怖いと思った時には、もう全てが遅かった。
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息が苦しいと思ったのは、どの段階だっただろう。
いつもはなんともないタートルネックがやけに苦しく感じて、首元に手が伸びてしまう。衣装だから伸ばすなんてことはしないけれど、早く自身の衣服に着替えたい。なんともない収録が苦痛で、逃げるように吐息が多くなる。カメラが回っている間は気を張っているけれど、その間ですら喉が細くなって息ができなくなったような感覚に陥って、細く長く息を吐きだす。
ようやく終了の合図がかかって、安堵の息が漏れる。普通の収録なのに、やけに緊張した。足早に楽屋までの道のりを進んで、乱雑に扉を閉める。最低限借り物の衣装なのだから、丁寧に着脱を行ったものの、首元が痒くなった気がして、がりがりと首元を掻いてしまう。すぐに正気にかえって手を離したけれど、じんじんと痛む首が余計にアイドルの和泉一織を追い詰めて、いつもの姿を失くしていく。息の仕方を忘れて、正しさを失っていく。わからなくなっていく。
このままでは、まずい。
わかっているから、慌てて荷物をまとめて楽屋を出て、人気のない道を選ぶ。このまま寮までは、きっともたない。わかっているから、最低限の抵抗だった。
「ゴホッ、ひゅっ、ハッ……」
喉の奥のつかえを取り外すように咳き込んで、咳き込んだ影響で余計に息の仕方を見失う。あまり人目がない場所に来れたから、まだ大丈夫だろうか。端によって、体を丸めて座り込む。落ち着くまで、人前には、寮には、帰れない。
「ぅ、は、……ひぁ」
耳元で声と呼吸が反響して、自分の呼吸にとらわれる。出口の見えないこの時間が、何より大嫌いだ。
「和泉一織」
静かにかけられた声に、体が勝手に反応して飛び跳ねる。まさか、まさか。この人に、よりにもよってこの人に、見つかってしまうなんて。痺れた手が拳を作って、止まりかけた頭が急速に回転を始める。この場を乗り切るすべは、何かないか。打開する手立ては、なにか。
「ハァッ、はっ、ッゲホ」
「落ち着いて。過呼吸でしょう? 大丈夫。大丈夫だから」
珍しく慌てたような声が、背中から落ちてくる。遠慮がちに伸ばされた手が背中の上を滑って、一織に正常を思い出させようとする。
息が、できない。
震えた手は天の手を掴むことも、放っておいてと振り払うこともできない。ただ、一織が息を忘れたことを突きつけてくるだけだ。
「大丈夫だから」
「っく、じょうさんっ」
はぁと息を吐く音と、ひっと短く息を吸いこむ音が連続して、頭の中が呼吸で埋め尽くされる。
息って、どうやってしていたのだろう。
「うん。ボクにあわせて息してみて。ほら、はー」
「……っはぁ、」
「そう、上手」
息が溢れて、自分の息に溺れそうになる。天の声掛けは的確で正しさを思い出させようとしていたけれど、あまりうまくいっていなかった。
「大丈夫。今は何も考えないで。大丈夫だから」
「は……、はぁっ」
「ゆっくりね、ゆっくり。大丈夫だから」
大丈夫、の言葉は耳を素通りして抜けて行ってしまったけれど、天の慣れた手つきは一織に和泉一織を思い出させてくれた。
ゆっくりとでも確実に整っていく息に、天も少しずつ落ち着いていく。
「落ち着いた?」
「はい、すみません……」
「別に、ボクが勝手に声かけただけだから。でもその喉、早く冷やした方がいいよ」
「、ありがとうございます……」
まともに天の顔を見れなくて、俯く。優しくされるくらいなら、まだ厳しく叱責してくれた方がマシだった。情けなくて惨めで、申し訳ない。ぐちゃぐちゃと自己嫌悪に苛まれたけれど、今ここでそれを天に見せるわけにはいかない。
「お礼を言われるほどじゃないよ。気を付けて帰りなよ」
「はい」
次に会う時には、甘いお菓子を差し入れしよう。そう思った一織は、立ち去った天がどんな顔をしていたか知らない。
終!!!!!!!!