【九門と芝居】
出来上がったばかりの、印刷したての台本を受け取る。まだ少し温かい紙の温度に、わくわく感が高まっていく。その気持ちが抑えられず、九門は勢いよくページをめくる。今回はどんな話だろうか、一行読む度にドキドキと鼓動が高鳴る。
綴の書く台本を読む時は、野球の試合前にマウンドに立つ時に似ていると九門は思う。ピッチャー時代、気持ちを落ち着かせる為にマウンドに立ち、そこで今日対戦する相手のことを思い浮かべながら山口とボールを投げ合った。
綴の台本を読む時も、九門は物語というボールを綴と投げ合っている気分になる。
綴が投げてくる物語もキャラもすごく魅力的で、九門の心に刺さってくる。だから、九門はそれをしっかり受け止め、どうやったらその物語が観客のみんなにも真っすぐ届くかを考えるのだ。
(……今回の台本も、すごく面白いな…………ああ、ここのセリフは、きっと綴さんが大事に思うセリフだ……言ってみたいな。あ、ここの表現は色々アドリブできそう……)
舞台に立っている自分たちと、それを見守ってくれる観客が思い浮かぶ。野球も舞台も、やっぱり見てくれる人がいて、初めて本当に輝けるものだと思う。だから、その人たちの為に一生懸命頑張りたい――夏組の、仲間たちと。
(あはは、このキャラ天馬さんに似てる! こっちは椋かな? あ、でも、カズさんがやっても面白いかも! うわー、この動きはすみーさんしかできないかな? いや、オレも頑張ったら……)
キャラの動きや台詞を、なんとなく夏組メンバーに当てはめながら読むと、物語はより一層面白くなる。そして、その中から自分の好きなキャラが自然と浮かび上がってくる。
(このキャラのこの時の気持ち……なんか分かるな。オレも同じ気持ちになったことあるから……)
一度そう思うと、そのキャラに感情移入して台本を読み進めたりする。
(――うん。やっぱり今回は、このキャラやってみたい! みんなに聞いてみよーっと)
野球と違って毎回ポジションが変わるから、その相談をするのも九門は楽しかった。
(えへへ、今回の舞台も頑張って、兄ちゃんに褒めてもらうんだー!)
九門にとって、演じることは、最初兄の背中を追う手段だった。
高校も分かれ、兄の十座がMANKAIカンパニーに入団してからは暮らす場所も別々になった九門は、単純にすごく寂しかった。
野球部でも体調不良を繰り返し、結局辞めてしまった九門。しばらくはすごく落ち込んでいたけれど、気持ちを切り替えようとした時に、最初に浮かんできたのは、「兄ちゃんと一緒に芝居したい!」という気持ちだった。
カッコいいアクションや渋みのある芝居をする兄や秋組を見て、一緒に演じたいと思ったのだ。だから直談判をして、オーディションの課題として一人芝居を貰って、天馬を始めとした夏組メンバーと一緒に稽古して……本当に楽しかった。
だからこそ、怖かった。
楽しければ楽しいだけ、入団したい気持ちが強くなればなるだけ、いつものようにプレッシャーに負けて体調を崩してしまうのではないかと。
けれど、その不安を、夏組みんなが笑いの芝居で吹き飛ばしてくれた。
――本当にすごいと思ったのだ。
九門のこの体質は筋金入りだ。幼い頃から楽しみにしている外出時は勿論、高校受験の時も、あんなに万全を喫したのに結局熱を出して十座の通う欧華高校の試験を受けることすらできなかった。
その体質をたった数分で改善させてしまえる芝居に、九門は無限の可能性を見た。
「――オレ、夏組に入りたい!」
自分の芝居で誰かが笑って、その誰かをお芝居で励まして元気にできたら……それは、なんてすごいことだろうと思えた。
冗談ではなく、人生が変わるくらいの、すごいことだと思った。
それから夏組のみんなと一緒に芝居をするようになり、ミックス公演や満開公演では十座や他の組の人たちとも芝居をすることができた。
ずっとずっと、夢見ていた――大好きな兄と肩を並べて立てる場所を。
そして初めて立ったその場所は、兄の他にも大好きな人たちが、影に日向に寄り添い支えてくれる、夢見た以上の最高の場所だった。
「すごい……お芝居って、本当にすごい!」
九門は舞台に立つ度に、そう思って感激する。板の上に足を踏み出した瞬間から、九門は自分の体にエネルギーが満ち溢れるのを感じる。
