――はじめて会った年。
凪誠士郎の誕生日は、知らないうちに過ぎていた。
御影玲王にあるまじき失態だ、と今でも悔しく思う。よりにもよって、はじめて見つけた宝物の誕生日を祝うことが出来なかった悔恨は強く残り、ことある度に思い出しては玲王を不機嫌にさせる。
だって玲王は、知らなかったのだ。
自分と仲良くなったのに、誕生日が近くなっても全くアピールをせずプレゼントのひとつもねだらない存在がいることを考えたこともなかった。
思いがけず自分の誕生日を祝ってもらう流れになったときに、そういえば凪はいつなのか聞いたら、もうとっくに過ぎていたことを知って愕然とした。しかも玲王自身は、凪の時間という対価を貰っていたから、自分だけ相手の誕生日に何もしていないことになる。
「なんで言わなかったんだよ」
悔しさと羞恥を綯い交ぜにしたような拗ねた顔を見せた玲王を前に、凪は右手を首に当てて小首を傾げた。
「うぇえ……わざわざ聞かれてもないのに誕生日の話題なんて出さんくない?」
思わずめんどくさいことになった、と言わんばかりの声音で零してしまい、余計玲王の機嫌が悪くなったのを感じたのだろう。凪はうろうろと視線を彷徨わせると、何かを思い出したように忙しく目をしばたたかせた。
「あ、プレゼントはちゃんともらったよ」
「は?」
「そう。ちゃんと玲王は俺の誕プレくれた。だからこの話はおしまい」
どうやら凪は玲王からプレゼントを貰ったという認識でいたらしい。
玲王にはもちろんその認識はない。いったい何の話をしているのかと首を傾げる。
「んー、サッカーに使うもんは確かに買ってやったけどさあ、そういう話?」
「ううん、そういうんじゃなくて」
出会ってからすぐ靴のサイズを確認して、スパイクを用意してやった。それ以外にも、サッカーで使う用具だとか試合時にかかる費用は玲王が出している。だが、その辺りは他の部員だってある程度恩恵を受けている部分だ。
だいたい暇なはずだと当たりをつけて原宿まで呼び出せば、文句を言いながらも大人しくやってきたから、スポーツショップに連れて行って新しいスパイクを与えたのは五月だっただろうか。ちょっと日付までは覚えていない。少し時間に遅れてきたものの、家まで迎えに行くことも織り込み済だった玲王からしてみれば充分許容範囲だった。むしろ、きちんと約束を覚えていたことに感心した覚えがある。いや、あれはゴールデンウィークよりも後だった気がする。
ゴールデンウィークは部活は休みにしていた。教職員も皆いなくなる時期だからだ。本当は練習試合を入れたかったけれど、強豪と言われているような学校のスケジュールは4月の時点で一年間のスケジュールがきちんと決まっているからなかなかサッカーでは全く無名の白宝の相手をしてくれるところは見つからない。ひとまず、次の公式大会が始まるまでは同格の学校と練習試合を組むしかないかと考えていた頃だから間違いないはずだ。
青森駄々田との練習試合が決まったのは梅雨の後だった。あの舐岡了を下したと、こちらから声をかけなくても様々な学校から練習試合の申し入れがあったからだ。玲王の親としては誤算だっただろう。もっとも、玲王一人だったら思い通り潰されていた可能性は高い。宝物を見つけられたから成し遂げられたことを玲王は知っている。
「えぇ~……なんだ?」
ゴールデンウィークの記憶をひとつずつ手繰り寄せる。基本的に自主練がほとんどだったはずだ。部活の休止中も、身体を遊ばせるつもりはなかった玲王は凪を誘って自分用に調整された施設で基礎からみっちり練習した。
「俺が頼んで買ってもらったじゃん、アイス。棒の奴、半分こしたの覚えてない?」
凪の言葉に記憶が呼び起こされる。
――まさか、あれのことか? 覚えはあるけれど、釈然としない。
「ねえ、玲王。なんか今日暑くない? アイス買ってー」
