、この兵器の為か?」
 「見捨ててはおりません。ただ、幸運にも新型兵器があっただけです。確かに、噂程度は耳に入れたかもしれませんが…」
 「もういい。貴殿は信用に値しない」
 ハイデマリーは吐き捨てるようにそれだけ言うと踵を返す。カワダはこの先の未来を全て知っているとは口にしなかった。オルトスでさえも人類は敗北したとは言わなかった。だが勝利するための道筋はある。その道筋を辿り、最短距離で向かうだけだ。それは以前試行錯誤で偶然見つけた要素である。たまたま日本に上陸した。そこにオルトスがあった。パイロットが生き残っていた。その兵器が多大なる戦果をあげたが、一歩及ばなかったことも覚えている。その為、上層部はばらばらと逃げ散り、キングは責任を感じて自殺に追い込まれたことも。カワダは覚えている。誰とも共有していないが、強引な手腕を奮える位置だ。次こそ成功させてみせると意気込み、カワダは静かに次の作戦を思い描いていた。
 ゾルダートテラーは空からやって来る。そう固く信じていた。現に今まで一度だって、彼ら以外に何かを捕捉したという知らせは受けていなかった。ただ青空の向こう、宇宙空間から成層圏を突き抜けてやって来たのだ。オルトスを主体にしたTS部隊が組まれ、喜望峰をめぐるように欧米諸国へ、アメリカ合衆国は最後になった。それはキングの判断だ。冷静な判断であると同時に、アメリカ合衆国はTS先進国である。豊富な軍備があれば陥落は免れるだろうという確信も見え隠れしていた。そう捉える者も多かった。
 空気が悪い。ずっとそうである。皆不安を押し隠して希望となるべく必至である。イサミ・スミスを核としたTS部隊にこの地球の命運は託されている。日本を経つと同時に、唐突に”例外”は現れた。
 「超巨大物体が、地球に向かって放射されたと報告が!」
 「なに?」
 ハルが目を細める暇もなく、青い色の巨大で細長く、人類は似たような物を塔と呼んだものが、海を目掛けて突き刺さった。それはキング達にも目視出来た。物体の大きさはおよそ30メートルほど。こんな質量のある巨大物質を地球に放り投げるなんて、神話に出てくる巨人の仕業としか思えなかった。海底に突き刺さり、泥を巻き上げ、海水を汚し、質量のある風を巻き起こした。ゾルダートテラーの対応と対策に十分な気概を持った者達を、根こそぎからへし折る絶望だった。
 「なんだあれは…?」
 塔から排出されるのは、ゾルダートテラー達だ。応戦準備に俄然せわしなくなる。ようやく取り返した日本から足が離れていなかったのが幸いだ。オルトス出る!とスミスの声で外に飛び出していくと、瞬く間に空を埋め尽くすゾルダートテラーを忌々し気に睨んだ。
 「なんなんだこいつらは…!? あの塔が、まさか補給基地なのか?」
 「スミス。無駄口を叩いてる暇はない、市民が戻る前に一刻も早く倒さないと」
 
 「二足歩行の個体が確認されました!」
 そんな絶望的な知らせがあるのかとカワダは思った。ゾルダートテラーの応戦で手一杯の中で、確かに今までの敵は二足歩行と言われればそうだ。だが報告に上がって来たのは別個体である。大きさは!? 9メートルほど、翼を持ち、海上からこちらに向かってきています!