舞台を楽しみにしてくれている観客のエネルギー、一緒に舞台を作り上げてくれる裏方スタッフのエネルギー、そして苦楽を共にしてきた最高の仲間たちのエネルギー……それらが九門の全身を駆け巡り、僅かに抱く不安やプレッシャーをいつも押し流してくれる。
――けれど、そのエネルギーが強ければ強いほど、九門は自分の力不足が悔しかった。
「……ねえ、兄ちゃん。お芝居って、どうやったらうまくなれるんだろうね?」
「……いきなりどうした?」
九門の不意の問いに、十座は小首を傾げながら優しく九門の頭を撫でる。
「へへ、兄ちゃんの手、気持ちいい」と九門は喜びながら、質問の意図をぽつりぽつりと話し出す。
「オレね、お芝居に出会えて、すっげー感謝してるんだ。最初は兄ちゃんの後を追っかけてきただけだけど、そのお陰で夏組のみんなに出会えて、コメディってお芝居の魅力に気付いて、コメディの力でオレの熱も出なくなって……」
九門の話に、十座は「そうだな」と静かに相槌を打つ。
「だからね。オレ、もっとお芝居上手くなって、お芝居に恩返ししたいんだ! でも、オレはまだまだ下手くそだから……ねえ、兄ちゃん。どうやったらうまくなって、みんなに恩返しできるかなあ?」
九門は困ったように十座を見上げるが、十座はふっと小さく笑ってまた九門の頭をポンポンと撫でた。
「俺も同じこと考えてた。俺も芝居に恩返しがしてぇが、俺もまだまだ下手だ」
十座の言葉を、九門は即座に否定する。
「兄ちゃんは上手いよ! オレにとっては世界一の役者だもん」
「ありがとうな。九門にそう言ってもらえるだけで少しは報われるが……ただな、俺から見ると、九門は十分、恩返しができてると思う」
「え? ホント?」
目をぱちくりさせる九門に、十座は「ああ」と力強く頷いて、話を続けた。
「お前が芝居を始めたこと、お前が芝居を楽しいと思うこと、夏組の奴らやみんなに恩を返したいって思うこと……それは全部、恩返しになるんじゃねぇか?」
「そうかなー? 思ってるだけなのに?」
首を傾げる九門に十座は優しく微笑み、静かに頷いた。
「思ってることは、態度に出る。俺は、九門の芝居が好きだ。芝居が楽しくて仕方ねぇって思ってる奴の芝居は、見ているこっちも楽しくなる。それで周りの奴らを笑顔に出来てるなら……それは十分、恩返しに当たるだろ」
「そっか……へへ、そうなら嬉しいな」
大好きな兄に芝居を褒められ、九門は頬を赤くして笑った。その様子に十座も幸せそうにニコリと笑い、頷く。
「ただ、もっと上手くなりてぇって思う気持ちは大事だ。俺もまだまだだから、一緒にもっと芝居頑張ろうな」
十座の言葉に、九門は首が痛くなるほど頷く。
「うん! 兄ちゃんと一緒なら、オレももっと上手くなれる!」
大好きな兄と、夏組の仲間と、劇団の皆と――もっとずっと先の未来へ。
役が決まると、九門はまず台本を片手に体を動かしてみる。こういう時、やっぱり自分は体育会系なんだなと実感する。じっとしながらだと、セリフがあんまり入ってこないのだ。
自分なりに、セリフに似合うポーズなども考えてみる。9割は却下されるが、稀に採用されることもあるので、この辺りは毎回気合を入れて考える。
本格的に稽古が始まってくると、ちゃんとした動きがつくようになって、ぐんと芝居が楽しくなる。やっぱり体は動かしてなんぼだな、と思う。三角と一緒に部屋で稽古のおさらいなどしていたら、あらゆるさんかくグッズが音を立てて崩れたりすることもあり、その度に左京からお説教を食らうこともしばしばだが。
体を動かし、セリフを反芻して、役を体に馴染ませると、自分が本当に物語の登場人物になったみたいで気持ちがいい。
そして舞台に立つ度に溢れるエネルギーを自分の身体にため込み、笑いにして観客に渡せるように日々努力していくのだ。
(オレの笑いで、誰かを笑顔にするんだ! 人生が変わるくらいの笑顔に……オレ自身が、そうだったように)【終】
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【九門と芝居】
初公開日: 2024年07月28日
最終更新日: 2024年07月20日
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