実はまだなんにも考えてない…シュートは逆にくれそう…
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町のあちこちでチョコレートを見かけるようになった。バレンタインデーなんてハンターになる前までは気にもしなかったけれど。今の私はこのイベントが気になってしかたがないようで、毎日いろんなところに目が留まる。スーパー、デパートだけでなく、飲食店でもチョコレートのデザートが期間限定品として売り出されていたりする。
師匠と先輩達と入ったファミレスのメニュー表、なんならテーブルや壁、いたるところでチョコレートを押している。チョコレートのアイスに板チョコが刺さったパフェの写真を見ながら私は言う。
「チョコレート、あったほうがいいですか?」
師匠と、ナックル先輩、シュート先輩は顔を見合わせて、まずは私がなんの話をしているのか確認してくれることにしたようだ。
「あー、一応聞くが。バレンタインの話か?」
「そうです。あったほうがいいのかなって」
「そりゃあお前さん……ああ、いや……」
師匠が続けて何か言おうとしたが、頭を掻いて黙ってしまった。迷惑だったら渡さない方がいいと思って事前に聞いている。私としては『バレンタインだから』という特別な思いもないのでどちらでもいい。――いや、どうだろう。ちょっとだけ楽しみなのかもしれない。ただ、全力で楽しんで良いものか迷ってこの質問が出た。
三人ともがそれぞれ考え込んでいる。……沈黙が長い。心配になってきた。あまりにも困らせるようなら質問を撤回してしまおうか。店内にかかっている軽快な音楽がはっきり聞き取れる。このあたりだけやけに静かだ。窓の方の席で店員さんにチョコレートパフェを頼む若い女の子の声がしていた。
「オレは欲しいな……」
ぽつりと、机の上にえんぴつでも転がすような。独り言のようだが、確かな意志が籠っている。私はその言葉を待っていたのかもしれない。ぱっと顔をあげてシュート先輩を見る。
「用意してもいいですか」
自分でも驚いた。私は明らかにほっとして、安心しきった声でそう聞いていた。
「そんなこと、」
「悩むことじゃねえだろ! ヘンな遠慮してんじゃねえぞコラ!」
「そうだな。お前は普段方々に気を使いすぎだ。好きなようにすりゃいいんだよ。そしたら、オレたちも好きなように返す!」
シュート先輩はやや不満気に「オイ」とナックル先輩を小突いている。「欲しい」「好きにしてもいい」それらは三人の総意であるように見えた。
「よかった。じゃあ、考えておきます」
とりあえず、パーム先輩に相談しに行くところからはじめよう。
■
早速作戦会議をしようとパーム先輩に連絡すると、すぐに時間と日時と場所を指定してくれた。先輩は始終楽し気に「ふふふふ」と笑っている。
「そうね、簡単で、失敗しにくいお菓子でもいいし、もし練習する時間があるなら、ちょっと手の込んだレシピでもいいと思うわ……」
パーム先輩はカフェの砂糖壷の砂糖を使い切る勢いでコーヒーに砂糖を入れている。こんな感じなのに、作る料理は大変に美味しいので私は勝手に尊敬して、料理については全幅の信頼を寄せている。
「うーん。先輩さえよければ両方教えて貰えますか?」
「それはもちろんいいわ。けど、私にも教えてほしいことがあるの……いいかしら?」
「えっ、私に教えられるかどうか」
わからない。そう言う前にパーム先輩は身体を前に出し、私にぐっと近づいた。顔が赤いしい気が荒い。
「誰が本命なの?」
「……本命?」
「そうよ……!いるでしょう?もし付き合うなら一番可能性がありそうなのは誰?」
「え、いや、」
