朝、目が覚めて開いたスマートフォンに、未読のラビチャ通知が数件たまっていた。
「御堂先生からか……」
呟きつつアプリを開くと、なぁ、という短い一言の後に『あんたに聞きたいことがあるんだが』と続いていた。そしてさらにその後に『三月?』とこちらの返信を催促するような呼びかけ。
ラビチャの受信時刻を確認すれば、深夜真っ只中の午前4時ちょうどである。
「いや、さすがにそんな時間に起きてねーわ」
一人きりの自室で突っ込んで、呆れながらも『おはよう』とうさぎが手を振るスタンプを送った。続けて『聞きたいことって何?』と返信を打ち込んで数分待つ。──現在時刻は午前6時をちょっと過ぎた頃。午前4時の深夜に起きているような人間が目を覚ましている時間ではないだろうと判断して、三月はすぐにスマートフォンを閉じた。
「おはようございます、兄さん。朝ごはん、ちょうど出来上がったところですよ」
「おはよう。ありがとな、一織」
自室のドアを開けて廊下に出ると、一緒に暮らす弟が声をかけてくる。洗面所で簡単に歯磨きを済ませてからリビングに向かえば、はちみつとバターの良い香りが部屋の中に満ちていた。
「今日はネコか」
トーストの焼き色で描かれたイラストを見て三月が呟くと、一織は照れくさそうに微笑んだ。兄の三月よりも背の高い弟は、黒髪でクールな見た目をしていながらも可愛らしい動物やマスコットが大好きだ。その為、一織が朝食を用意する日は焼き色で食パンに絵が描けるトースターで焼いてくれることが多い。絵柄は、クマ、うさぎ、ネコの3種類からランダムで選ばれる。我が弟ながら非常に分かりやすい好みだ。
「なぁ、一織。明日の買い物の予定なんだけどさ……」
バターをたっぷりと塗ったトーストをかじり、他愛もない会話を交わす。学校が休みの週末はこれが馴染みの朝だった。とはいえ、三月はサッカー部の副顧問を務めている為、あと一時間もしたら家を出なければいけないのだが。
「それじゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい、兄さん。お気をつけて」
朝食を済ませたあと、一織と一緒に手早く皿洗いと洗濯を終えた三月は仕事用の荷物を片手に家を出る。ポケットから取り出した鍵で玄関ドアを施錠していると、ぽん、とラビチャの受信を知らせる電子音がスマートフォンから鳴り響いた。どうやら、虎於からの返信があったらしい。アプリを開くと、『休みの日なのにずいぶんと早起きなんだな』とある。
『土曜日は部活の練習があるんだよ。家庭科部と兼任でサッカー部の副顧問やってるからさ』
『あぁ……そういうことか。生徒からすれば当たり前のように感じるけど、学校の先生ってすごく大変な仕事だよな。尊敬するよ』
予期せずしてストレートな言葉で褒められて、鼻の奥がつんと痛む。三月は「うおおお……!」と低い声を漏らすと勢いよく空を仰ぎ、溢れそうになる涙を必死に振り払った。
『ありがと! けど、それを言ったらあんたもだろ? 医者なんてそう簡単になれるものじゃないし、毎日色んな人の病気治してんじゃん』
『外科と違うから俺が直接治療してるわけではないが、まぁ、そう言われて悪い気はしないな』
『てゆーか、朝4時にラビチャしてきて今の時間も起きてるってことは徹夜してんの? めちゃくちゃ不健康だな』
『さっき、仕事から帰ってきたんだ。もう寝るよ』
『あっ、夜勤だったのか……! お疲れ! ゆっくり休めよ〜』
おやすみ、とナイトキャップを被るうさぎのスタンプを送ったのを最後に、向こうからの通知が止む。スマートフォンをスリープに落としてポケットにしまい込んでから、三月は、あ、と声を上げてとあることに気が付く。
「結局、聞きたいことがなんだったのか教えてもらってねぇじゃん」
慌ててスマートフォンを取り出して本来の用件を問いかけるが、残念ながら、その日のうちに既読がつくことはなかった。
***
「なぁ……、御堂先生? ドレスコードしてこいって言って呼び出されたから一応それらしい格好はしてきたけど、こんなご大層なパーティーに行くなんて思ってなかったぞ!?」
「別に、そんなかしこまらなくたっていい。系列ホテルの新規オープンなんて一年のうちに何度もあるから、レセプションパーティーだって珍しいものじゃない」
「いやいやいや! オレにとっちゃ結婚式以上にビッグイベントだよ! 二、三日前に「予定空いてるか?」って適当に声掛けられて来るとこじゃない!!」