ままならぬ物であろう。不吉の象徴と呼ばれる黒が横切ったのなら、植え付けられた迷信によって人間は死を予感するらしい。その色が文化的な背景があり、文化的な変遷があり、今の文明になじんだという歴史を考えずにただの迷信を、確率や統計を論ずることなく無心に信じ込んで、むやみやたらに手を合わせたりする。文明によってはそれが白でも、黄色でもなんでも良さそうであるが、かくもこの無神論者の多い国ではこういった迷信は根付いている。珍しい蝶がいたからと目を奪われていたら、それが不吉だと言われてしまっては少々気分は害するものだ。物知り顔で迷信を語るのは、性別にとらわれず誰でも行われることである。今回はたまたまそれを知っているのが、女性だった。
「神社だと魂の象徴なんだってさ」
「道端だったら?」
「さあ。どうだろね」
迷信はそこまで詳細に決められたものではないようで、細分化していないらしい。だいたい山なんて殆どない都会で見かけたのだ。それが不吉とうよりも、人間の生み出したコンクリートジャングルに人以外の物が住んでいると喜ぶべきではないだろうか。過酷な環境でも、逞しく生命は育っている。その喜びが、カラスアゲハの発見に至ったのになんだか興ざめである。
「いい運命だって話だよ」
「どうだか。黒って別に昔から不吉な色じゃないし」
「でもまあ、日本人なら黒髪じゃん。黒って身近な色なんだと思うよ。死んでも骨に髪がしばらく残ってたら、なんかほら気味悪いじゃない」
うねるように触腕のように髪がミミズのようにしゃれこうべから這って出ていたら、確かにそうだろう。髪や爪を分身としてみなしていた古代の習慣を思えば、あるいは野ざらしに遺体が転がっていることを思えば、まあ有り得なくはない。本能的に生気を失った髪と言うものは気持ちが悪い。ベッドの中で手で梳く時のやわらかい手触りも、女が死ねばただのたんぱく質になってしまうのだろうか。ふと彼女を失うことを考えて、女性の会話相手であるカラスアゲハの目撃者である男は鼻を鳴らした。最近、可愛がっていた飼い犬が死んでしまったのだ。男性は生家を出て都会に暮らしているから、駆けつけた時には犬はもう息をしていなかったし、暑い夏の盛りだったのでもう骨になっていた。身近な死が、カラスアゲハを不吉な物へと昇華しようとした無神経さよりも愛情を上回らせる。女性はそれに気が付いたようだ。
「なあに、死なないって」
「分かんないだろ」
「別に死なないし。明日ミサイルでも飛んで来たら別だけど」
そう言って女性は男の手を取る。綺麗に整えられた爪は、淡い桃色をして、形が整えられて鋭利な角度を保っている人工の爪だ。
「こうしてればさ、怖くないから」
そうだ。カラスアゲハは魂の象徴なんだろうと、男は女性の話を思い出す。それならば会いに来てくれたんだ。そう迷信を信じこむことにして、今はこの何でもないようなデートに愛情をありったけ注ぎ込むことにした。