「ナックル? シュート? それともモラウさんかしら? みんなあなたが迫れば満更じゃない、っていうか、即決で恋人になると思うのよ……そうでしょ? だからこそあなたからはなにも言えないかもしれないけど、私にこっそり教えておくくらいは構わないわよね……? さあ、答えて、本命は誰?」
「ええ……?」
砂糖なのかコーヒーなのかわからなくなった液体がカップから溢れている。触れると後で洗うのが大変そうなのでそっと避けつつどうにか逃げる方法を探す。こうなった先輩を止める方法はそう多くない。
「大丈夫、これでも口は堅いほうよ。脅されたって誰にも言わないわ」
「本命とかは別に……皆に同じものにしようと思ってるんですけど……」
「は……? そんなわけないでしょう……!?」
「そんなわけないことな」
「じゃあ一体どうしてチョコレートなんて渡そうと思うの? 恋愛感情がない、とは言わせないわ……!」
言わせないわよ、とテーブルを叩く。店員さんがなにも言わないのは、もしかしたらこういう光景をよく見るからなのかもしれない。そうだとしたら申し訳なさすぎるが。私は窓の外を指差して言う。
「――あ、ノヴさん」
「え!?」
気が逸れた一瞬のスキを突いて「どこにいらっしゃるの?」店員さんにお金を渡して逃げた。能力を使って追いかけて来られたらどうしようかと思ったが、幸い、諦めてくれたようだった。
■
頼る先を間違えた私は一から考え直すことになった(レシピだけを送ってくれないか聞いてみればよかったのかもしれない)。パーム先輩にレシピを貰えたら後は作るだけだと思ったのだが、そう簡単にはいかない。書店で平積みにされているお菓子作りのレシピ本を適当に購入して、挑戦できそうなものから作ってみた。
結果、ブラウニーが一番それっぽくなったので、全て同じようにラッピングして、底の浅い紙袋に入れて配ることにした。都合が良いことに、みんなで同じ仕事を受けている最中で、同じホテルに泊まっている。調理場は御厚意で貸してもらえた。
なんだか浮ついている。私は一度呼吸を整えてから、個室についているインターホンを押す。
「シュート先輩! いつもお世話になってます!」
私がチョコレートについて相談した日、一番最初に欲しいと言ってくれたので、まずシュート先輩のところに持って来た。世間一般の礼儀から言えば、師匠のところへ行くべきなのかもしれないけれど。
「――ありがとう。その、これは」
先輩は私からチョコレートを受け取るとなにか言いたげに視線を逸らし、しかし、すぐに複雑そうな顔で笑った。
「いや、やっぱりいい。そんなことより、オレもチョコ用意したんだ。受け取ってくれるか?」
「えっ」
先輩は私に少し待つように言うと部屋に戻って赤色の箱を持って来た。箱にはリボンがかかっているが店名は記載されていない。箱をひっくり返すわけにはいかないので丁寧に受け取った。見た目より重く、高級感がある。大量生産のラッピング用紙をそのまま使ってしまったのが恥ずかしくなるくらいだ。
「あ、ありがとうございます。いいんですか?」
「いいんだ。実は、欲しいと言ってしまったことを、少しだけ後悔していた」
先輩の言葉の意図することがわからず、じっと先輩の顔を見上げた。
「オレが言ったら、用意しないって選択肢はなくなるだろう」
「そんなの、だって私が聞いたことなのに……」
シュート先輩は私の頭を撫でながら「いいんだ」ともう一度言う。
「オレが渡したかっただけだ」
本当に良いのかどうか判断しかねて黙っていると、先輩はくすりと静かに笑った。「ちなみにこれは、こうやって縦にしても中身に影響はない」先輩がくれたチョコレートは、私が持っている紙袋の端に沿って立てて入れる。
「オレのところに一番に来てくれてよかった。オレからのチョコはこのままここに入れておくといい。きっと面白いぞ」
……おもしろい?
