あの時見たイサミの瞳には、確かな炎が宿っていた。母国を穢され、同胞の死を目撃して、焦りと苛立ちを口にしたイサミの言葉ががらんどうの廃墟の中で響き渡る。それでも確かな悲しみを押し殺した史上に残る演説にも近い叫びが、日本に残る同胞を見つけ出した。ルルがあの時あの場にいなければ、スミスはもう少しイサミを援護できたのかもしれない。だが全ては結果論だ。だけれども、記憶の片隅でその罪悪感がちかちかと瞬くので、ルルは謝る事にした。
 「イサミ、あの時はごめんなさい」
 「どの時だ? 首を絞めて落とした時か? それともイーラに降参した時」
 「ちがぁう。日本じょーりくした時!」
 ああ、とイサミは他人事のように呟いた。
 「るるいなかったら、もすこし早かった…かも」
 「いいんだ。結果として仲間を見つけられたんだから。あの時は、ルルだってスミスと離れたくなかったんだろ?」
 「そーだけど。そーだけど、イサミ達観しすぎ」
 「達観なんてどこで覚えたんだ?」
 豪華客船の旅路の途中だ。ルルが知識を吸収しているのか、未来から来たという彼女の知識なのかは分からないが時折大人びたことを言うので、イサミはたまに驚いた。ルルはまだ言葉が覚束ない時もある。巻き舌が苦手な時もある。まだ出会ったばかりのルルの印象がずっと残っているから、彼女の成長のような変化をたまに認められないが、ヴェルム・ヴィータ撃破の際に死ぬかもしれない戦場で心身を共にした仲だ。ルルの言う事はイサミは信じるし、ルルも同様だ。その連帯感が、たまにスミスの気に障って不貞腐れる事があるのだけれど。
 「るる、イサミの立場ならもっと怒ってる」
 「あの時はあれが最善だったんだ。ブレイバーンも、大丈夫だって言ってたしな」
 「でもイサミ、るる怒らなかった」
 それどころかブレイバーンを降りた後は、気遣うように真っ先にルルの所に来てくれたものだ。心配を口にして、呆れたように息を吐く。イサミはそれだけで、日本奪還の朝日を地上から眺めた。ハワイの演習の際に見た眩い太陽のように目を細めて、何かを祈るかのような目をした。その直前、まだまっさらだったルルはイサミの瞳の奥に、ほんの少しの炎を見た気がする。それが苛立ちなのか、怒りなのか、あるいは祈りなのかは今のルルでも訳を知りえない。
 「ようお二人さん、何を話してるんだ?」
 スミスがやって来た。二人の会話にはなるべく割って入って来ることがある。これでルルの体感の確立としては、八割は会話に割り込んだ事になる。ルルは咄嗟に、スミスをからかうように言った。
 「パイロットどうしのないしょのはなし」
 「なんだよそれ。俺だってTSのパイロットなんだぜ?」
 「すみすはちがうの」
 ルルは意地悪をしている訳では無いが、先程の会話に入ってきたらスミスのお説教が始まる気がして止めた。あの時はまだ子供というにも情緒がそこまで育っていないルルだった。人間が弾丸を使うように使い捨ての兵器から、ようやく脱却した程度のルルだった。散々スミスには叱られたが、イサミがそこまで怒っていなかったので追及は甘かったし、何より日本の大地を踏めたことでそれどころではなかった。
 「スミス。お前は」
 イサミは思わず日本の名前を口にしようとして、ぴたりと動きを止めた。日本はスミスの肉体を失った地である。苦い記憶が連鎖的に思い出されて、口を噤んだ。
 「どうかしたのか?」
 「るる、本読んでくる」
 この話題から逃れられないと感じたのか、ルルはその場から逃げ去った。なんなんだとスミスが目で追うが、それ以上追い掛けようとはしなかった。
 「どうしたんだい、イサミ。考え事か」
 「いや。ルルに謝られたんだ。日本上陸の事をな」
 「ああ、あの時の」
 クピリダス率いる侵略者の手によって廃墟と化した無惨なビル群、TS。イサミが焦るのには十分すぎるほどの母国の痛めつけられ方を思い出すと、ブレイバーンが繰り返した大丈夫だという単語が、少しだけ軽さを帯びて来る。結果は大丈夫だった。だが過程は大丈夫では決してなかった。イサミはルルを叱り飛ばすかと思ったが、その前に出て来たのは心配の言葉だったのをスミスも覚えている。
