寒い。暖かいトレーナーを身に着けても、毛布を厚いものに変えても、体が震える。気が付きたくはなかったけれど、先ほどから気持ち悪くなってきている気がする。横になりたかったののに、体を横にしていたら吐いてしまいそうで仕方なく体を起こす。それにしても、寒い。
がたがたと全身が震えて、歯の根が合わない。明らかに熱があるのはわかったけれど、薬箱があるのはリビングで、この体調でリビングまで無事に戻れるか自信がない。
気持ちが悪い。
一度認識してしまった悪心は時間が増すにつれてその存在感を主張し始める。熱のある体は休息を求めて体を横にしてくれとせがむのに、暴れまわる胃がそれを許してくれない。
キンキンに冷え切った指先は体を冷やすばかりで、ひとつも天を温めてくれない。酔っぱらいの相手や二日酔いの対処には心得があるけれど、こんな風に気持ちが悪い時、吐く以外の選択肢を見つけられない。だけど、嘔吐するほど気持ち悪くもなくて、ひたすら口の中に溢れる生唾を飲み込む。楽か龍に助けてとSOSを送るだけでいいことはわかっている。同じ家にいるのだから、きっと二人は駆けつけてくれる。もっと早く家とか、いつから体調が悪かったのだとか、そんなことを言われるかもしれないけれど、でも二人は絶対に天を助けてくれる。そんな信頼と、自信がある。だけど、その助けて、を口にするのが、一番難しいことを、二人は知らないのだ。
「……ぅ」
寒い。寒くて寒くて、仕方ない。上着か、毛布の追加が欲しい。上着ならタンスを漁ればいい。毛布なら、龍にお願いして借りればいい。頭ではわかるのに、実際に動かさなければならないはずの腕は自身の体を支えるので手いっぱいで、枕元で沈黙を守るスマートフォンは存在感を失っていく。
たすけて。
たった四文字が、こんなにも難しい。
「ん、ぅ」
気持ちが悪くて、寒くて、それから。
それから、少しだけ、寂しい。熱のせいだとわかっているけれど、どうしようもなく人肌が恋しくて、自分の弱さに打ちのめされそうになる。もう、いい大人なのに。
「……、といれ、いこう」
力のない声は自分の声だと思えないほどよわよわしくて、ため息が出る。いつから自分は、こんなに弱くなってしまったのだろう。前は、一人でどうにかできたのに。
扉を開く音で二人が起きてこないかとか、確認しに来ないかとかそんな希望を抱いている自分は、自分でもかなり重症なのだと思う。痛みのせいでまっすぐ歩ける自信がなくて、壁伝いに夜の廊下を歩く。裸足で歩く床は冷たくて、少しだけ気持ち悪さが軽減された気がする。寒さが足の先から体を蝕んで、忘れていた寒気が顔を出す。関節まで痛くなってきたのは、流石に気のせいだろうか。
「……はぁ」
胸元を掴んで、トイレの前に座り込む。このままここにいたら、いつか楽になるだろうか。
「天?」
「りゅう」
「どうしたの? ああ、顔色悪いね。気持ち悪い? 熱もありそうだね。吐きそう?」
「、わかんない」
「ううん、吐けそうにないなら、一回部屋に戻らない? 体冷えちゃってるし」
どう? なんて問いかけに逆らえなくて、小さく頷く。顔の上下ですら、吐き気を煽りそうだったのだ。
「俺の部屋でいい?」
「うん」
どこでもいいよ、続けるはずの言葉は、吐き出されたものにとって代わられる。
驚いて、苦しくて。座ることもできないまま、ただ衝動に身を任せる。
龍の大丈夫だよ、の声が、やけに耳についた。
終!!!!!!!