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シュート先輩に見送られながらナックル先輩の部屋に向かう。隣の部屋が取れなくて、全員別の階層である。ワンフロアだけの移動にエレベーターを使うのも憚られ、階段であがって先輩の部屋の前まで来た。
「ナックル先輩」
「オーウ、どうした」
指示があるまでは基本的に自由行動だ。しかし、指示があったらすぐに動かなければならない。だからだろうか。非の打ちどころのないリーゼント姿で部屋から出てきた。
「バレンタインのチョコレートです。いつもお世話になってます!」
「ああ、そういや今日だったか」
「今日でした」
「ふうん」とか「へえ」とか言いながら、包みをくるくる回している。もしかして、想像していたものより安っぽくて呆れられているのだろうか。だとしたら申し訳ない。シュート先輩に貰ったチョコレートみたいに、箱のほうがまだ見た目が良かったかもしれない。
「ありがとよ。――で、お前これ」
「あ?」ナックル先輩は「いやまてその紙袋に入ってる、明らかに一個――」作ってきたチョコレートをまとめている紙袋を指差して時間が止まったみたいに動かなくなった。なにかあっただろうか。紙袋の中にはナックル先輩に渡したものと同じ包みが数個と、あとは。
先輩が動揺している理由がわからなくて顔を上げる。「え」先輩の両目にはじわりと涙が滲んでいて。
「え、あ、せ、せんぱい? 大丈夫ですか?」
「ばっ、馬鹿野郎泣いてねーよこれはアレだ! 目にゴミが入ったんだよ!」
「そ、そうですか?」
ごしごしと乱暴に袖で目を擦って頬から目の周りにかけてを真っ赤にした先輩が言う。まだ目のゴミは取れないようでまたじわりと両目が濡れていた。
「しかし、テメーも隅におけねーな。それ本命だろ。精々ガンバレよ。もしフラれたらその男一発殴りに行ってやらあ」
『それ』と示されたものは紙袋に入っている赤い箱だ。
「え?」
「なんだコラ、違げーってか」
鼻水をすすっているし鼻声である。よほど鋭利なゴミが目に入ってしまったのだろう。
「いや、これはさっきシュート先輩に貰っ」
まだ、そこまで言っただけなのだけれど、ナックル先輩は顔を真っ赤にして大声で、唾を飛ばしながら叫んだ。
「紛らわしいことしてんじゃねえよバー―カ!」
隣の部屋の人が何事かとそっと個室のドアを開けている。問題があると判断されたら困るので「もう行け」と言うナックル先輩の言葉に素直に従った。そそくさと部屋から離れ、ナックル先輩は部屋に戻った。が、一度閉めた扉を再度開けて、ナックル先輩はさっきの声の半分ほどの声量で叫ぶ。
「お返し期待しとけよ!」
……それはいいけど、久しぶりに先輩に怒られて、ちょっとショックだ。
■
師匠のまた、いつも通りのバッチリキマったファッションで出迎えてくれた。
「せんせい」
「よう。待ってたぜ」
そう言って貰えるとありがたい。私は深々と頭を下げて、包みの一つを献上した。
「いつもお世話になっています。これからもよろしくお願いします」
「こちらこそだな。ありがとよ」
さらりと受け取って貰えて一安心だ。事前に確認を取っておいたのに、いざ渡すとなったら緊張していた。師匠も渡した包みをじっくりと見ている。三人ともが同じようにしていた。なにかおかしなところがあるのなら教えてほしいが、そういうわけでもなさそうだ。なにかを探しているような動きである。
「おっ、こりゃあ手作りか? パームあたりに習いに行ったんなら間違いねえな」
「いや、諸事情ありまして習うことはできませんでした……」
直接教えて貰えたら、もっと良いものが出来たに違いないのだろうけれど。来年までのバレンタインまでに、それと気付かれないようになんとか教えてもらえないものか。今日に至るまで良い案は浮かばない。一人で練習しておくのが一番確実であるように思えた。「では」用事はこれだけなので、と、立ち去ろうとしたのだけれど、ふと見上げた師匠の手は微かに震えていて、冷や汗をかいていた。
