死とは獣の臭いがする。その匂いを嗅ぎ分けられるのはどうやら世界でただ一人らしい。他に同じような匂いをかいだ人間はいなかった。同じ業種、あるいは異業種の人間と話していても、同じ匂いがすると言う者に出会ったことが無いから、自分の死神は獣の形をしているのだろうとプラムマンは思った。軍人の中でも、医療関係者でも皆獣ではないという。冷たいもの、あるいは黒いもやが纏う、そんなことは聞いたことがあるが、獣の形は珍しいのかかえって聞かれてしまうことが多かった。お前の死神は犬なのか、猫なのかと問われても獣臭いとしか思わなかったので羊かもしれない。すえたような獣の臭いしか分からない。雨に濡れた犬のようでもなければ、草原を駆けまわる動物の唾液でもない。薄い血の通った肌がどくどくと流れる感覚が残る、生と死の間を駆け抜けるきらめきの中で短い獣が生を燃やす。そんな臭いだ。他人には説明しずらい臭いである。だから獣の臭いだ、とだけ言っている。その匂いがこの男の肩からしたところで、プラムマンは思わずサタケの肩を強く引いた。体がよじれ、思わずバランスを崩してサタケは振り返る。
 「何をするんだ」
 「いいえ。失礼しました」
 まるで眠気を振り払うかのように、ただ肩を揺さぶったのだとサタケは思ったらしい。かなりの距離を置いた恋の炎はいかんせん、ブレイバーンと言う荒唐無稽な救世主から飛び火したせいで消える事が無かった。多忙の中での逢瀬である。それなのにサタケから濃厚な獣の臭いがしたので、プラムマンは思わず掴んだ。その死神の手を振り払えたか分からないが、獣の臭いは少しずつサタケから離れていくようだった。
 「失礼しました、なんて他人行儀じゃないか」
 「つい癖でね。一佐殿」
 「今はプライベートなんだ。忘れろって君が口酸っぱく言っていたことだろう」
 サタケはそう言うとにやりと笑う。いたずらっぽい笑みだ。プラムマンの意表を突いた、あるいは弱みを握ったと言えるような行動にはしゃいでいる。その年相応ではない子供じみた顔を愛おしく思うか、窘めるべきだろうか。プラムマンが小さく笑うと、その表情には呆れも少々含まれていそうでサタケは次にむっとした顔つきになった。くるくると変わる顔に、忙しい奴だなとプラムマンが頭を撫でるとまるで子供のようである。だがサタケは不満げである。ここはバカンスの期間を外れた閑散期のリゾート地。海が見えるホテルのプールサイドで、他に人間がいないのが幸いだ。プールサイドのビーチチェアに二人並んでいる中で、子供じみたサタケが膝に乗って来るのを見ながら、子供じみていると呆れながらももう一度頭を撫でてやる。ウェイトレスが新たな飲み物を持ってくるかもしれないが、鈴を鳴らさなければ来ないはずだ。従業員の気遣いがあってこその平穏である。その中のじゃれ合いだ。ずりずりと体を寄せて来る長身が、チェアとプールサイドの床とこすれてずるずると音を立てる。その音を聞いて従業員がやって来るかと思ったが、意外にもホテルの方は静かだ。サタケの頭が腹にまで登ってきている。甘えるように体に顔をこすりつけてきて、これこそまるで獣のようだ。死をまとう獣の臭いはもうしない。どこかへ行ってしまうような軽い死神であったのならよかった。たとえ運命が変わったとしても、この程度の気休めで払いのけられるのなら大した運命ではないだろう。怒りを買って自分に付いたとしても、あの匂いがあれば分かるはずだ。そんな傲慢な特技を持ちながら、プラムマンは結露がグラスについたシャンディガフを飲み干した。日はまだ高い。胸元にまですり寄ってきそうな恋人を見ながら、グラスをサイドテーブルに置くのだった。
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今日の分書くよ
初公開日: 2024年05月21日
最終更新日: 2024年05月21日
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