コミケから帰ってきてからこのかた、喉の調子が悪かったり地形効果が切れて疲れが出てたりしてて初詣以外は外出してませんでしたが、今日ようやくサンサン劇場に初詣に行ってきました。
というわけで2024年の映画始めはこの作品!
本作は名前は知ってましたが内容はぼんやりとしか知らない作品だったので、この機会に見てみようということで見てみました。ちょうどこうしたファンタジックな作品を見たい気分だったのもあります。なんか冬はこういう作品を見たくなるんですよね。
恒例の待合室では、塚口のファッションリーダーこと秋山殿がフーテンの寅さんスタイルでお出迎え。
今年もさまざまなファッションで楽しませてくれることでしょう。
さて、今回は久しぶりに塚口駅のひとつ手前の園田駅で降りて、冬コミのときにうっかりホテルに置き忘れてきた「月は無慈悲な夜の女王」を書い直すべく久しぶりにブックオフへ。
一時期はコロナ対策で立ち読みができなくなってたのでご無沙汰だったブックオフですが、立ち読みは解禁されてたのでちょろちょろ漫画を読みつつ小説コーナーを捜索。
しかし残念ながら見つからなかったので、実は未だに全巻読んでなかったゴールデンカムイ26巻と、発売されると同時に大量の集団幻覚を生み出したアーマードコアⅥを購入。
そこから徒歩で塚口に向かいます。園田・塚口間は歩いても適度な距離で途中には川もあり景色が楽しめるので、ときどき歩いても良いかも。
さて「アメリ」ですが、連休の頭ということもあってかけっこう人が入ってました。
本作、見るのは初めてですが予想以上にファンタジックというか、かなり抽象的な表現が多い作品でした。
主人公・アメリは空想癖のある少女時代のまま大人になり、カフェで働いています。彼女はカフェの同僚や常連客との平穏な日々を過ごしています。しかしアメリは代わり映えのしない日常に不満を抱いていました。そんなある日、彼女はふとしたことからかつてアパートの自分の部屋に住んでいた住人が残した宝箱を見つけます。アメリはその宝箱の持ち主を探し出したことで、自分の生活を少しずつ変えていくことになるのですが――。
本作は、フランスの古式ゆかしい街並みと自然が非常に印象的。その中でのアメリの日常生活が、もうそれだけで魅力的。一大スペクタクルが起こるようなタイプの作品ではありませんが、彼女の生活を彩るさまざまな光景がいちいちみずみずしくて正月からこっち引きこもり続けてきたわたくしにはあまりにも眩しすぎる。
一方で、豊かな感性に彩られたアメリの主観というか空想を通して見た世界に対して、実際の彼女は周囲と満足なコミュニケーションを取れていないのがなんとも閉塞感を感じさせます。
基本的に彼女はカフェの同僚以外の人物と接するときは扉越し、ガラス越し、電話越しといったように何かを間に挟んだ状態なんですよね。前の住人が宝箱を見つけたことで彼女の人生は間違いなく広がりを見せましたが、それは同時に彼女が社会と対峙することにも繋がります。
彼女は宝箱の一件から、母を亡くして塞ぎ込んでいた父のために、カフェの同僚に頼んで庭にあったドワーフ人形を世界旅行させてその写真を届けたり、同じアパートの住人で夫に不倫された女性のために夫からの手紙を捏造したりと小さなおせっかいでさまざまな人々を幸せにする小さな善行を行うようになります。
しかし、それでも彼女の抱えている社会との断絶感は埋まりません。駅の構内に独り残されるアメリのショット、あのシーンだけで彼女が社会の中でどれほど孤独かが残酷なほど明瞭にわかろうというもの。
前述のとおり本作はアメリの空想癖のある認識を通しているからか抽象的な描写が多いんですが、それでも見終わったあとだと本作を貫くテーマは明確にわかります。それはずばり「自分の殻を破って社会と向き合うこと」。
アメリは捨てられた証明写真をコレクションするのが趣味の青年・ニノが置き忘れたアルバムを拾ったことから彼に惹かれるようになります。しかし、ニノと直接顔を合わせる勇気のないアメリは宝探しのような謎のメッセージを残して彼を誘導するという非常に遠回りな方法で彼と接触しようとします。これがまたコメディチックで本作の面白いところではありますが、翻ってこのシーンは社会と折り合いをつけられず他者とも満足にコミュニケーションができないアメリが必死に社会との接触を行おうと悪戦苦闘しているシーンでもあるんですよね。この悪戦苦闘そのものが本作のストーリーラインでもあると言えるでしょう。
本作のラストでは、ニノがアパートの部屋を訪れたのをドア越しに知りながらドアを開けるのをアメリは一度は諦めようとしたものの、そこで勇気を出してドアを開けてニノとようやく直接向き合います。そして本作はバイクに乗ってパリの街並みを駆けていく二人の姿で幕を閉じます。
これはただたんに恋愛成就のシーンというのみならず、アメリが初めて社会の一部である他者と直接接触を果たすシーンでもあるわけですよね。ある意味、このシーンまでアメリの世界はドアの中のアパートの一室のみで完結していたとも言えるのではないでしょうか。
わたくし人形使いもあんまり社会との折り合いを着けられているとは言えない人間なので、やはりこういう社会とのディスコミュニケーションを抱えて、それでも試行錯誤して生きていこうとする人々の姿には共感を覚えます。