「え、師匠、大丈夫で」
「ちょっと待て、お前さんそれ」
『それ』と指差された箱とこの反応には覚えがある。ついさっき、ナックル先輩も同じ勘違いをしていた。私は慌てて口を開く。
「これは!」
「いい。何も言うな」
師匠はずい、と手のひらを私の方へ出して制止する。もし、師匠のところに先に来ていて、この反応を見るのがはじめてだったら言う通りにしたかもしれない。
「あの、違うんです」
「隠さなくていい。オレ達が勝手にそういう相手はいねえと思い込みたかっただけで」
もしかすると、ナックル先輩のあれはホコリが目に入ったのではなくて感情が昂って涙が出るいつものアレであったのでは。どちらにしても言わなければいけないことがある。私は師匠の手を掴んで下に降ろす。
「シュート先輩がくれたんです」
師匠はぽかんと口を開けて「……シュートが?」と確認した。「はい」この赤い箱はシュート先輩からの贈り物だ。
「……なるほどな。その手があったか」
大きなため息を吐いて安堵している。シュート先輩が言った『面白い』というのはきっとこの反応のことだ。後でナックル先輩と師匠に怒られると思うが大丈夫だろうか。いいや、シュート先輩がこんな風に悪戯を仕込むのは珍しいから、許してくれるだろうか。いざとなったら私が間に入らなければ。
「よし。配り終わったら飯でも食いに行くか」
師匠は私の肩をぽんと叩いてから私の頭を撫でた。
「なにが食いたい?」
「今、は、さっぱりした、アイスクリームとか……」
「飯じゃねえな……」
「お菓子作ってるとあんまりお腹減らなくて」
「まあなんでもいいか。それじゃ早速――」
師匠が私の頭から手を離すと、違う手のひらが私の両肩に乗った。右側がナックル先輩で左側がシュート先輩だ。なんだか服が乱れているように見えるが、もしかしてここに来るまでに揉めたのでは。
「師匠、オレラーメンがいいっす」
「オレは彼女と同じで構いません」
「うおっ、いつの間に! つーか呼んでねえよ! 散れ散れ!」
迷惑そうに振られる手を眺めた後で、先輩達と顔を合わせる。
「散れってよ」
方向転換を手伝って貰って来た道を三人で戻っていく。私だけは残っても良かったのかもしれないが、どうせならみんな一緒が楽しい。先輩たちの作戦に乗った。
「私はこれからもう少し配る先があるので」
「あと誰だ?」
「ちょっと会うの怖いけどパーム先輩と……」
「オレ達もついて行こう」
「本当ですか? 心強いで、」
「わかったわかった! 全員まとめて連れてってやるから戻って来い!」
狙い通りとばかりに二人の先輩は笑って、私の少し前を歩く。シュート先輩はやっぱり一発殴られていた。それを見てナックル先輩が盛大に笑って、大事になる前に私が間に滑り込む。いつものパターンだ。
★まあこんな感じで…以下カイト…
「バレンタインが年に一度でよかったねえ」
「まったくだ」
「これやばそうだね、若干オーラ纏ってる」
「袋に戻さないでよけておいてくれ。そういう明らかに危なそうなのはあとで処分する」
「そう……」
「これは?」
「ああそれ、貰った」
「貰った……? 何故?」
「何故ってこともないけど……バレンタインだからってことじゃない?」
「随分大事に、こんな時間まで取ってあるものだと思っただけだ」
「怒ってる?」
「怒っているというか、焦っている」
「オレにはどうすることもできない」
カフェモカ
「――ハッピーバレンタイン」
「ちょっとあの、カイト、カイトさん? 聞こえてる?」
「居ても立っても居られなくてな。今すぐオレの気持ちを証明させてくれ」
「……明日は作らないよ。カフェモカ」
「…………難しいな」
カイトはちょっと明日以降にします!!!!!!ありがとうございました!!!!!!!!配信おわります!!!!!!!