珍しく玲王が水を向ける前に凪から甘えるようにねだられて、いいぞーと返事をした。部活の後、シャワーで流してきたというのに汗ばんでしまう陽気の中、コンビニエンスストアの前で自転車を止める。店内に入ると涼しい風が流れて、ほっと人心地ついた。
凪が選んだのはふたりで分けられるタイプのアイスで、真ん中でパキッと割ったアイスの片方は玲王に差し出される。食べながら自転車には乗れないからと、交代で自転車を押しながらアイスを食べた帰り道は、なんとなく玲王には特別なものに感じられた。ただの買い食いで、これくらい他の相手ともしたことがあるやり取りなのに、妙に心に残っている。多分、楽しかったのだ。凪と一緒にいると、勝手にテンションが上がっていく。
とはいえ、あんなものを他でもない宝物への誕生日プレゼントにするなんて、玲王の沽券に関わる許しがたい出来事だ。
「やり直しを要求する!」
「んぇー、でもアイスは美味しかったし俺は嬉しかったよ。それにもう三カ月も前のことだし、今更ねー。来年でよくない?」
凪からしてみればとうに過ぎ去った過去であり、それなりに満足してしまっている現状をわざわざ覆したいと思わない。
はじめにお金ちょーだいって言ったせいかな、と凪は思う。
怒るなり何なりするだろうと思っていたのに、玲王は怒るどころか目をキラキラさせて「面白い!」と叫んで抱きついてきた。
サッカー部に誘われて、スポーツなんて興味がないしサッカーはルールも知らない、部活していたらアルバイトも出来ないから困ると断ったら、本当に現金を渡されそうになって驚いたことを思い出す。本気で言ったわけじゃないと告げたけれど、ばぁやがとりなしてくれなければ、今頃毎月のように現金を渡されたかもしれない。
どうやら未だに目の前の御曹司は、自分自身の持つお金が目的で傍にいると思ってるみたいだ。流石にそれだけとは考えていないだろうけれど、大きな要因の一つとしてとらえているところがある。
だからこそ玲王は凪が欲しいといったり必要としている全てをなんでもかんでも捧げようとする。
「ねぇレオ、そんなに言うならさ。来年は一番にお祝いしてよ」
「うぅ……」
今更、と言われてしまえば、確かにそうなのだ。凪はねだったプレゼントを与えられて満足していたし、やり直しをしたいのは玲王の欲求に他ならない。
「じゃあ、来年の誕生日も、その先も、ずっと俺が一番に祝ってやる!」
「……うん、待ってる」
「お前、今……?」
凪の口角が僅かに上がっていたような気がする。
けれど、パシパシと目をしばたいたらそこに在るのは既にいつもの無表情だった。気のせいか、と玲王はなんだか恥ずかしさを覚えた。
凪にとっては、帰り道にふたりで分けあったアイスこそが、玲王からはじめて受け取った誕生日プレゼントなのだ。その事実に打ちのめされながらも、凪の誕生日を優秀な脳みそに叩き込んだ玲王は、来年こそは盛大に凪の誕生日を祝おうと意気込んだ。
――迎えた次の年。
彼らは凪の誕生日を監獄の中で過ごすことになる。
ゴールデンウィークなんてものは、監獄に生きるものものには関係がなかった。外出許可を取ることも出来たが、御影の家の用事で外に出ることが多い玲王は、持ち込めるものは限られていて、大したプレゼントを用意することは出来ない。
端的に言ってしまえば、玲王は荒れていた。
傍から見たら、いつもと同じように見えていたはずだ。けれど、凪の目はどうやら誤魔化せなかったらしい。
「ほぇ……良い匂いする……レオはクッキー作ったんだ?」
「ああ。お前も一枚食べてみるか?」
「え、やだ」
端的な断りの言葉に、ちくりと胸が痛む。いくら何でもそこまでバッサリ切って捨てることは無いだろうと口を尖らせると、信じられない台詞が耳に届く。
「レオのクッキー、全部ほしい」