 スペルビアである。だが彼の言語機能はこの惑星に対応したものではないため、名乗ったとしてもガガピーとしか聞こえない。
 ゾルダートテラーを従えるようにして、超巨大なロボットがこちらに向かって来ている? 何のために。それはもちろん、敵としてであろう。そう考えるべきだが、中には平和的解決を唱える者もいた。
 「対話を試みるべきでは…?」
 「相手は言語を持たない可能性がある。それに、あの兵器を従えているんだ。敵だ!」
 「まあ待て」
 いきり立つ司令部にハルの声が響き渡り、場は静まり返った。敵であることは間違いないだろう。だが下手に攻撃して刺激すれば、和平を望む意図が控えているとしたら。あらゆる可能性を考慮したうえで、生け捕りにするのが最適な方法である。だが相手はTSと同等あるいは大きい巨体の持ち主だ。人間など彼らにとって蟻に等しい可能性がある。キングは通信を寄越した。
 「コンステレーション。サタケ二佐、応答せよ」
 「コンステレーション、こちらダイダラ1。キング司令官、どうかなさいましたか」
 「君と部下に重要な任務を任ずる。最新の報告で新個体が発現した。君とその部下には、その新個体の偵察および接触を命ずる。ただし、意志ある生命体である場合は慎重に」
 「ダイダラ1、了解。これより実行する」
 通信は切られた。だがサタケ達は知りえないが、キングはもう一度通信を行う。
 「新個体、司令部ではアルファと呼んでるらしいな。青色の個体らしい、いいねえ楽しくなってきなBro!」
 「スミス、油断するな。どんな能力を持っているか分からない」
 「それはそうだけど、俺と君ならきっと大丈夫さ」
 オルトスは各国の部隊と合流し、その先頭を務めている。その殿にいたのがタイタン部隊のアラカイだったが、新個体ーースペルビアが目視できる距離になると、突然彼はルートから外れた。サタケが通信を求める。
 「タイタン1、こちらダイダラ1。どこへ行く」
 「タイタン1。先程別の命令を受けた、タイタン部隊は全員、このルートからは外れる」
 「なんだと?」
 新個体のスペルビアに、オルトス含めて三機ほど。追随するのはサタケとヒビキの機体だけで、ヒロの機体も急にルートを逸れて街並に紛れてしまう。スミスが叫んだ。だが申し訳なさそうな声が音声のみで返って来る。
 「ヒロ!?」
 「スミス。…すまない。キング司令官から命令が来ている。君たちと距離を取れ、と」
 「そんな、そんな馬鹿な」
 「馬鹿な!?」
 カワダが司令部で吠えた。周囲には澄ました顔の者達がいる。いきり立っているのはカワダだけだ。当然ながら彼はキングに詰め寄った。
 「何を考えているのです! 新個体に応対するのは三機のみ、それも自衛隊だけにですって!? 承服しかねます、すぐにタイタン部隊の合流を」
 「イサオ、待ちなさい」
 存外キングの声が落ち着いていることに、カワダは急に腹の奥がぞっと冷めた。冷静であるのは、自分以外の全ての人間であると気付いたのだ。カワダ以外をおいては、その処置を当然だと思っている。キングはその総括をしたに過ぎない。わなわなと体が震える。今までの日本への風当たりの強さは甘んじて受け入れてきた、誹りも陰口も全ては世界平和の為である。それは前線にいるイサミやサタケ、スミスとて同様だ。どんな風当たりがあろうと、それはすべて、人が死なずに戦争に勝つためである。考え得る、そして経験則の中から掬いだした最良の策であるからだ。それなのに、名誉だとか立場だとか国だとか威信だとかにかまけて、足を引こうというのか? ええいと視線を振り切るように、カワダは踵を返して部屋の出入り口に向かう。急ごしらえの廃ホテルの会議室である。そこにつかつかと歩み寄るので、急いで止めようとキングは声を掛けた。
 「イサオ、待て。話は終わっていない」
 「…話す事などありません。我が国への妬みでしたら、聞くまでもない」
 「そうではない。ただ、あまりにも出来過ぎている。この作戦も、あの個体が現れなければきっとオルトスが勝利を掴んでいたことだろう」
 「ええそうです。そうでしょう。喜望峰を巡って、私達は勝てる」
 「出来過ぎた勝利には裏があると考えるのは自然だ。日本国の関与への疑いを晴らすという意味でも、ここは」
 カワダはきっとキングを振り返った。
 「臆病者!」
 無礼な言葉であった。会議室は一瞬静まり返り、すぐにざわざわとした声で満ちる。なんて事だ、日本の関与はあるんじゃないか。疑わしい。だがその中には疑念の他に、何故キングへの誹りが臆病者なのかと首を傾げる者もいた。それがつい口を出た、カワダの前回のキングへの本音でもあったことは今の所誰も気付いていないようだ。ただキングは、少しぽかんと口を開けた後にすぐに顎に手をやる。カワダはきっと増援に向かうことだろう。それを如何に止めるかだが、この司令部の中の疑念を晴らすのには、止めることは出来なかった。その代わり、ハイデマリーが会議室を飛び出していく。猜疑心の強く気高い彼女のことだ。任せれば密偵になるだろう、とキングは彼女を止めなかった。
