寂しさは突然降ってくるのではない。甘い言葉を囁くかのように、いつの間にか肩を抱かれてもたれかかって離れなくなるものだ。寂しさとは、熱烈な美人の形をした悪魔なのだ。さあお前はこの世で一人だよと、その指が胸を突いて心に穴を空けてくるものなのだ。そんなことは無いと悪魔を振り払っても、既に胸には穴が空いているから、そこに隙間風が触れてむき出しの心がじくじくと痛む。その痛みを埋める手段は何か。四十を目前にしたサタケには、その寂しさとの付き合い方は知っている。そのつもりだが、目の前に転がっている選択肢がどれもピンとこなかった。酒を飲む、風呂に入る、眠る、本を読む。あとは、何か腹が減っていないが口に入れてしまおうか。自分は普段は吸わないが、煙草という手もある。そうだ。煙草だ。頭に思い出した単語は文字ではなくイメージが伴い、その途端に寂しさが空けた穴が大きく広がった気がした。いつも禁煙してからこちらに来ると言う相手の事を思い出すからだ。プラムマンは少しの煙草の香りを残しながらも、その服はなんの香りもしなかった。普段は吸わないという。煙草は軍人のプラムマンが好むのだ。自分に会う時にそこまで気を遣わなくてもいいのにと思うのだが、おかげで寝台にほんの少しも香りを残してくれない。口に出すのはなんだか負けた気がするので、サタケは部屋で吸っていいとは言わなかったが、枕に顔を押し付けて必死に残り香を探すよりも、煙草の一本を許可した方が早いことに今更気が付いた。そのくらいは、そこまで目くじらを立てるつもりはないのに。数時間前まではぬくもりを感じられた相手を空港に見送りに行き、帰り道ではそこまで寂しさはなかったものの、自室に戻ってしばらくすると途端に蘇ってくる。自分はそこまで強くはないのだ。だめだ。このままでいけない、ドライブにでも出かけよう。時計を見やるとまだ17時過ぎである。時間を潰す手段を探すのなら、愛車にまたがって風を感じるのが一番だ。サタケはフルフェイスのヘルメットをかぶるとバイクにまたがった。
自宅から出てしばらく暗がりの中、見慣れない道をただ頭を空っぽにして風を切る。バイクの振動が身体に伝わり、自分の鼓動と混ざり合うとまるで愛車と一つになったかのような気分で寂しさは紛れる。道は何故か暗かった。ここは都内であるが、まだデスドライヴズの被害の余波は残っている。驚異的なスピードで復興は進んでいるものの、街頭があまり無いのは珍しい道だ。だがそんな道もあるだろう、サタケは特にそこまで気にせずに走る。しばらくして、ふと目に飛び込んできたのはレンタルビデオショップだった。都内でもだんだんと撤退しているという噂は聞いたことがある。ネット配信で映画を見たりドラマを見られる昨今、わざわざ店舗を訪れる客が減るのは当然だろう。だがサタケの子供の頃はこの稼業は全盛期だった。目に映る景色を変えようかと思い、サタケは駐輪場に入ってみた。郊外にある大型店舗という佇まいではなく、小規模な店舗だ。ただ駐車場は広い。車で来ることを前提としているのだろう。ヘルメットを抱えて中に入ろうかと考えて、はたと思いとどまった。駐車場には誰もいない。車が一台も無い。防犯カメラがあればヘルメットを奪う者については丸わかりである。それにロックを掛けておけば大丈夫だろう。そこまで長居するつもりもない。ヘルメットを