青い監獄の名が売れてきてから、何人かの選手をピックアップして雑誌のスチル撮影やテレビ出演などを果たす機会が何度かあった。BLTVでも視聴者向けの企画がいくつも発表された。ゴールデンウィーク企画と称して、ゴールデンウィークの期間は毎日配信を行うことも決まっている。
その中のひとつに料理配信の企画があり、キッチンスタジオでお菓子を作るという話になっていた。お菓子と言っても、家庭科の記憶さえおぼろげな男子高校生が大層なものを作れるわけがない。最終的に作ることになったのは、失敗の少ないクッキーやカップケーキ、ホットケーキだ。クリームやフルーツで飾り付けされたものはそれなりにスイーツらしさがあり、普段は甘味と無縁の監獄の面々を喜ばせた。
そんな中、主に玲王が作ったチョコチップクッキーを全て寄越せと凪がねだってきたのだ。
「食うのめんどくさいと思うぞ。ほら、蜂楽と千切が作ってたホットケーキのほうがふわふわしてて食べやすいんじゃないか?」
「ヤダ、いらない。ねえ、それ全部ちょうだい。前倒しの誕プレってことでいーから」
「は? いや、もうちょいマシなもん用意するぞ、流石に……って、おい、凪⁉」
元々、スタッフも含め皆に渡るようにしようとかなり多めに焼いていたクッキーは天板の上に綺麗に等間隔に並べられていた。粗熱を取るためにテーブルの上へ置かれていたそれからひょい、とクッキーを摘まみ上げると、いつものもそもそとした一口の小ささからは想像も出来ないほど大きな口を開けて齧りつく。
あっという間にクッキーを食べ終えた凪の顔が、いつもより少しとろんとしているように感じた。無表情だからわかりにくいが、雰囲気もふわりと柔らかく、上機嫌なのだと玲王にだけはわかる。
「うん、おいしい。さすがだねレオ、お菓子もこんなに美味しく作れるんだ」
「……おー、そりゃどうも」
ぱくりとクッキーを口に含みながら、大きな掌が天板からクッキーを全て攫って行く。あまりにも強欲だ。むしゃむしゃとチョコチップクッキーを食べながら、両手いっぱいにクッキーを持っている凪の白いふわふわした髪が揺れていて、なんとなくその姿に既視感がある。すごい勢いでクッキーを咀嚼する凪を見守りつつ、この既視感はいったい何だろうと自問した。絶対……絶対に見たことがある。
「なあ、食べにくいだろ? 咀嚼もめんどくさいだろうし、とりあえずこっちの皿に置いといたらどうだ?」
「誰かにとられたら嫌だから絶対嫌。めんどくさくない、おいしーよ」
「そうか……?」
どう考えても、ゼリー飲料を飲むことさえめんどくさいと言っていた人間が好むようには思えないけれど、そんなにチョコチップクッキーが好きなんだろうか。まあ、凪が良いなら良いか、と思考を切り替えたところで、二台あるオーブンのもう一台から、チン、と高い音が聞こえた。
どうやら新たなクッキーが焼けたらしい。生地が余りそうだしオーブンは使わないからと、多めに作っておいて良かった。
ミトンをつかって天板を取り出して、空になってしまった天板の上に重ねると早速手を伸ばそうとするから慌てて押しとどめる。
「待て待て、火傷したらどうするんだよ⁉」
「だって、レオのクッキーは全部俺のだし……」
「誰も取らねーから!」
並々ならぬクッキーへの情熱に、先程の既視感がパチンと嵌まり込む。世界で最も有名な子供向け教育テレビ番組に出てくる大きな毛むくじゃらだ。最後の方は少し我慢を覚えて、健康的な食事や生活を説いたりしているから、あれよりひどいかもしれない。
元を辿ると千夜一夜の夢から生まれた青い生き物を思い出したら、なんだかそうとしか見えなくなってきた。しょんぼり肩を落としていながらも、しっかりクッキーは食べている姿を可愛いと思う。
「つってもさ、いくらなんでもこんなに食べきれないだろ?」
「食べるよ、全部。大事にするからちょうだい。誕生日プレゼントだったら、ねぇレオ、いいでしょ?」