 一方の廊下を歩くカワダである。TSへの操縦は難しいが、駆けつけられる兵器はと頭を巡らせていると、プラムマン上級曹長が目の前で一礼する。
 「カワダ海将補!」
 「上級曹長、止めるのなら無駄だ。私は空母に乗ってでも」
 「いえ、違うのです。私の操縦するクラーケンにお乗りください、主砲をお任せしたい」
 「なんだって?」
 願っても無い事だが、何故分かったのかとカワダは不思議そうにプラムマンを見やる。だが疑問を解消している場合では無かった。乗ることを快諾した後ろからバロウ少将の声が割って来た。
 「私も乗せてもらう」
 「ハイデマリー?」
 カワダが訝し気に振り返り、プラムマンは一抹の疑問を飲み込み、すぐに姿勢を正した。
 「マム、しかしクラーケンは前時代のTSのような物です。危険かと」
 「私が乗りたいと言っているんだ。乗せたまえ、それとも女は乗せられないか?」
 「とんでもございません、マム。承知いたしました」
 プラムマンが一礼する。ハイデマリーはふんと鼻を鳴らした後、カワダに行くぞと告げて歩き出した。慌ててカワダも付いて行く。かくしてクラーケンは、上官命令を無視して出動したのだった。
 「しかし、上級曹長。君に迷惑が掛かるな」
 「いえ。志願ですので。この程度の命が役立つのでしたら、喜んで」
 クラーケンがスペルビアのいる場所に辿り着いた時、三機は遠巻きにスぺルビアを囲んでいた。言語による交流を試してみるが、英語日本語、簡単なドイツ語フランス語イタリア語ともに反応なし。それどころか何か応答しているが、青い個体はガガピーという機械音しか出さない。
 「あーもう。多分通じないんじゃないかな…」
 ヒビキは思わずそう零すと、スペルビアの前で手をひらひらとさせる。先程から無反応のスペルビアに少し緊張がゆるんだ結果だった。だがその瞬間、青くすらりとした刀身の巨大な独鈷のような刀が抜かれ、ヒビキのTSの手首を切った。
 「え」
 「あ」
 ガガピ―ガ! ガピピ、ピガ! ガピガピガ!
 続いてTSの機体を頭からまたぐらまで振り下ろす。真っ二つの機体は爆発した。
 「ヒビキ、ヒビキ!? ヒビキ、応答しろぉ! ヒビキ…!」
 「イサミ、落ち着け。落ち着くんだ!」
 「一体何が…」
 サタケが応戦しようと刀を抜く。二丁の小刀を構えると、スペルビアは何故か頷いた。そこにクラーケンから放たれたミサイルが、スペルビアの胸に命中する。
 「!? プラムマン、上級曹長…」
 咄嗟にサタケが振り返りざまに言えたのは、彼がクラーケンの操縦をしていると知っているからだ。
 「間に合いましたか」
 「良かった」
 カワダが安堵する。だがまだ脅威は去っていない。スペルビアが構えを取った。どうやら臨戦態勢である。どこか日本人の武道の型にも見えるが、まさかそんなはずは無いとカワダは地球外生命体に地球の歴史を投影するのを止めた。
 「コンステレーション、発砲許可を」
 「…」
 「発砲許可を!」
 「いい、サタケ! 私が出す! 責任は私が取る」
 カワダの力強い声が割って入ったので、サタケは頷いた。そして息を吐く。
 「その時は私も責任を取ります。貴方にご負担だけは」
 「俺も取ります! だけど、今は…」
 「そうだアオ三尉。今は目の前に集中しろ」
 スペルビアは構えている。次なる狙いはサタケのようだ。刀を振り上げてきたので、咄嗟に烈華は横へと飛ぶ。オルトスのコアパイロットの席から、スペルビアの推定弱点となる頭部、胸部にアタリがつけられる。
 「…ルイス・スミス中尉、プラムマン上級曹長。巻き込んですまない」
 「私は置き去りか? 日米の深い友好具合を見せつけられて、結構だな」
 「!? バロウ少将…失礼しました」
 「今はそれどころじゃない。サタケ!」
 クラーケンからの叱咤に目をやると、スペルビアが振り上げた軌道を避け、刀でその手を振り払うように下ろす。人間であれば衝撃で刀を離すところだが、機械の体は高い音を出すだけで何も起きなかった。そのため、振り払われてしまう。烈華の影で、クラーケンが主砲を準備しておりその銃口にエネルギーが装填された時だ。咄嗟に眩しさに反応したのか、スペルビアはクラーケンに向かって刀を突き出した。まずいと目を見開いた時に、庇うように目の前に飛び込んでくる機体があった。
 オルトスは無事である。そのような愚行はしない。飛び込んで庇ったのは烈華だった。サタケの操縦する機体だ。スペルビアの刀は巨大で鋭利である。烈華のコックピットを串刺しにすることなど容易であった。ましてや、脆い人間の体であればその身はもたない。
 「う、ぎ…」
 血のあぶくを吐いた嗚咽のような声が、サタケの最後の声だった。操縦者を失って力なく烈華は地に伏せる。
 「隊長…たい、ちょう……!」
 イサミの悲痛な声が漏れる。クラーケンの主砲は、ずれたスペルビアの体を目掛けることなく咄嗟にプラムマンが照準を上にずらす。オルトスに当たりそうだったからだ。廃ビル群に当たり、虚しく音を立てて崩れ去った。その隙を狙ったのだろう、スペルビアにオルトスが体当たりした。
 「うおおあ!」
 ガピ!?
