「――あら!」
 小さく上がった声。屋敷の女主人であるカタリナのそれは、従者として控えるゴブリンたちの意識を引いた。
「如何なさいましたか?」
 尋ねる言葉に、カタリナがこともなげに答える。
「わたくしの実家から、メイドが一人寄越されるそうですわ。ドグラ様にご迷惑を掛けないように、と記されております」
「おや、それは……困りましたね」
「ええ……まさか、このような格好をしているなんて実家に伝わったら大変ですもの」
 眉尻を下げるカタリナは、自らの格好を再確認するように視線を下げる。白を基調とした、布面積の少ない囚人服。要所に施された金細工はその肢体を淫らなものだと知らせるようで、屋敷の内外を問わずこれが当たり前となっている現状は、確かにカタリナの生家に知られるわけにはいかないものだった。
 もちろん、公の場では「領主の妻」であることを示すために、豪奢なドレスを纏っている。それが亜人族への人質を兼ねて送り込まれたカタリナが、その領地で「まとも」に扱われていると人族に示すために必要なものだと理解しているからだ。
 しかし、実際に暮らす領館の中では、その姿は全く別のものとなる。遠い昔に人族を虜囚として扱っていた際に使われた衣装を常に纏い、なにかあれば地下牢に捕縛される毎日は、事実としてカタリナの望むものではあったが、その生家、ひいては人族のお偉方に知られればきっと問題となり、それが戦火のきっかけとならないとは言い難い。
「……とりあえずは、ドグラ様に報告いたしませんことには始まらないですわね」
 小さく呟いたカタリナに、ゴブリンたちはそれを肯定する。そうして領館の主人であり、ゴブリン領のトップであるドグラへとその話は持ち込まれ、数日後。
「お出迎え感謝致します」
 そんな言葉と共に頭を下げた人間――カタリナの生家から送り込まれたメイドを前にして、カタリナは朗らかに笑いながら感動の再会を喜んだ。
「いらっしゃい、カミラ!」
 両手を合わせながらメイドことカミラに駆け寄ったカタリナの姿は、紫のふんわりとしたドレスに彩られている。例の手紙を見せられたドグラが用意したもので、輝かんばかりの明るさを内包するカタリナの魅力を見事に引き立てていた。
「久しいですわね、息災だったようでなによりですわ! それに、お父様やお母様、領地の皆は元気かしら?」
「ええ、お嬢様……いえ、奥様。私を含めた皆、大きな変化もなく過ごしております」
「それなら良かった。そうそう、早速ですけれど紹介させてくださいな。こちらがわたくしの旦那様、ドグラ様ですわ」
 カタリナはそう言って、背後で同じようにカミラを迎えるために立っていたドグラを示す。カタリナのドレスと同じ紫の生地で縫製されたネクタイをして、彼は自身の奥方の隣に足を進めた。
「初めまして、カミラ嬢。ゴブリン領の領主を務めている、ドグラだ。貴女の話は、家内からよく聞かされたよ」
「まぁ、それは光栄なことです。奥様の幼少期からお仕えさせていただいております、カミラと申します。此度は奥様のご両親よりお世話を仰せつかり、こちらへ参りました」
「ああ、聞いている。家内のことは私以上によく知っているだろう。何卒よろしく頼むよ」
「もちろんです。――ところで、奥様について二、三聞きたいことがございます」
「? なにかな?」
 首を傾げたドグラに、カミラは指を立てて質問を重ねた。二人の普段の生活、カミラの知るカタリナが抱いていた願望、それから生家を出る前に紡いでいた言葉。それぞれに対する問い掛けに、ドグラはだんだんとしどろもどろになっていく。二人の常は「普通」とは言い難いものであり、カタリナの願望を最優先としたようなそれ。そして、ゴブリン領へとやってきてからこちら、「人族からの使者」というよりは「押しかけ奴隷」とでも言うようなその現実は、隠しようもない真実であり、どうしようもない現実だったからだ。
 あー、だの、えっと、だのと、つっかえるようにして言うドグラを前に、カミラは苦笑交じりに嘆息した。文字通り頭を抱える彼女は、「まさかとは思っておりましたが、本当に危惧したとおりになっているとは……」とこぼす。
「お嬢様」
 それまでとは違う呼び方。そのことに気付いて背筋を伸ばしたカタリナに、カミラは目を眇めて言う。
「貴女が奴隷的待遇を受けているのは、ドグラ様のご命令によるものですか」
「いいえ、違いますわ。わたくしへの待遇は、わたくしが切望してのこと。ドグラ様はむしろ止めてくださいますもの、そんなご命令は出されませんわ」
 真っ直ぐにカミラの瞳を見つめる彼女に小さく「ふむ」と呟き、視線を下げる。
「……では、ドグラ様。貴方様は、お嬢様を害そうと思われていますか」
「まさか! そのつもりなら、私はとうの昔に家内を処分しているでしょう」
 即答、そしてよどみのない言葉。それらを受けたカミラは、改めてカタリナとドグラを見つめ、一拍、二拍、三拍。そこまでの表情から一変、カミラの相貌はゆるりと和らげられる。
「判りました。お二方が嘘をつかれていないこと、このカミラが保証いたしましょう。無礼をお許しください、旦那様、奥様」
 長いスカートの生地を摘まみ、片足を引き、綺麗なカーテシーを披露するカミラ。その言葉にほっと胸を撫で下ろしたドグラとカタリナは、顔を見合わせ安堵の表情を見せた。
「信じてくれてありがとう、カミラ嬢」
「貴女ならちゃんと見極めてくれると思っていましたわ!」
「こちらこそ。これより先、誠心誠意お二方にお仕えいたしますので、使用人の皆様も含めてよろしくお願いいたします」
 それから、旦那様。私はただのメイドの身、敬称は必要ありません。
 妖艶に笑う彼女を前に、ドグラは「そうだね。すまない、カミラ」と応じる。そんなふうにして、カミラは二人の新たな従者として領館に足を踏み入れた。
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初公開日: 2024年05月08日
最終更新日: 2024年05月08日
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