「うーん……」
こてんと小首を傾げて上目遣いに伺ってくる凪に、玲王が拒否を続けられるはずもなかった。あっさり白旗を掲げてみせる。
「わかったよ。あ、誕プレは別に用意するからな」
「ううん、これがいいから他のプレゼントはいいや……ありがとう、レオ」
表情は乏しいくせに、凪は声にその感情が見えやすい。うっとりとした幸せそうな声音に、そんなにクッキーが好きなのかと驚いた。飲み物とゼリー飲料しかなかった冷蔵庫からは、とてもじゃないけれど思い浮かばない好物だ。
こんな素人の手作りで喜ぶなんて凪がかわいそうだ。監獄から出られたら、美味しいクッキーを出してくれる店へ連れて行ってやろうと頭の中に書き込んだ。
結局、凪は誕生日を迎えても他に欲しいものはないし何も要らないと言われてしまい、それ以上しつこく言えばまだ面倒がられる気がして何も用意できず仕舞いで終わった。
二回目の凪の誕生日も、玲王にとっては甚だ不満が残る状態で過ぎることとなる。
――三度目の正直。
そういう言葉があるが、はたしてどうなるだろうかと玲王は思案する。二度あることは三度あるという言葉もあるな、と頭を掠めた。
日々の睡眠時間と睡眠の質は、プロのスポーツ選手となるならば当たり前に確保しなければならない。
いつもの就寝時間は、とっくに過ぎていた。眠れないわけではなく、あえて眠らないでいる。自分でもバカなことをしていると思いつつ、玲王はベッドの中でまんじりともしない時間を過ごした。
日付が変わると同時にこっそりベッドを抜け出して、隣のベッドに近付き布団をかぶっている凪の耳元で「誕生日おめでとう」と告げる。眠っているのはわかっているから、明日になったらもう一度祝うつもりだけれど、誰より先に伝えたかった。単なる気分の問題で、ひっそり囁くと満足した玲王は自分のベッドへ戻ろうと踵を返す。
「うわっ⁉」
突然腕を捕まえられて、そのまま信じられないほどの強さで引き寄せられる。歩き出そうとしていたせいで踏ん張りがきかない体勢だったこともあり、重心の低い安定した体幹が何の役にも立たず後ろによろめいた。
「うわ、やば」
どさりと凪の寝ているベッドに倒れ込んで慌てる。ここに連れてこられてきたときの雑魚寝同然な布団とは違うクッションのきいたベッドで身体が僅かに跳ねた。
「うにゅ……」
「ごめん、凪! すぐどくから……」
「んぇー、なんで?」
凪を下敷きにしてしまったことに気付いて慌ててどこうとしたけれど、凪自身の手で阻まれる。いつの間にか腰に回っていた手が、ぎゅっと玲王を抱き締める。まるで抱き枕か何かと間違えてそうなくらいしっかりと抱き締められて、すぐには逃げられそうにない。
「だめだよ、ここ居なよ。ベッド広いから、俺とお前が転がってても大丈夫でしょ」
「ほぇ?」
そのまま腰を引き寄せられて、布団を被せられてしまった。凪の体温と同じ温度の上掛けの中で、ぶわりと凪の匂いが纏いつく。決して嫌な匂いではなくて、むしろとろりと眠気を誘うようなどこか甘さを含む香りにどきりと鼓動が跳ねた。
「悪い、起こしちまったな」
「んーん。ねぇレオ、ありがとうね……」
凪は起きたものの、またすぐに眠ってしまいそうに声がとろりとして呂律がところどころあやしい。
「誕生日なんてどうでもいいって思ってたけど、お前から一番におめでとうって言われるの嬉しいや」
「……そうかよ」
「うん、だから、今日は一緒に寝よ」
何がだからなのかさっぱりわからないけれど、ここで無理矢理手を振りほどけば今度こそ凪を完全に起こしてしまうかもしれない。それはなんだか可哀想で、自分のベッドへ戻ることは諦めた。
背中に額を擦り寄せて、温かな手が腹に回されている。布越しに触れた温もりはただひたすらに心地が良い。