 「君が怒らなかったから、あとで説教しても、あの時のルルには何も響かなかったよ」
 「今なら謝れるってことか。でも、あの時はあれしか最善策が無かったんだ」
 「君は達観しているな、イサミ」
 ルルにも同じことを言われたので、イサミは思わず噴き出した。どうして笑うのかと怪訝な顔のスミスに説明すると、同じ顔になった。
 「なんだか、すっかり似てきてるんだな」
 「俺は見ていて楽しいよ」
 「そうか」
 夕暮れがおかしそうに笑うイサミの横顔を照らす。陰が半分顔を覆って、あの時見た朝焼けよりも色濃いものに見えた。その顔に何気なくキスをする。軽く触れ合うだけの物だ。長居はしなかった。豪華客船の日々。誰も世界を救った英雄だと知らぬこの船の上で、気兼ねなく軽く、愛おしげに触れ合えるのは彼らの常だった。
 「なんだよカウボーイ。もう終わりなのか」
 「今はね。でも、君はもっと泣き叫んだり怒ったり…していいんじゃないのかな。と思って」
 「ブレイバーンに乗りたくなくて暴れたりした」
 「そうじゃなくて、もっと他人を責めて良いってことさ。世界は君が悪いなんて思っていないのに、君はずっと自分を」
 「押し殺してる? そう、見えるか」
 「見えなくはないな。あの時、ルルを心配する前に君の瞳の中に炎があると分かった。それはてっきり、俺やルルへの怒りなんだと思ってたよ」
 だがスミスの予想とは違った。失われた母国への失望でも、デスドライヴズへの復讐の炎でもない。では何か? 自分の文化圏では、この答えは出て来ないんだろうなとスミスは思った。もしかしたら日本人らしい何か、ではないのか? 災害の多い国で育まれた純粋な炎ではないのか。その炎が、日本人を暴動に走らせない日本人たらしめる何か、ではないのか。
 「君の中の炎は、生きる為の炎だと思った。怒りや悲しみじゃない、太陽みたいな炎だと」
 「大袈裟だよ」
 イサミはもう一度笑う。穏やかに笑う。怒りも何もかもを超えて、人は誰かの為に自分を燃やせるのだろうか。天使が燃やしてくださるのなら、キリストが燃えてくださるのなら。そうではない。自分と仲間が少しずつ燃えて、その痛みを分かち合いながら助け合っていく。文化圏の違いだと言ってしまえば容易いのだが、それはスミスには存分に眩しく、敬虔なものに見えた。日本人は無神論者だと聞いているけれど、イサミには、イサミはただ一つの光であったような気がした。人は誰しも神になれるし天使にもなれるのだ。その可能性を広げてくれて、スミスにとってその天使であり神はイサミだったのだ。
 「君の静かな瞳が俺は好きだよ。でも、爆発したり我慢しないで欲しいんだ」
 「大丈夫だ。天に怒ったって唾が自分に跳ね返るだけだ。俺達はお前に救われたんだから、誇れよヒーロー」
 イサミは言いかえる。
 「俺はお前に救われたんだ。ヒーロー」
 「俺は何もしてないよ」
 「自信持てよ。その緑の目に誓って、」
 そう言ってイサミはスミスの手を取り、手の甲に口付ける。途端にむずがゆいような自由さをはき違えた欲望が湧いてきて、スミスは変な表情になった。豪華客船だからといって、誰も知らないからといって、公序良俗に違反していいわけではない。ここは小さな城であり国である。当然誰かの迷惑になる行為は出来ない。だからその変な顔を見て、イサミがもう一度噴き出すのを眺めながら、早く部屋に戻ろうかどうしようかと悩み始めた。天から降り注ぐ陽光は沈み、月が夜のショーツを片手にやって来る。どうせなら美しい炎を自分の身にも宿したかったが、スミスの中に燃え上がったのは恋情だった。
  
 
カット
Latest / 46:41
カットモードOFF
文字サイズ
向き
チャットコメント通知
ワンドロ書くよ
初公開日: 2024年07月13日
最終更新日: 2024年07月13日
ブックマーク
スキ!
コメント
誰夢にしよっかなー
chi.にするのは決めてるんだけど
ぱな
2026年楽龍ワンドロライ①
2026年楽龍ワンドロライ①『楽龍記念日』『ブルー(青)』 拙宅の楽龍の馴れ初め話。記念日だからこ…
葉月 翔