レンマサ『UTOPIA』
 早乙女学園の制服を着ることが罰ゲームになるような年齢になってしまった。
 レンはそのことに苦笑しながら、ハンガーラックから自分の制服一式を手に取った。セルリアンブルーに黄色のストライプが入ったブレザーには早乙女学園のエンブレムが付いている。そして、グレーのベスト、白いシャツ、赤いネクタイ、焦げ茶のボトムス。ここにある制服は、当時のレンが着用していたものだ。
「懐かしいけど、これをまた着るのは恥ずかしいね」
 レンが隣で着替えている那月に言うと、彼も照れたように笑った。
「そうですよね〜。何だかST☆RISHになる前の自分に戻ったような気持ちでそわそわしちゃいます」
「学園の時には色々あったから、制服には思い出がいっぱい詰まってるよね」
 バラエティ番組で使うから制服を用意しておくようにとマネージャーから言われた時には、何かの冗談かと思った。
 でもそれは本当で、他事務所のアイドルとゲームで対決をして、負けた方が制服を着て母校に訪問するという罰ゲームのためだった。
 そしてST☆RISHはそのゲームで善戦したものの、僅差の得点で負けたのだった。
 番組の収録中、スタジオの観覧席にいたプリンセスや、カメラ横に座るプロデューサーまで、どことなくST☆RISHに負けてほしいと思っている空気感だったのは、レンの勘違いではないだろう。
『ST☆RISHには勝ってほしいけど、それはそれとして、大人になったみんなの制服姿が見たい』
 そんなプリンセスたちの矛盾した心が、間違ってライバルのアイドルを応援してしまうというアクシデントにも表れていた。
 そして今日は、その罰ゲームを実行する日だった。
 ST☆RISHのメンバー全員が制服を着て早乙女学園へ行く。そのために、早朝から集まって皆で着替えていた。
 那月の横では、Tシャツを脱ぎながら翔が言う。
「俺も学生時代よりは成長したからな。ズボンの丈が短いかもしれねぇ」
 翔の言う通り、皆少しずつ体型は変わっている。ただ、アイドルという職業柄、それぞれがスタイルを維持する努力をしていた。だから同世代の芸能人よりは細身のままだし、制服を着ても年齢を感じさせないだろう。
 レンは特にショーモデルをすることもあるから、学生時代からの体重をキープしている。スリーサイズに変動はあれど、スタイルにそこまで変わりはない。
 那月がニコニコしながら翔を見つめる。
「翔ちゃんは昔と変わらずに小さくてかわいいですよぉ」
 それにレンも便乗した。
「そうそう、おチビちゃんは大丈夫じゃない?」
「なんだと? 見てろよ、ほら――」
 翔は二人を睨みつけたまま制服のボトムスに脚を入れる。
 そこには、当時の姿のままの翔がいた。
「わぁ、翔ちゃんピッタリ! お直しがいらなくてよかったですね〜!」
「うるせぇ! これはあれだ、詰めてた丈を伸ばしたからだっ!」
 飛び跳ねる翔の隣にはセシルがいた。
 マスターコースから合流したセシルには制服がないから、真新しい制服に身を包んでいる。
「どうですか? 似合いますか?」
 セシルにそう聞かれた音也が、セシルを上から下まで眺めてピースをした。
「うん! バッチリ似合ってるよ! 制服姿だと、セシルもずっと一緒に学園生活を送ってきたんじゃないかって思うよ」
「ワタシもそんな気がしてきました。皆と同じ制服が着られて嬉しいです」
 セシルは姿見の前で満足気に胸を張る。
 そして、音也は胸のシャツのボタンが閉まらないようで悪戦苦闘していた。
「やばー。俺、鍛えすぎたかも」
「音也、新しいシャツならそこにありますよ」
 そう言ったのはトキヤだ。彼は鏡から目をそらさずに、自分の頬を両手で持ち上げている。
「私の肌年齢は十代なので、制服だって立派に着こなして見せますよ」
 白雪姫の継母の呪文みたいに聞こえるが、確かにトキヤも昔のままだ。
 さて、 とレンは一息ついて、自分の制服を身につける。ボトムスを履きベルトを締めて、シャツを着てベストを羽織る。赤いネクタイを結ぼうと手をかけた時に、背後から声がした。
「神宮寺、お前は昔ネクタイを結んでいなかったぞ」
 ――神宮寺?
