メモ:姫はじめ 主へし in奔放本丸
本丸に正月なんてない。
いや、厳密には違う。正月だ、という認識はある。あるにはあるが、政府が毎年毎年この時期にわざわざ年を跨いでの訓練を課す上に、自由参加のわりにはその報酬がなかなかおいしいもんだから、実質正月というものをろくに味わう暇がないってだけだ。とは言え、訓練がなかったところで今は戦争中、歴史修正主義者が正月の間休んで待ってくれるわけでもないので、我が本丸も例にもれず、朝食がお節料理になるくらいで、結局平常通りの本丸運営となっていた。まあ、そういう細かいところは実際のところ各審神者に判断が任されているのも事実なので、気持ちとしては正月ゆっくりしたい不真面目審神者の俺は、連隊戦も三が日は普段より緩めのノルマを課して、特に問題がなければ戦闘終了後の俺への報告も共有データへのアップロードのみでよし、ということにしていた。
正月、少し手を抜いたところで今更問題が起きるような運営もしていないし。
そういうわけで元旦も、朝は刀達へ一通り新年の挨拶をした後、お節料理を貰ってなんとなく正月気分を味わった後は自室にこもっていたのだった。正月といえど関係なく政府から自動転送される業務連絡も軽く目を通した程度だ。夕方には全部隊が帰還したことも電子端末で確認が出来る。便利な世の中だ。数日程度であれば、直接顔を合わせなくても本丸運営は可能なのである。あとは夕飯まで溜まってた録画でも消化するか、と部屋の奥へ引っ込もうとしたときである。
「主、よろしいでしょうか」
「? どうぞ」
音もなく気配もなく、いつの間にか襖の外に立っていた影が、俺が返事した後も少しためらうように佇んだ後、やはり音もなく襖を開けた。第一部隊部隊長、へし切長谷部である。
「今日の出陣、お疲れ様。何かあった?」
「あの、いえ、そういうわけでは、ないのですが」
はて、と俺は首を傾げる。
何事もなければ俺への報告は不要、各自そのまま自室に戻ってよしという俺の言いつけを、特に真面目な長谷部が破るとは思えない。俺の目線より少し下にある旋毛がゆらり、ゆらりと不安そうに揺れている。
「今日、あまり、主のお顔を見れずじまいだったので」
「ああ、朝食の時間もずれてたもんね。でも、夜でも良かったのに、夕飯時は皆揃う、し……」
言葉が途切れたのは、長谷部の手が遠慮がちに俺の腕に触れたからだった。顔を上げた長谷部と目が合う。
「夜は、他の連中がいるので……」
「……ああ、そういうこと?」
合点がいってから、慣れたこととは言え苦笑いが零れる。
「他の皆のこと、連中って言うのやめなさい」
「……」
「まあ、いいけど」
待つような、焦がれるような、期待するようにじんわりと濡れた瞳が俺を見上げている。望みは分かっていたので、俺に触れる手ごと体を抱き寄せてそっと唇を啄んだ。
「ん…、」
「っ、ふふ、長谷部がこういうことするの、珍しいね」
「そ、れは……っんむ、ぅ…」
抗議するように開いた唇に舌を捩じ込めば、遠慮がちだった手はすぐに俺の背に回り、密着した体を離すまいと巻き付いた。
「は、ぁ……ん、ぅ、ん、ん……っ」
吸われるまま、絡まされるままだった舌が、吐息が熱くなるにつれ自分からもっともっとと強請るように絡みついてくる。ちゅる、と最後に舌を吸い、軽く舌先を噛んでから解放すると、すっかり蕩けた藤色が名残惜し気に俺を見上げた。
「長谷部は……抜け駆けとか、しないタイプだと思ってたよ」
「っ、う……」
バレンタインデーのチョコレートと同じで、元旦に誰か一振りを部屋に呼ぶのはなんとなく数年前から皆避けているのを、俺は何となく感じていた。正月なんて、年が明けたってだけで特別なことなんて何もないと思うけど。誰かが姫始めとか余計な知識を広めてからだよな、こういう流れ。俺としては、何の行事があろうとなかろうと、俺の部屋に来るのを避ける日があるのは寂しいと思うけど。
未だ顔が赤い長谷部の腰をそっと抱き寄せる。
「ん……っ」
「どうする? 俺の部屋、くる?」
ここまで来て何をいまさら、と思うくらい、長谷部は考える素振りをしばらく見せた後、やがて微かに首を引いたので、俺はそんなところも愛おしく感じながら、「皆には内緒な」と囁いて――
そこで、目が覚めた。
「…………」
枕元で、目覚まし時計のアラームが鳴り続けている。
「……まじかあ」
布団の中にはもちろん俺の他だれもいなくて、デジタル式の時計は一月二日の朝を示していた。
*
「主、おはよ」
「おはよう……」
いいところだったのに。すっごく、いいところだったのに!
あの後二度寝を試みて見たものの、妙に目が冴えてしまって夢の続きを見ることは叶わず、結局賑やかになり始めた広間で朝食をとることにしたのだった。
席につくと同時に、右隣に清光、左隣に安定が腰を下ろす。
「どうしたの? なんか、すごく遺憾そうな顔してるけど」
「それがさあ……初夢を見たんだけど、長谷部が出てきて」
「「長谷部が??」」
俺の言葉に、二人の怪訝そうな声が重なる。顔を見合わせる間があって、声は再び重なった。
「「うちにいないのに?」」
「そう……」
改めて言葉にされると余計に堪えるものがあった。
そう、俺の本丸にはへし切長谷部がいない。へし切長谷部自体は入手難易度がそこまで高くなく、俺は既に十年以上審神者を続けていて、鍛刀回数も出陣数もそれなりに多いのにも関わらずだ。原因は分からない。本丸には、へし切長谷部以外の刀は連隊戦の報酬の刀を除いて、顕現許可が下りている刀剣男士は全員そろっているのに。不思議だ。実に不思議だ。
へし切長谷部贔屓の友人には「長谷部みたいな一途な刀がお前の本丸に顕現したら不幸になるからだろ」と正面から悪口を言われたこともあるけど、不幸になるかどうかは実際に来てみないと分からないと思うのに。
「それにしたって、夢に見る程とはなあ……」
「大丈夫大丈夫、そのうちくるって、多分」
「そうそう、それに、これ以上大所帯になっても困るし。色々と」
両隣から励まされた?ものの、俺は今日も、まだ見ぬへし切長谷部という刀に想いを馳せるしかないのだった。
おわり