我が家というものが、普通と違うということに幼子ながらも雪華せつかは気づいていた。
年末がもう目の前に来たならば、行われるのは忘年会という、酒を飲むためだけに企画される会である。
所謂本家に生まれた一人娘という雪華であるが為、忘年会の参加を余儀なくされた。参加するといっても、会場は己の家である。断ろうとも結局、人とは顔を合わせなければならないのだ。断りようもない。
しかも参加するといって、ジュースを飲んだり、美味しいものを食べたりするのではない。酒をついだり、料理を運んだりと何処ぞの使用人かと疑うほどの、お手伝いに参加するということである。
何故八つを越さない幼女が酒臭い年増の男相手に笑顔でお酌をせねばならぬのか。どこの遊女の真似事であろう。
己の祖父が亡くなるまでは良かった。何せ、まだ言葉も拙い子供であるから。だが幾分かの礼儀や教養を身につけられる歳になった途端、ぽんっと放り投げられるようにお手伝いに参加させられるようになった。
自分の家だというのに、分家と言われるものたちの笑い声が冷えた廊下にも響いている。
熱燗の乗ったお盆を慎重に運びながら、瑠璃の衣を纏った正しく時代錯誤である姿の雪華は凪いだ瞳で宴会まで向かった。訂正、凪いではない。諦めたということが正しい。卯の花のように白い瞳に感情はなく、ただ流されるままの行動であることがはっきりとわかった。
雪華は襖の前に跪座し、開ける。酒気に塗れた空間は決して居心地のいいものではないであろう。多々の人がずらりと机に並び、料理を箸で突っつき、酒を飲んでいる。入室した雪華には誰も気づいていない。
雪華は早々に事を済まそうと、机の端に熱燗を乗せていった。一度目を人に走らせたとき、気づく。谷のように座高がある所があった。この場に子供はいない。飽きたと家を探検しに行ったものや、雪華と同じくお手伝いをさせられているもので全てだからだ。否、全て出なかったのだろう。
酒で酔い、頬を赤らめ、理性というものが緩やかになった大人たちが執拗にある子供に話しかけていた。やれ将棋の天才だとか、やれ俺はそうも没頭できるような環境ではなかっただとか、やれ文武両道が一番だとか。決して快いものではない言葉が集中的に子供に向かっていた。
大人のするようなことではない。まるで責めるようなその言葉たちを一身に受けた子供の顔色は思いのほか悪くなかった。が、その事できっと大人たちの激情はさらに上がるだろう。なぜ顔色ひとつ変えんのだと、そういうに違いない。
雪華は何をしようとは思わなかった。何せ、大人たちからそうもお小言を貰うのが日常茶飯事であるからである。雪華にとっては普通となる。
だが、それが普通といわれるようなことではないと気づいていた。
子供がコップを指が白くなるまで握った時、耐えているということを知った。顔ひとつ変えなくても、現状に不満を持っている。だからといって、雪華が何をする義理もない。
が。
「お酒、足りているでしょうか?」
子供にだらだらと自分語りをしていた中年のお猪口に雪華は子供らしくない笑みを貼り付け、徳利から酒を注いだ。
「ああ!気ぃ利くなあ。流石現当主の姪っ子!」
気の良くない褒め言葉であったが雪華は否定することなく笑みを貼り続け、子供に視線を送った。
何を考えているのかがわからない。そんなものではあったが、意図は汲めたのだろう。すう、と元いた場所から抜け、この空間から姿を消した。
「雪華ちゃんは将来有望やな。何せそないに綺麗な顔を持ってるんやさかい」
「ありがとうございます」
大人たちの言葉は全てが全て正しいものでもない。表面上は綺麗に取り繕っていても裏は下卑た思いで塗りたくられている。雪華に向ける目線が、いいものだけではないことに息のしづらさを感じた。
「それでは」
三つ指をつき頭を下げ、部屋を後にする。部屋から出てしまえば、息はきっとしやすくなる。綺麗な酸素さえあればいい。
そんな考えで、襖を閉じれば聞こえてくるのはきっと本音なのだ。
「雪華ちゃんが大人になるんが楽しみですな」
その声色は気色が悪かった。ぞわりと悪寒が背を撫で、雪華は腕を擦った。うるさい心臓を小さく息を吐く事で無視をする。
切り替えた。
廊下にでると目当ての人はいた。中庭の方に顔を向け、呆けているのか表情に先程と差異はない。雪華はそれを見て、その子供の手首を強引にも引っ張った。
子供、といえども雪華よりは何十も大きい。余計な御世話だっただろうか、などは考えもしない。あの指先の白さが証明である。
子供は何も言わず、抵抗することなく、されるがまま、雪華について行った。雪華はある一室の前で立ち止まり、跪座もせず襖を開ける。そこに子供を押し込み、人に見られていないこと確認してから襖を閉めた。
やっと、息ができたかのように大きく吐いた。
たすき掛けを解き、髪が料理に入ると結ばされていた髪留めも取る。何にも縛られていない開放感を仰ぎながら、部屋にある唯一の暖房器具である石油ストーブを付け、光源である蛍光灯の紐を引いた。
その場所は壁という壁に本棚が並び、文机と座布団と最低限の暖房器具しかない。雪華に連れていかれた子供はじっと何もせず、雪華を見ている。
「右の外側の上から三番目、その隣の下から四番目までが棋譜です。将棋盤と駒は文机の左下にあります」
指をさしながら雪華は丁寧に教えた。は、と息を飲むのが聞こえ、雪華が声の方向に目を向けると子供が大きく見開いている。ようやく表情が動いた。
「どうして?」
雪華は子供を見る。白い髪に眼鏡。きっと色素が薄いから人離れした何かを感じてしまう。
雪華は口を噤んだ。どう返せばわからなかったからだ。何も考えていなかったことは理由になるんだろうか。突発的に、体が動いてしまったのだ。だが子供は雪華から目を離さない。
「なんとなく」
思っていたよりもあっさりに子供は引き下がった。視線は雪華から途切れ、棋譜があると言われた棚に向かった。
ほ、と雪華は胸を撫で下ろす。
「体調が悪くなったと申し付けておきますので、この部屋はご自由にお使いください」
頭を下げて、そう告げ、さっさとご退場しようと思っていた時。これは想定外だったと雪華は思った。
子供が雪華の手首を掴んでいる。
「だめ」
雪華は目を見開き、子供を見上げた。その表情は変わっていないけれども、手首を掴む力は強い。事実が雪華を逃がさないと告げていた。
それが、出会い。
齢十五にしてプロ入りし、未来では神の子とまで言われる将棋界の現実味のない現実を生きる人。宗谷冬至との出会いは、確か、こんなものだった。
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趣味小説(二次創作)
初公開日: 2024年03月08日
最終更新日: 2024年03月08日
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コメント
3月のライオン、宗谷冬至御相手のどこのサイトにも流さない自分好みでしかない夢小説を執筆中。
無言ですが作業の御相手として、是非。
匙加減は自分です。ぶつ切りで終わる時もあります。
二次創作 夢
3月のライオン宗谷冬司御相手の夢小説です。現在このサイト以外に投稿することは考えていません。終始無音…
ことりのひな
二次創作小説 執筆
3月のライオン宗谷冬司御相手の小説を執筆中。ここ以外のサイトに現在は出しておりません。終始無言でござ…
ことりのひな