高橋は少し黙って、雛皮をもちゃもちゃ喰んだ。こういう時は大抵、自分の発言を反芻して訂正するポイントを探している。高橋お得意の演説テクニックである。とりあえずインパクトのある言葉で気を引いて、一拍置いてからより適切な語彙を提示するわけだ。聞き手を熱中させつつも、思慮深いところをアピールできる。もしかして政治家に向いているのかもしれないが、こんなのが政治家になっても困るから、ぜひ今後とも人生を無為に過ごしてほしい。
案の定、高橋は発言を訂正するところから切り出した。なまじ一緒に飲み食いする機会が多いから、日に日に解像度が上がっていくのもゾッとしない話である。
「……うん、さっき、僕は太公望山崎を無能と言ったが、実際はまだ無能ですらないのかもしれないな。だって、彼は今のところ何もしていないんだから。本人と話してみれば色々な意見と根拠を持っているってのはわかるけど、そもそも彼は他人と話さない。世間話が嫌いなんだ。いや、専門的な話も嫌いだっけ。彼は自分の能力が疑われることに怯えているし、それ以上に自分で自分を疑っている。でも自分には紛れもなく才能があることも知っている。まったく面倒な男なんだな、これが。或いは誰かに面と向かって無能だと罵られたら喜ぶのかもしれない。やっぱりそうだったんだ、なんてね。無口で、慎重で、猜疑心に満ちていて、それでいてプライドだけは一丁前なんだ。矛盾の塊だよ。天才ってのは往々そんなものかもしれないが、言ってしまえば小人だってそんなものだ。傍目からじゃ彼はただの陰気な男にすぎないよ」
「じゃあ、なんで本性を知っているの」
「気が合ったんだよ、偶然。まあ考えてみれば、僕だって太公望みたいなものだからね」
嘘、とも言い切れないが、脚色が入っているのは間違いないだろう。どうせお決まりの二枚舌で口説き落としたのだ。
「ただ、彼を直接知っている僕からしても、彼がいったい何の天才なのかはよく分からない。賢いから何かはできるんだろうが、何をするつもりかはさっぱりだ」
「聞かなかったの?」
「そりゃ聞いたよ。でも、まだ言えないってさ。どうも何かを待っているらしい。タイミングなのか人なのか、とにかく一向に判然としない」
「それで太公望ってわけ」
「うん、まあそうとしか言いようがないだろう? 明らかに無能ではないのに、無能としか思えないような態度をしている。ありゃ何を釣るつもりなんだろうね」
高橋は困ったように眉をひそめた。そのあからさまな演技には今さらいちいち反応してやらないが、ちょっと違和感を覚えないでもない。高橋が未だかつてこんなにも煮え切らない話をしたことがあっただろうか。どんな偏屈だろうとあっという間に友達になって、嬉々として私にぶちまけるのが高橋である。プライバシーの概念など知ったものじゃないこの真性の詐欺師が、果たして太公望山崎の秘密を我慢できるものだろうか? 人が埋めたものを何が何でもここほれワンワンして、なぜか私の元に持ってくる迷惑なポチこそが、この男の本性ではなかったのか?
「おや、どうも神妙な顔をしているね。何か思いついた?」
「……それって自分のことを遠回しに言っているんじゃないよね」
「それとは?」
「だから、太公望山崎なんていないってこと」
そうだ、今まで考えてもみなかったが、そういうパターンもあり得るのかもしれない。全部が全部そうだったというよりも、変人の話を紹介する流れを作っておいて、いざという時に自分の話にすり替える。他人のことは散々暴くくせに、自分のこととなると途端に口ごもる中学生のような男にぴったりの手口ではないか。
高橋は若干冷えてきた串盛りから無言でねぎまを取り、一番上の鶏肉を口に入れた。じっくり噛み締めてから飲み込み、今度はネギを食う。……どうでもいいが、ねぎまを上から1つずつ食べるのは、モヤモヤするからやめてほしい。一緒に食え。いつもそんな食い方していないだろう。
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転売屋高橋031_太公望山崎Ⅱ
初公開日: 2024年02月07日
最終更新日: 2024年02月07日
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