 レンの恋人である真斗は、今ではもうオンの場でしか神宮寺と呼ばない。カメラがなければ、真斗はレンのことをちゃんと名前で呼んだ。レンだって、真斗と呼ぶ。秘密の恋愛の愉しみを享受するために、器用に切り替えているのだ。
 振り返ると、そこには「聖川」としか呼べない恋人の真斗がいた。
 青いアーガイル柄のセーターが白い肌に映えている。十代の真斗の再来だ。タイムスリップしたように、レンの心が学園時代に戻る。
「うわ」
 と、レンは小さく叫んで、真斗から後ずさった。
「何だその反応は。失礼だな」
 真斗はむっと頬を膨らませて、レンは眉根を寄せた。
 目の前にいる男は、確かに今は自分の恋人だ。でも、その認識にノイズが走る。この男は、聖川真斗で、学園時代はライバルであり、目の上のたんこぶというか、愛憎入り交じる存在だったのだ。
 学園時代も、恋愛関係ではあった。でもレンも真斗も、お互いを恋人と呼ぶには気恥ずかしい間柄だった。今では確信できている愛情も手探りで、喧嘩をすることでしかお互いの気持ちを確かめる術をもたなかった。
 甘酸っぱい青春、と一括りにするには、苦しい、辛い、痛い、そんな感情ばかりが蘇ってくる。
 複雑な心境のレンとは違い、真斗は堂々としている。
「やはり大人になってから制服を着るのは恥ずかしいが、十代を演じていると思えば何てことはないな」
「そう……。オレはまだ慣れないかもしれない」
 レンは気弱にそう言った。この感情を真斗に悟られたくない。レンは今、思いっきり真斗から距離を置きたい気持ちだったからだ。
 真斗はテーブルを指さして言う。
「あそこに学園時代の写真がある。お前の当時の制服の着こなしをもう一度確かめてみるがいい」
 そう言って、真斗はレンの右手首に触れた。レンはびくっと肩を震わせる。
「な、何?」
「お前は昔、ブレスレットを二つ身につけていたな」
「あぁ、そうだっけ。よく覚えてるね。アクセサリーまでは用意してないな」
 まだ所持しているのかも分からない。真斗はそれから、レンの右手首にも触れた。
「こちらには飾りのついた髪を縛るゴムをつけていた」
「どうしてそんなに覚えるの?」
 レンがしどろもどろにそう言うと、真斗は口角を上げる。
「ずっとお前を見ていたからだ」
 潤んだ瞳の真斗と目が合って、レンは苦笑した。真斗にとって、レンの懐かしい姿は愛しいもののようだ。ただ、レンにとっては、違う。
 十代の制服を着た真斗のことを、レンは傷つけた後悔の象徴のように思う。長い年月をかけて、贖罪のような愛でなかったことにした。
 そのことに気付いた。
 レンにとっての十代は、哀しい。
 レンは神宮寺財閥の三男坊として、家の広告塔になるために早乙女学園に通うことになった。父親の意志を継ぐ長男の誠一郎は、自分を利用する存在だとばかり思っていた。そこにレン自身の意志はなかった。
 そんな哀しみを、根気よく塗り替える作業ばかりをしていた。孤独だったはずの世界を、音楽と、それを紡ぐ仲間と共に見つけた優しい真実で埋め尽くしていった。
 そうしてレンは、今のような、自分に戻ることができたのだ。アイドルという仕事を通じて、愛を与えられているような。愛されていると、疑いもなく思えるような自分になれた。
「何か変わりになるようなアクセサリーはなかったかな」
 レンは真斗から後ずさるように離れて、自分のバッグを覗き込みながら俯いた。
 そうだった。制服の着こなしに、自暴自棄さが現れていた。毎日が息苦しくて、シャツの胸元を開けて、ネクタイをだらしなく垂らしていた。
 それは、レンにとっては反抗ではなくて、それが当時の自分のスタイルだった。
 その時に、常にそばにいた真斗には、哀しみをぶつけた。真斗が自分より恵まれた環境にいると勘違いして、また真斗も、レンを誤解して傷つけあ合った。ただ、二人を結びつけていたのは、幼い頃の純粋で変わらない想いだけだった。
 ――真斗はもう平気なんだな。
 そのことに、レンはほっと安心するような、
 
 
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初公開日: 2024年06月03日
最終更新日: 2024年06月03日
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