ここはBL漫画の世界である。犬も歩けば棒に当たる、男が歩けば男にぶつかる。そして恋が生まれるのである、遺憾の意。別に同性同士の恋愛に嫌悪感があるわけではない。当人たちが幸せならばそれで良いと思う。ただ俺は胸の大きな女の子と付き合いたいし、ゆくゆくは結婚して親に孫を抱かせたい。弟がすでに彼氏を捕まえているのだから、俺のことは見逃してほしいわけだ。
 しかしそんな願いも虚しく、世界はよほど俺にもBLさせたいのか日々イケメンという名の刺客が送り込まれてくる。肩がぶつかったり消しゴムを拾っただけでフラグが立ってしまうので、極力イケメンには近付かないように気を付けている。
 だが、なにもすべてのイケメンを警戒する必要はない。注意すべきはあくまでフラグが立ちそうなイケメンだけである。なのでフリーではない、つまりすでに番がいるイケメンなら問題はない。痴話喧嘩や嫉妬イベントに巻き込まれることはあるが、そういう時は自我のないモブとしての役割を演じておけばいい。あまりに頻度が高いとウンザリするが。
 そしてさっき説明したように、弟には彼氏がいる。それも将来スパダリに進化するであろうハイスペイケメンである。そんな子がなんで俺と同じくモブでしかない綾人なんかを……と思わないでもないが、ひとまずそれは置いておく。とにかく彼氏――東條くんと弟は王道イベントをこなしながら上手くやっているようなので、俺にとってはフラグを気にせず話せる貴重なイケメンなのである。彼が飼っている犬のおもちちゃんが、素晴らしくふわふわな毛並みをお持ちなこともあり、散歩中などに遭遇するとつい声を掛けてしまう。
「お兄さんと綾人って、人たらし兄弟ですよね」
 突然そんなよく分からないことを言われたのは、いつものように道端で世間話をしている時だった。
「……え、なんて?」
「お兄さんと綾人って、人たらし兄弟ですよね」
「あ、聞き間違いじゃなかった」
「もう一回言った方がいいですか?」
「いや、いいよ……なんでそう思ったの?」
 いきなりだったので聞き間違いか、言い間違いかと思ったのだがその線はないらしい。さっきまで普通に会話していたはずなのに、急に変な話をしないでほしい。俺はただのモブなので、人たらしとかそういう属性もいらん。
「意図的なのか無意識なのかは分からないですけど、二人とも相手が欲しい言葉をくれるんですよね」
「……そんなことないと思うけど」
「そんなことありますよ。……俺も旗野も、そういうところが好きなんですよね」
「待った。東條くんはともかく、いま旗野くんのこと言う必要あった?」
「流れでつい」
 つい、じゃねえんだわ。弟ならその輝かんばかりの笑顔で流されるんだろうが、俺はアイツみたいにチョロくないからな。
「はあ……ていうか俺、あの子にそんな大層な話してないと思うんだけど」
「旗野にとっては大きな言葉だったんですよ」
「ええ……」
 旗野ことロン毛小僧は、現時点における最も厄介なフラグだ。八年前に助けられて以来ずっと俺を想い続けている、らしい。先日、出会い頭にいきなり告白をかましてきた上に、一方的に保留して三年後に再度告白すると宣言をしてきたのだ。小僧にとっては長年想い続けてきた相手にようやく再会できたという、なんともドラマティックな展開なのだろう。諦める気ないとか言ってたし、運命の相手だとでも思っているのかもしれない。
 しかし、俺からするとただのフラグの一つでしかないので、なんとかして折るつもりだ。そのために色々と試行錯誤しているのだが、いまのところ上手くいっていない。俺には八年前の記憶などなく、だから小僧がなぜそこまでこんなモブに好意を抱き続けているのかさっぱり分からないのである。東條くんの言葉から察するに、なにか余計なことを言ってしまったようなのだが……内容が分からなければ対策のしようがない。でも、聞いても東條くんは答えてくれなさそうなんだよな……どうも俺と旗野くんをくっつけたがっている節がある。そう考えると東條くんと仲良くしすぎるのも危ないか……? でも将来絶対ビッグになりそうなんだよな、この子。弟から聞く情報だけでも色々とんでもないし。
「東條くんの方がよっぽど人たらしって感じするけどね」
「俺ですか?」
「だってファンクラブあるんでしょ、えげつない会員数の」
「ファンクラブ……? まさか、そんなのないですよ」
 嘘を吐いている様子はないし、本人は存在すら知らないのか。まあ芸能人でもないのにファンクラブってなんだよって感じだしな。
「それよりさ……なんか、みたらし団子食べたくなってこない?」
 さっきから人たらし人たらしと言っていたせいで、連想ゲームのように思い浮かんでしまったのだ。あの甘じょっぱい感じ、たまに食べたくなるんだよな。
「……確かに」
 一瞬目を丸くした東條くんだったが、すぐに同意した。会うたびに餌付けをした甲斐があった。このまま信頼度を高めていけば、旗野くんではなく俺の方を応援してくれるようにならないだろうか。さすがにないか。
「近くに和菓子屋さんあるんだけど、どう?」
「ご一緒します」
 まあ少なくとも、東條くんと一緒なら他のイケメンも寄ってこないだろうし、安心して美味いおやつを食べれることは間違いない。今後とも親しくしておきたいところである。
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初公開日: 2024年05月24日
最終更新日: 2024年05月24日
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