 バリアが張られている向こうに突撃し、質量がある程度あればその向こうに攻撃は通じるようだ。スミスが咆哮に加えて大きく息を吐く。
 「イサミ、大丈夫だ。俺達の攻撃は通じる」
 「あ、ああ…ああ!」
 「カワダ海将補! バロウ少将!」
 アラカイの声が聞こえ、クラーケンに一機のライノスが近付いた。
 「お迎えに上がりました。どうぞこちらへ、護衛します」
 「行ってください」
 プラムマンの声は冷静だが、どこか投げやりのような調子を孕んでいる。どうでもいいと背中が告げている。その投げやりさにカワダが口を出そうとしたが、すぐにハイデマリーに促されて外に出る事になった。オルトスは、スペルビアに一閃されて、胴と足が離れ離れになる。それは絶望の到来だ。あああああ。感嘆のような悲鳴のような声が充ちる。クラーケンの砲台から定期的に砲弾が発射される。それは人類の抵抗だった。
 「何故私を生きて帰したのです」
 「勝手な真似をした同胞を罰する為か? 違うな。それは違う。私達は諸君らを失いたくないと」
 「詭弁は結構だ。尋問ですか、もうサタケ二佐もアオ三尉も、ここには呼び寄せられない。疑わしきは私だけだ」
 「イサオ、日本の疑念は」
 どおん、と空母の近くで爆発音がする。塔から現れたゾルダートテラーが攻撃を図っているのだろう。ここも安全ではない。空母から逃げ出すのであれば、敵の目に触れる恐れがある。逃げ場はない。その上で、攻撃手段はない。地上にTS部隊を派遣してしまったのだ。戻って来るのにも時間が掛かる。伝播する恐怖で司令部の面々は顔を歪めた。オルトスの敗北は切り札の消失である。人類はこれから負けるのだ。
 「キング、こちらへ」
 カワダがばらばらと逃げ出した司令部をよそ目に、キングの腕を掴んだ。めいめい散って逃げるつもりなのだろう、キングを逃がすまいと腕をカワダは掴んでいた。
 「どこへ行くんだ」
 キングは困惑しているようである。逃げている間にも空母は定期的に揺れ、攻撃を受けている。人気が全くいなくなったそこは、出口だ。
 「JLTVが用意してあります。そこで逃げてください」
 「しかし」
 「この場はもう地獄です。逃げられるかは分かりません。…でも、逃げてください。生きなさい」
 「しかし!」
 キングは納得していないようだが、中に無理矢理巨体を押し込む。車からすぐ離れたカワダは、手にしていた発煙筒をまだ気が付いていないゾルダートテラーに放り投げた。
 「こっち! こっちだ!」
 「イサオ!」
 「行け!」
 カワダの怒号で車は発進する。キングの視界にはカワダのいた辺りにゾルダートテラーが兵器を向けているのが分かった。遠ざかる。生きられるかは分からない地獄への旅路である。運転している若い兵士は鼻水を啜った。横にいたハイデマリーも苦い顔をしている。今までのゾルダートテラーの空襲であれば、勝てたのに。塔の出現によりスペルビアの顕現により、予想外の事態に巻き込まれた。オルトスの操縦をしていたスミスは、吹き飛ばされた機体の中で必死に這い出す。その手には血まみれのイサミが抱えられていた。オルトスが斬られたのち、胴を踏み付けるスペルビアの足に対してわずかに生きているミサイルを地面に打ち付け、機体を飛び上がらせた。その瞬間、驚いたのか抵抗と見たのかスペルビアの刀が機体を切りつける。その軌道が、イサミのコックピットにあった。
 「くそ、くそ、くそ…! イサミ、イサミ・アオ。しっかり!」
 ガ・ガピ―!
 「Shit…!」
 イサミは何の反応も無い。出血量がひどい。脆い人間の体にはそスペルビアの刀は大きすぎた。スミスはイサミを抱える。強く抱きかかえる。もう反応は無い物と分かっていても、意思を問う。何故なら前回のイサミは、諦めることなくスミスに話しかけてくれたからだ。
 「まだやることがある…まだ、まだやれることがある!」
 「俺達は死ねない!」
 それは悲しき断末魔だった。 
  
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