僕には悩みがあった。
 件のミラクルミッションを経てブラッドリーと和解することができた僕は、あれから何度か僕の住処を訪ねて来てくれるあの子の優しさにすっかり甘えきっていた。
 ブラッドリーが所属する基地は、僕が住んでいるハンガーがある西海岸とは文字通り真反対にあって、飛行機と車を使っても移動に半日はかかる。そんな距離を、嫌な顔一つせずに通ってくれることが嬉しくて、僕は彼の都合なんてちっとも考えていなかったのだ。
 今日も、次にブラッドリーが訪ねて来てくれる日をカレンダーにマークしながら、ふとその二行下にある日付が目に留まった。
(クリスマスか……ブラッドはどうするんだろう)
 ブラッドリーに「もう二度と顔を見せるな」と言われたあの時から、時々気を遣ったアイスマンやホンドーの家のクリスマスパーティに招かれる以外は、独りで過ごしたり、家庭持ちの下士官の代わりにゲートの警備業務に就いたりしていたクリスマス。ブラッドリーと和解したからといって、即クリスマスを一緒に、なんて図々しいことが言えるわけない。第一、あの子にだってさすがに予定があるだろう。でも、今年はカードとプレゼントを贈ることは許してもらえるだろうか。今の彼がクリスマスに欲しいものなんて見当もつかないので、今度ウチを訪ねて来た時にでも聞いてみよう。そう思いながら、その日は眠りについた。
 次の週に、予定通りブラッドリーが訪ねてきた。いつものように基地近くのスーパーでしこたま食材を買い込んできたブラッドリーは、冷蔵庫が小さすぎると文句を言いながらスカスカだった冷蔵庫をパンパンにしていく。今回の滞在は二泊だったはずだが、こんなにたくさん一体どうするつもりだと尋ねると、作り置きのおかずを作って冷凍しておいてくれるらしい。
「そこまでしてくれなくても、僕は大丈夫だぞ?」
「だーめ。放っておくとマーヴはウサギのエサみたいなのしか食べないんだから」
「そんな、ことは……」
「あるでしょ」
 反論できず苦笑いを浮かべることしかできない僕に、ブラッドリーはやれやれと肩をすくめて笑う。大きな体躯と口髭のせいで厳つい印象を与えるブラッドリーは、しかし笑うと途端に可愛らしい表情になって、僕は(あぁ、ブラッドリーだな)と感慨深く思う。まじめで、優しくて、料理もできるしピアノも歌も上手だ。
「きみ、モテるだろう?」
「ん?」
「彼女の一人や二人、いやもしかして婚約者がいてもおかしくないな」
「なんの話?」
「僕のことはいいから、クリスマスはお前の大事な人と過ごすんだぞ」
「だから何の話をしてるの、マーヴ」
 ブラッドリーは容量いっぱいに詰まった冷蔵庫の扉を少し乱暴に閉めると、立ち上がって腕を組んだ。僕よりも頭ひとつふたつ高い彼がそうやって立つと威圧感がある。ちょうど隣に並んでいる冷蔵庫と同じくらい……なんて考えながらブラッドリーの顔を見ると、彼の表情は硬く強張っていた。
 責められているようなその表情になんだか居たたまれなくなって視線を逸らす。
「きみは優しいから、こんな辺鄙なところに住んでる僕のことを気遣って色々世話を焼いてくれるんだろうけど、僕は今までだってずっと独りだったし、それなりになんとかなってたんだ。だから……」
「だから?」
 表情の消えたブラッドリーの顔が、知らない男のもののようで落ち着かない。
「僕はもうじゅうぶんよくしてもらったから、クリスマスくらいは彼女と過ごすといい」
 何もおかしなことは言っていないはずなのに、詰るような視線が痛くて知らず早口になる。
「マーヴさぁ……」
 はぁと重いため息を一つ吐き出して、ブラッドリーは腕組みを解きながら僕に近付いてきた。
「彼女彼女っていうけど、俺、今まで誰とも付き合ったことないんだよね」
「へ?」
「彼女も彼氏もいたことないの、俺」
 僕がよほど呆けた顔をしていたのか、ブラッドリーは噛んで含めるように言い聞かせる。
「あんたに進路潰されてからこっち、這い上がるのに必死でそんな暇なかったし」
「す、すまない……」
「謝って欲しいわけじゃないからいいよ、ただ事実を言ってるだけ」
「うぅぅ……」
 あの時はあれしか方法がなかったと思っているので間違ったことはしていないとは思うが、彼に回り道を強いてしまったことは事実なのでなんとも針のムシロだ。そのせいで彼が当たり前の青春を謳歌できなかったとしたら……謝っても済むことではないが本当にひどいことをしてしまったと痛感する。
「マーヴは今までたくさんの人と付き合ってきたと思うけど、俺はないから分からないワケ」
「何がだ?」
「彼氏彼女の良さが」
「かれしかのじょのよさ……」
「そう。だからさ、」
 ブラッドリーが何を言わんとしているのかが分からなくてただ茫然と突っ立っている僕の耳元に顔を寄せ、内緒話をするように声を潜めたブラッドリーが囁く。
「マーヴが教えてよ」
 かくして、ブラッドリーに『彼氏彼女の良さ』を教えるべく、彼と付き合うことが決まってしまったのだった。
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R/M LAND展示SS
初公開日: 2023年12月24日
最終更新日: 2023年12月24日
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zat夢文庫版書き下ろし原稿
「雑渡昆奈門と先見の仙女」のイベント頒布用文庫本の書き下ろし用の話。
砂凪
七夕リチャアヤ
眠気が勝つか、今日が終わるのが先か
瀬をはやみ