上級曹長の手にしているのは小さめの箱である。足音をあらかじめ聞いてぶつからぬ為に歩幅を緩めたのだろう、衝突を避けた角の向こうにいた彼に、ハイデマリー・バロウ少将は目をやった。
「待て、それはなんだ」
「イエスマム。こちらは廃棄物です」
「廃棄?」
ハイデマリーは怪訝な顔をした。ここは戦艦の中である。不要な物は正式な手順を踏んで廃棄されるのだが、わざわざ上級曹長が廃棄する物とは、何か機密情報でもあるのだろうか。疑わしき目は潰す必要がある。中を見ても?と尋ねると、上級曹長は顔色を変えなかったがぴくりと体を動かした。その機微を少将が見逃すはずがない。段ボールの箱を手荷物検査のように覗き込むと、彼女の瞳はすうと細められた。
「なんだこれは」
「私はパーティグッズと聞いています」
「パーティグッズ? 触ってもいいか」
「どうぞ」
ハイデマリーが突っ込んだ手が掴んだのは、ぺらぺらとした薄い布地でやたら光沢のある…黒い水着か? 肌の露出が激しい物のようだ。安っぽい作りである。段ボールの中に目をやると、似たような光沢のある生地で作られているピンクや白い看護師のような帽子まで。黒いもこもことした巨大な獣の耳のような? なんだか統一性がない。ただ分かるのは、安物で量産品であろうということ。パーティグッズと言われれば、分かった。だが何故ここATFにまとまってあるのか。続いて生まれた疑問をハイデマリーは口にする。
「無害なのは分かった。だが何故こんなに大量の物がある」
「それは、説明すれば長くなりますが…よろしいでしょうか」
「許可しよう」
人は浮かれるものだ。浮ついた心を襟のように正し、ハル・キングは口元を引き締める。こんこんと個室の扉を叩き、中に招き入れられると部屋の主を見た。
「イサオ。遅れてすまない」
振り返ったカワダは、この世に絶望したかのような顔をしていた。青ざめてさえ見える。下がり眉だ。困った時に、彼はそんな顔をする。
「ハル…」
「どうしたのだ」
ばたんと扉を閉め、ハルはカワダの個室に入った。背で廊下に目を凝らし、人影はない事を確認したので扉が閉まった部屋に誰かが訪ねてくることは無い。
「すみません。今日は少し、具合が悪く」
「体調が変わったのか? 軍医に頼んで診てもらうといい」
「いや、そうではなく。……何故こんな日に」
そう言って顔面蒼白のカワダは、一枚の紙を握りしめていた。容量は得ないがその紙が原因なのだろう。それを見せるよう頼むと、渋々とだがカワダはそれをハルに手渡す。それは一枚のノートの切れ端のようだったが、そこにペンが走っている。英文であった。
『この下着を身に着け、来賓をもてなせ。さもなくば本国に焼夷弾が降り注ぐことになろう』
「脅し…? しかし、それにしてはよく分からない文言だな」
文章にある下着とは、いったいどこにあるのか。カワダの部屋を見回してみるも、該当の物は見当たらない。小ぎれいな部屋である。カワダはきゅっと制服を握り締めていた。何か言いたいことを隠す時、暴かれぬようにと衣服を握り締めることがある。カワダは何かを隠しているのだろうか。ハルをちらりと見やってからカワダは口を噤んだままだったが、観念したように口を開いた。
「部屋に戻ったら、机にこの手紙と…その、下着が」
「だが下着は」
「下着は、その。私が身に着けていて…」
ハルがカワダを思わず見やる。着ろと言う文言通りに動いたと言うのだろうか。たかが脅しである。本国に焼夷弾など、本当に投げ込むような相手ではあるまい。素直に動いたのに、カワダは何故か妙な汗をかいている。
「…ああ、もう。やっぱり無視すればよかったんだ。バロウ少将だと思ったから」
「ハイデマリーがどうかしたのか」
「いえ。彼女ぐらいしか事情は知らないので、まさかとは思ったんですが…」
「そもそも、イサオに贈ったというものはどんな物なんだ」
「…お知りになりたいですか」
うう、とカワダが呻く。そして手をおもむろにズボンに突っ込むと、ずるりと脱いでみせた。元々この来訪は彼の肌を見るつもりだったが、妙に大胆なのでハルは驚く。白い肌に、黒く細い線が太ももの付け根を走っている。紐に見まがう細さに、うんと首を傾げた。よりよく見ようとハルの大きな指が触れてみると、やわい素肌を襲った感触にびくりとカワダが動いた。
「ハル…!?」
「すまない。下着と言っても、これはほぼ無いも同然だな…」
性器を包む布地は用意されているようだが、尻に紐が食い込むようにしてそれを支えている。カワダの年齢を考えれば、着ないだろう。それよりも女性物のようにさえ見えた。安っぽい生地である。どうなっているのかとまじまじと見るためにズボンを脱いでしまうと、妙に露出した下半身が現れる。最初はどうなっているのだと疑問に向き合っていたから気が付かなかったが、しばらくすれば羞恥心で赤面する。
「すみません、ハル。ちょっと、見ないでもらえると」
「これを置いていったのか? しかし、こんな資源をどこで調達したんだ。そんな時間は無かったはずだ」
「…その出所はあとで彼女に確認しましょう。とにかく、私は着替えて」
「それはいい。このままで」
ハルの指が、ずるりと尻と紐の間に突っ込まれる。素肌を撫でるその指にカワダは驚いた目をハルに向けるが、すぐにおずおずと肌を差し出すように足を伸ばして目を逸らした。ハルは指で腹のあたりまで撫でながら言う。
「出来れば、こちらを見てくれると助かる」
「…意地が悪いです」
「奥ゆかしいな」
ハルがそう言うが早いか覆い被さって来たので、カワダは目を伏せて指に身を任せることにした。
「出所が分かりました。合同演習の余興で使えと、強制的に差し込まれた物だと」
カワダは、苛立ちを飲み込んだ顔で言う。それは自衛隊の風習なのかとハルが尋ねると、とんでもないと返って来る。
「一部のまだ頭が古い連中の悪ふざけですよ…サタケの所にあったようです。サタケが処分しようとしたと…帰国したら調査します」
「それをハイデマリーが?」
「バロウ少将は、プラムマン上級曹長が処分しようとしたところに立ち会ったようです」
「蜜は存分に啜ったか?」
ハイデマリーがふふんと笑ってカワダに言ったのは、あの下着を贈られた晩の翌日のことだった。カワダは予想はしていたものの、やはり貴方かと女傑に何も言わないでおいた。彼女の前ではぼろが出るからだ。
「だから私の部屋に下着と、あの手紙を置いてたきつけたようです」
「なるほど。事情は分かった」
「今となっては、彼女に感謝すべきかもしれません」
ぽつりとカワダがそう呟いたので、ハルは小さな笑みを零す。年甲斐もない格好から生まれた恥じらいは、少々感情がかき乱されたもののキングとの一体感を生んでくれたのだ。カワダも小さな笑みをこぼした。