「ここは多分……」
「密室、ですわね」
回している洗濯機の音も、周囲を走る車の音もせず、二人の声が反響した。
とある日曜日の昼下がり。チェコは、満面の笑みで新作のロールプレイングゲームを携えやってきたスロバキアを迎え入れた。
続編の発売が発表されてから、チェコは会議室でも食事中でも、スロバキアと会う時はいつでも耳がタコになるほど聞かされた。お陰で遊んだこともないのに隠しクエストの発生条件まで覚えてしまったほどだ。
そういうわけで、今日もまた話が長くなることを想定して、チェコは事前に二人分のコーヒーを淹れておいた。スロバキアは席についてすぐ、マグカップから立ち昇る湯気越しに現時点で公開されているストーリーについて熱く語った。
「前作から主人公は据え置きなんだけど、十年ぐらい経過してるから話の規模が違ってて、でも仲良かった村人たちは」
「もう、その話は聞き飽きましたわ。時間がかかるのでしょう? 早く始めますわよ。これだけ聞かされたら嫌でも興味が湧いてきましたわ」
結局一口も口をつけずにコーヒーを脇に置いて、本題のゲームをするためゲーム機とテレビのあるリビングへ向かった。
スロバキアは前作を何周もクリアしているため、操作は上手だった。与えられたクエストをこなしながら住民や仲間たちとの交流を通じ、この作品の軸となる物語を着実に進めていく。現実で攻撃されるわけでもないのに、スロバキアは悲鳴を上げながら戦闘している。チェコは笑いながらソファでくつろいで、たまに茶々を入れつつ観戦していた。何度かスロバキアと交代して操作してみたものの、特徴的な一人称視点と相性が悪く諦めた。
日も傾いて肌寒さを感じるようになった頃、何度か死にかけつつもようやく中ボスらしき人物と戦うことになり、お待ちかねの戦闘映像が流れるかと思われた。
そこから、高い壁に囲まれたこの部屋で再び目を覚ますまで、記憶があやふやになってしまっている。ソファに寝転んでいたのとは打って変わって、背中合わせに座ったまま眠らされていた。さっきまで眺めていたテレビは残像すら残さず、もちろん持っていたコントローラーも無くなった。
当のスロバキアはというと、声をかけて体を揺らしても一向に起きる気配がない。むにゃうにゃと寝言で何か話してはいるのだが、こちらの呼びかけに反応はない。仕方ないので頬をつまんだ。軽く、じゃ済まされない力加減だったかもしれないが。
「った! ……え、何。どこ、チェコ、なんで」
「落ち着いてくださいまし、私も何が何だか」
スロバキアは深呼吸して周囲を見渡した。正面同様、無機質なコンクリートで四方を囲まれ、背面に重苦しい鉄のドアがある。勢いよく引いても押してもびくともせず、代わりに反動でスロバキアが尻餅をついた。壁のどこかが空洞になっているんじゃないかと叩いて回ったり、試しにワッと叫んでみても、虚しくこだまが響くばかり。
「ひょっとしてこれもゲームの演出だったり……」
「それはないでしょうね。VRゴーグルなんてつけてませんもの」
「ですよねー」
スロバキアは肩をすくめて小さくなった。もちろんスロバキアが持ってきたゲームのせいでもなければ、誰のせいでもない。そもそも原因がわからないのだから。それよりも早く元の場所に戻る方法を探さなければならない。
「うわ、なんか踏んでた!」
ぐしゃぐしゃに四つ折りにされたそれを広げると、角張ったフォントで『–しないと出られない部屋』と印刷が。頭を突き合わせて覗き込んでも、四隅にも裏面にも他に文字はなく、ただこじんまりしたその一言があるだけだった。
「出られないって、そもそもドアが開かないけど?」
「伏字がお題の役割を果たしているのではなくって? 恐らく、そのお題を当てることができたら、という成果報酬が脱出なのだと思いますわ。まあ、壁を壊す方が手っ取り早いでしょうけれど」
スロバキアは考えにふけるチェコから、少しだけ距離を置いた。どうすればコンクリートの壁を壊すなんて発想に至ったのか、不思議であった。