僅かに身じろぎした後、ちょうどおさまりの良い体勢を見つけたらしく、抱き締める腕に少しだけ力が入る。ほどなくしてすぅすぅと基礎正しい寝息が聞こえてきたけれど、腕の力が緩まる気配はない。
――しょうがねぇから、このまま寝るか。
するりと眠りに閉じ込められていく。他人が傍にいるのに、独りでいるよりずっと落ち着くようになってしまったのはいつからだろうか。集団生活にすぐ馴染める性質ではあったけれど、なんとなくそれとはまた違った部分で凪といるのは楽だと思う。
――レオといるのはめんどくさくないから良い。
いつか聞いた凪の台詞をふと思い起こす。なんとなく、その感覚が今ならわかるような気がした。
普段よりも遅い時間だから、自分よりほんの少しだけ高い体温と紡ぐ寝息の健やかさも相俟ってだんだんうつらうつらしてくる。そっと目を閉じると、ふわりとほどけるように馴染んだ温もりから凪の香りが届く気がした。
いつの間にか眠りの縁へ引き込まれていたらしい。
思いを巡らせていたはずなのに、ふっと意識が沈んだかと思うと、目を開ければ僅かに開いたカーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。窓辺ではもうチョキの形ではなくなったチョキが、朝日を浴びてつやつやした緑を美しく見せている。
夢も見ないほどぐっすり眠ってしまったのだと気付いて、のろのろと身体を起こした。脳が目覚めを要求し、くぁ、とあくびが出る。身体が睡眠から覚醒へモードを一気に切り替えて、軽くストレッチすると全身に血が巡った。
結局今も凪の腕は腹に巻き付いていて、寝返りを打てなかった身体は微かに軋んでいる。その割に、妙に疲れは取れていた。
立ち上がろうとしたけれど、凪がしっかり玲王を掴んだまま離さない。やっぱり赤ん坊みたいだな、と笑った。手にしたものをなんでもかんでも全てぎゅうっと握ってしまう。手掌把握反射、というものだったか。
「おーい、なぁぎ。ちょっと離してくれ」
「んぅ……」
食事の支度が遅れれば、食べるのが遅くなり、ひいてはこの後のスケジュールにも影響する。ポンポン、と軽く手をはたくと、むずがるように手の力が増してしまい、参ったな、と玲王は思った。困っている割には、口元が笑ってしまっている。
手を伸ばして、寝癖だらけのふわふわした髪をグシャグシャと掻き混ぜてやった。玲王の髪よりも軽い手触りが気持ちいい。
「……んー……ん、ぇ……?」
「おはよう」
「ん……おは、よ……ふぁ、あ……」
「おっきなあくびだなあ。さて、凪くんや、この手を離しておくれ」
凪の手がするりと離れていくと思いきや、離れてくれたのは片方だけで、もう片方の手はしっかり玲王を抑えつけている。もう片方の手は、手元にあったはずの携帯端末を探していた。見つけたそれの電源を入れると時間が表示される。
「なんで? 今日は休みでしょ。なんもないじゃん。ねえまだこんな時間だし、もうちょっと寝ようよ」
「いやいや、休みだからこそ寝て過ごすんじゃもったいないだろ!」
そっと凪の手を取って外すと、今度こそ素直に従った。けれどどうやら不服らしく、珍しくわかりやすく表情にあらわれている。恨みがましげな視線がチクチク刺さるけれど、今のうちにと足を下ろした。フローリングの床に直接素足が触れて、ひやりとした感触にふるりと肩が震える。
そうして始まった一日にぎゅうぎゅう詰め込まれた、玲王が宝物に与えたい全てを受け取ることになる男は、しばらくすると叩き起こされて玲王がオーダーして出来上がってきたばかりの三つ揃いのスーツを着せられて、いつも以上に窮屈な格好をすることになると知りもせず、もう既にプレゼントを山ほど貰った気持ちで、玲王の香りが強く残るベッドの中で眠りに吸い寄せられていた。
――それから、はたとせあまりひととせ。
日付が変わると同時に玲王が凪を祝う言葉を紡ぐ習慣は、今もずっと続いている。